これが日本による「偽満州」だ! だが当時の建築物は「目を見張るもの」もある=中国メディア

これが日本による「偽満州」だ! だが当時の建築物は「目を見張るもの」もある=中国メディア

旧日本軍が占領した中国東北部には、日本が建築した建造物が今も数多く残っている。(イメージ写真提供:123RF)

 中国東北部には1932年から45年にかけて満州と呼ばれる国が存在した。中国では満州は日本の傀儡であるという見方が一般的で、「偽満州」と呼ばれることが一般的だ。満州の成立の経緯などは中国にとっては不愉快なものであろうが、その一方で満州時代の建築物などには「目を見張るもの」もあるようだ。

 記事は、旧日本軍は「九一八事変」をきっかけに中国東北部を占領したと紹介。「九一八事変」とは中国国内における「満州事変」の呼称だが、「日本は1932年に中国東北部に偽満州を成立させ、長春市を新京と名前を変えて偽満州の首都とした」と主張。

 その後、新京はさまざまな建築物が建設されたと紹介する一方、大きな発展を遂げた新京は、「かつてのような荒廃した様子はまったく見られなくなった」と紹介し、現在の中国で人民大街と呼ばれる大通りを撮影した写真を掲載した。人民大街は現在の中国において「中国一長いメインストリート」とされているが、この通りの雛形を作ったのは日本人であったと伝えた。

 さらに記事は、長春市には満州時代に日本によって支配された痕跡が数多く残されていると伝え、日本が建設した数々の建築物の写真を掲載した。

 これに対し、長春在住と見られる中国人ネットユーザーからは「自分が通っていた学校は日本人が建設したものだが、かなり堅牢な建物だった。手すりも大理石だったし」、「自分は幼少の頃、日本が1930年代に建設した家に住んでいたことがある。木造だったが壁も扉も床もしっかりした作りで、今も人が住んでいるぞ」、「中国東北部がもっとも栄えていた時代が偽満州の時代だ」といった声が寄せられており、意外にも日本の支配を批判する声は見られず、日本が残したものから学ぶものは多いという声が多かった。(編集担当:村山健二)(イメージ写真提供:123RF)

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