<日中100人 生の声>コロナとともに生きる―林千野 日中交流団体役員

コロナ禍に揺れたこの1年半を振り返ると、新型コロナウイルスが私たちの日常生活にもたらした様々な変化を実感する。その最も大きな変化の一つは「移動の制限」だろう。グローバル化の進展とともに活発化した国を跨ぐ人的往来は、コロナ禍により激減、日本国内においても人々の行動に多くの制約が課されることとなった。「会いたいのに会えない」、「行きたいのに行けない」。これはコロナ禍において世界中の人々が直面している共通の悩みであろう。

コロナによる「移動の制限」は、日中間の人的往来にも大きな影を落としている。私は仕事の合間に日本日中関係学会(以下、日中関係学会)という任意団体の事務局を手伝っているが、コロナの影響により、2020年3月、日中関係学会が都内で開催を予定していた「第8回宮本賞・若者シンポジウム」の中止を余儀なくされた。中国から招聘予定だった4名の学生の日本入国が困難なこと、そして多数の聴衆が会場に集まることで感染を誘発しかねないとの理由によるものであった。

「若者シンポジウム」は、日中関係学会が2012年から主催する日中の大学生、大学院生を対象にした懸賞論文「宮本賞」(日中関係学会会長の宮本雄二元中国大使に因み名付けられた)の関連イベントの一つである。例年、12月に「宮本賞」入選作品を10数本選び、翌年3月には受賞者が都内の会場に集い「若者シンポジウム」を開催する。シンポジウムでは中国在住の受賞者数名も参加し、授賞式、論文のプレゼンテーション、テーマ別ディスカッションが行われるが、日中双方の若者が一堂に会して行われる直接交流は、論文という「文字」の枠にとどまらず、両国の若い世代の考えを直に知る貴重な機会となっている。私自身、良好な日中関係を長期的・安定的に築いていくためには、双方の国民同士の交流、とりわけ、若い世代による直接交流が重要だと考えており、この意味からも昨年の「若者シンポジウム」の中止決定は苦渋を伴う選択であった。

しかし、コロナがもたらした変化はネガティブな面だけではなく、ポジティブな面もあることに改めて気付かされる。例えば、昨年春以降、私たちの日常生活において急速に普及したZOOMなどのオンラインシステムは、物理的な距離を超えた交流を可能にした。時差の問題さえクリアすれば、世界中の人々といとも簡単に交流ができる。2020年3月には中止せざるを得なかった「若者シンポジウム」も、1年後の今年3月にはZOOMによるオンライン形式で無事に開催することができた。これも、コロナによるポジティブな変化の賜物だろう。日中関係学会が定期的に主催している中国をテーマにした研究会も、オンライン形式を用いることにより、従来は難しかった中国在住の専門家の話を聞くことが可能になった。この例が示す通り、スマホかパソコンさえあれば、誰でも簡単に、現地からの生の映像情報にアクセスできることのメリットは計り知れない。もちろん、オンライン上の交流が、対面式の「直接交流」を100%代替できるわけではないが、コロナにより移動が制限される中、オンライン上でコミュニケーションが取れるという安心感が、私たちのストレスをかなり軽減してくれている側面も否定できない。コロナを契機に導入されたテレワークも、私たちの働き方そのものを変えると同時に、今後はどこに住むかを含めて、多様なライフスタイルの選択肢を提供してくれるに違いない。また、テレワークの普及が、大都市に集中する居住人口を地方へと分散させ、地方の活性化につながれば、日本社会そのものを変革することも夢ではないかもしれない。私自身、その成否を占うカギは、コロナ収束後にあると見ている。

緊急事態宣言が初めて発令された昨年4月7日、東京の新規感染者は87人だったそうだ。しかし、宣言発令後暫くの間、東京の街は静まりかえり、電車もガラガラだった。他方、2021年7月末現在、感染力が強いデルタ株が猛威を振るい、1日の感染者数が3000人を超えるなど、事態は当時より余程深刻化しているにもかかわらず、人流が減少した実感がまるでない。通勤人口に限定するなら、コロナ感染が拡大して以降、設備を導入し、物理的には100%テレワークが可能な企業も多数あるはずだが、何らかの事情でそれが実現できていないと見るべきだろう。もしもその理由が変わること、変えることに対する抵抗感や、他社(他人)と同じ横並びを好む保守性、または周囲に出社を強要する同調圧力等に起因するとすれば、残念ながらコロナ収束後、根付きつつあるテレワークは停滞し、元の状態に戻ってしまう可能性があり、それを心から危惧している。「危機」には「危険」と「機会」の2つの側面があると言われる。コロナ禍の今、噴出するさまざまな問題を改革への「機会」ととらえ、私たち1人ひとりが将来を見据えて思考し、行動を起こすことが以前にもまして求められているように思う。

最後にコロナ禍の1年半、私自身に起きた変化を振り返えると、それまで当たり前だと思っていたさまざまなことが、決して当たり前ではなかったことに気付けた点が最大の収穫だったと言える。今後とも、コロナの早期収束を心から願うと同時に、なかなか収束しない現状についてはこれを受容し、日々の生活に感謝しつつ、暫くはコロナとともに生きる道を模索していきたいと考えている。

※本記事は、『和華』第31号「日中100人 生の声」から転載したものです。また掲載内容は発刊当時のものとなります。

■筆者プロフィール:林千野(はやしちの)





双日株式会社秘書部担当部長、中国・北東アジア担当(現職)。日本日中関係学会副会長(2019年〜)、宮本賞実行委員長(2019年〜)。1980年代初めに北京語言学院(現語言大学)留学。1985年日商岩井(現双日)入社。1999年米国戦略国際問題研究所(CSIS)にビジネスフェローとして在籍。2002年〜2006年双日中国会社(北京)駐在を経て現職。

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