私の心に残る「堅物」な日本人、日本で体験した恥ずかしい出来事―中国コラム

私の心に残る「堅物」な日本人、日本で体験した恥ずかしい出来事―中国コラム

中国のポータルサイト・テンセントは9日、日本滞在経験を持つ人物が書いたコラムを掲載し、日本で体験した忘れられないエピソードを紹介した。資料写真。

中国のポータルサイト・テンセント(QQ)は9日、日本滞在経験を持つ人物が書いたコラムを掲載し、日本で体験した忘れられないエピソードを紹介した。

1990年代初め、私は日本に留学し都内の留学生用のアパートに住んでいた。ある日の朝、急いでいたために燃えるごみを捨て忘れてしまった。帰宅後四畳半の部屋にごみの臭いが充満していたため、「ばれないだろう」と考え翌日燃えないごみに紛れ込ませ捨てた。その日の夜、帰宅すると向かいの住民に呼び止められ、私が朝捨てた燃えるごみを手渡され注意された。顔を真っ赤にして何度も謝ったことをよく覚えている。私が日本でごみ捨てに配慮しなかったのは後にも先にもこの一件だけだった。

道路清掃のアルバイトでの出来事も深く印象に残っている。バイトの内容は誤って道路にこぼしてしまったペンキをきれいにするというものだったが、3人がかりで炎天下の中1時間以上作業してもきれいにはならなかった。ペンキがこぼれた場所は辺ぴな道路でそれほど目立つ汚れ方もしていなかったため私は「あきらめよう」と提案したが、責任者の日本人は「だめ!だめ!」と作業を続けた。当時は「堅物だな」と不満を抱いたものだが、彼らの公共場所に対する責任感の強さはずっと心に残り続けている。

近年日本に観光する中国人が増え、日本がいかに清潔であるかは多くの人が目にしている。ただ、なぜ日本が清潔なのかを理解している人は少ない。街が清潔でいられるには、公徳心と羞恥心を持つことが必要。この二つは教養であり、教育を通して伝えられる。日本の公徳教育は儒教の教えを基にしているため、中国がその教えの本家と言える。ただ、その教えを基に人々から尊敬される環境をつくり出したのは日本人の方である。(翻訳・編集/内山)

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