日本のチップ産業発展の道が教えるヒント―中国メディア

日本のチップ産業発展の道が教えるヒント―中国メディア

3日、環球時報は、日本のチップ産業発展の道から学べることについて分析する記事を掲載した。資料写真。

2019年7月3日、環球時報は、日本のチップ産業発展の道から学べることについて分析する記事を掲載した。

記事は、「日本が20世紀に台頭した電子製品大国で、チップと半導体分野において米国との関係で蜜月期、抑圧期、復興期を経験した」とし、「そこから多くの点を学べる」と論じた。

その上で、「日本の同盟国として米国は1950年代、日本への先進技術の移転に積極的だった」と指摘。「例えば、東京通信工業株式会社(後のソニー)は米国からトランジスタ技術を導入し、発売したトランジスタラジオが大人気となり、60年には日本のトランジスタの年間生産量が1億個を突破して2年連続で米国を超えた」と説明した。

また、「50年代末に米国は集積回路(IC)を開発するが、日本の半導体企業はこの面でも米国を猛追した」「72年にカシオが販売したパーソナル電卓は瞬く間に人気となり、電卓の大衆化、パーソナル化が進んだ。これに伴い、ICチップの需要が高まり、日本のチップ産業の躍進を推し進めた」としている。

さらに、「76年から80年に日本は官民共同の超LSI技術研究組合を結成し、DRAM 分野でも成長。87年には世界のDRAM市場において日本は80%を占めるようになり、世界のチップ製造企業トップ10社のうち6社を日本企業が占めた」と紹介し、「日本のチップ工業は米国や欧州の生産設備に依存していたものの、後に国産設備と国産材料の使用へと転向した」とも指摘した。

一方で、「トランジスタやチップの半導体技術の分野で日本が米国を超えたため、米国の半導体企業に巨大な競争圧力が加わった」と指摘。「このため、85年に米国は日本の電子製品に対して通商法301条を適用し、同年のプラザ合意により円高が進み、86年には日米半導体協定を結んで、日本のDRAMメーカーは日米政府の監視下に置かれるようになった」と解説した。

そして、「93年に米国はより付加価値の高いCPU技術を開発。日本を抑えて半導体市場において再びトップに立ったが、その一方で韓国などアジアの国や地域も技術や人材の導入で台頭し、日本の半導体産業は『前にトラ(米国のCPU)、後ろにオオカミ(韓国のDRAM)』という境地に陥った」と論じた。

記事は、「この歴史を見ると、米国の性格とは他国が技術面で米国を追い越すことを許さず、相手が同盟国であっても容赦しないというものだ」と指摘。「米国による圧力を前に日本政府は両手を上げて降参しているが、日本企業は技術面で降参してはいない」とした。

また、「今日、日本のチップは世界市場においてシェアを落とす一方だが、日本の半導体企業は今世紀20年代の主流になるとみられるチップに力を注いでおり、自動運転システムや自動運転自動車に使用されているMCUなどや、モノのインターネット(IoT)関係のチップ、ロボットのチップなどの分野において、すでに世界市場でトップの位置にいる」と伝えた。

特に、半導体の全産業チェーンからすると、「日本は14種の半導体の重要材料で50%以上のシェアを占めており、世界最大の半導体材料輸出国だ」と紹介。「シリコンウエハーは世界市場の53%を占めていて、200〜300ミリのシリコンウエハーでは70%以上のシェアだ。さらに2018年の世界の半導体生産設備メーカートップ15のうち日本は7社を占めたが、米国は4社、欧州は3社を占めるに過ぎなかった」とも指摘した。

記事は、「半導体産業からすると、材料は基礎であり、設備はポイントだ。材料と設備の優位性という両翼の支持の下、日本の半導体産業には復興の希望がある。したがって、日本の半導体産業は発展のための新たな道を見出したと言える」と結んだ。(翻訳・編集/山中)

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