<コラム>文化大革命終息に立ち会った夏、40万人の祝賀デモに乱入

<コラム>文化大革命終息に立ち会った夏、40万人の祝賀デモに乱入

中国の文革が終わって、昨年で丁度40年になる。若い人たちに分かるはずはないが、我々団塊の世代には、新聞をめくると「自己批判」「奪権闘争」「造反有理」などの見出しが目に飛び込んでくる。写真は上海。

今年も中国映画祭が「日中平和友好条約締結40周年記念」とサブタイトルを付けられて、にぎにぎしく開幕された。文化庁・ユニジャパン、大使館からは全権大使、文化部参事官などそうそうたる方々が列席した開幕式が、TOHOシネマズ六本木ヒルズというゴージャスな映画館で3月8日(国際婦人デー)に開催された。

オープニング作品は「芳華」という文化大革命の軍隊内芸術団の物語。原作者は、人気のある厳歌嶺という美しい作家で、他に話題作の(北京駐在中に王府井の映画館で見たことがあった)「帰来」や小説「小姨多鶴」など、なかでも文革を扱った作品が有名である。

その文革が終わって、昨年丁度40年になる。若い人たちに分かるはずはないが、我々団塊の世代には、新聞をめくると「自己批判」「奪権闘争」「造反有理」などの見出しが目に飛び込んでくる。何が起こっているのか?その興味から随分新聞を切り抜き、それは今でも押入れのどこかに潜んでいるはずである。その中国の文化大革命の終息に立ち会うことになるとは、その頃思ってもみなかった。

中国に初めて足を踏み入れたのは1973年の10月から11月にかけての3週間、香港経由で深セン川の小さな橋を渡って、新中国の土を初めてしっかりと踏みしめた。北京では街中の壁という壁はスローガンだらけ、人っ子一人いない故宮博物院を参観するとベンガラの赤い城壁に見事なスローガンが書かれていた。

それから4年後の1977年8月に、ある有名な女子高教職員と中国各地を回った。武漢に入ると街の様子が少し変わって来た。ざわついていて何か楽しげでもある。あちこちでトラックを洗っている場面に遭遇する。「なんだろうね、ここの人たちはきれい好きなのかな」という人もいた。南京まで来ると、武漢で感じた印象がさらに強まったような心地がした。やはり市内見学に入るとあちこちで、トラックに飾り付けしているような場面にであった。「何かあるのかな?」みんなが感じ始めた。蘇州になると、トラックのボディーにペイントしたり花を飾ったりしている。街の雰囲気も浮かれた感じがする。

上海のホテルは、「和平飯店」といい昔のキャセイホテルで、中国一の繁華街南京路とバンドに面している。チェックインを済ませると、顔見知りの中国国際旅行社上海分社の女性経理(部長クラスに相当)が、はっきりした少しよそよそしい口調で「日本の友人の皆さん、今日はこれから重大な発表がありますから上の広間に集合して下さい」と言う。とりあえず荷物を部屋に置いて、だだっ広い広間に行くと、真ん中に古い白黒テレビが置いてある。「只今から重大発表をテレビで放映しますからご覧ください」と言われ、良く見えないテレビに見入った。

華国鋒主席がちょうど第11回中国共産党大会で、文化大革命の終了宣言をしているところであった。「現在、第一次文化大革命結束了(第一回文化大革命は終了した)」という声を聞くとほぼ同時に、窓の外から太鼓、銅鑼、笛、爆竹、花火の音に混じって「文革結束了!(文革が終わった)」「結束了!(終わった)」という叫び声が聞こえてきた。「第一回文化大革命は終了したって、文革はこれからもあるんだ」と率直に感じた。

そんな感傷に浸る間もなく、大きく開け放たれた窓から「ドンチャンドンチャン」とすごい音が入ってくる。皆さんも落ち着かず、いたたまれない雰囲気。誰かが「我々も文革終了をお祝いしたい」と経理にお願いしたら、すんなりと「いいですよ」と言って、「和平飯店外人組」という横幕を作ってくれ、「熱烈祝賀結束了文革!(文革の終了を熱烈にお祝い)」と書かれた小旗まで用意してくれた。

ホテルの前は物凄い人の群れ。トラック上の大太鼓や銅鑼を叩きながら、花火や爆竹を投げるので火の粉が頭上に降り注ぐ。「我們是日本人!(私たちは日本人です)」「熱烈祝賀!」などと習ったばかりの単語を大声でどなった。上から飛んでくる花火や爆竹を避けながら、「火傷に気を付けて!」「ケガするなよ!」と声をかけながら人々の中に入って行った。渦に飲み込まれたが、とても友好的で笑顔をくしゃくしゃにしながら「謝謝謝謝!(ありがとうありがとう)」と歓迎してくれた。

上海市役所はバンドの真ん中にあった昔のフランス銀行で、しゃれた円形の入り口前の階段に上海市人民政府の幹部が大勢出て、人々に手を振っている。我々も小旗を振りながら「おめでとう」といったら服装ですぐ外人と分かったらしく、手を大きく振ってくれた。

1区画を上海人と一緒に慶祝デモに参加して、我々一行も心が踊りその日は興奮が冷めやらぬようであった。後で聞いたことであるが、上海人民広場(昔の上海競馬場跡で馬券売り場の時計塔が残っていた)には40万人の人々が参加し、文革の終息を祝ったとのことである。

翌年の8月12日に「日中平和友好条約」が締結され、開放経済が始まり中国の近代化はすごい勢いで進展して、2010年には日本を追い越して「世界第2位の経済大国」となった。上海の発展ぶりを見るにつけ、その原動力は「文革終息慶祝デモ」のあの物凄いパワーではなかったかと思い返している。

■筆者プロフィール:龍一清
1948年生まれ。東京出身。亜細亜大学卒。中国へは1973年以来約400回訪れ、全省自治区に足を踏み入れた。北京には、2013年から事務所ビルとマンションの管理、営業で約2年駐在。旅行会社に30年余り務め、取締役や社長を歴任。さらに、県日中友好協会事務局長、日本蘇頌研究会事務局長、日中友好宗教者懇話会理事、日中協会諮問委員、市日中友好協会副理事長、元日中旅行社執行役員などの経歴を持つ。

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