アジアで最も長い大通りは日本人が建設、「発展を見つめてきた証人」=中国メディア

アジアで最も長い大通りは日本人が建設、「発展を見つめてきた証人」=中国メディア

長春の「人民大街」は、全長13.7キロメートルで道幅は最も広い所で54メートルもあり、「アジアで最も長い大通り」と呼ばれている。(イメージ写真提供:123RF)

 中国の都市部では歴史ある建造物が存在すると同時に現代化も進み、過去と現代が混在したような風景が見られる。中国メディアの今日頭条は20日、中国東北部にある長春市の街並みを写真とともに掲載し、「長春を貫く大通りには歴史がどのように刻まれてきたか」を紹介する記事を掲載した。

 長春市は中国吉林省の省都だが、1905年に日本が日露戦争の後にロシアから長春と大連を繋ぐ南満鉄道を引継ぎ、交通の主要な拠点として日本によって積極的な都市開発が行われ、現在の市街地が形成されたという経緯がある。

 記事はこの時代に日本によって建設された街を貫く主要道路が今も長春の街のシンボルとして存在していると紹介した。「人民大街」と呼ばれるその道路は、全長13.7キロメートルで道幅は最も広い所で54メートルもあり、「アジアで最も長い大通り」と呼ばれているが、記事は長春の人民大街は、およそ100年にわたる時代の移り変わりを経て現在に至る「長春の発展を見つめてきた証人」と指摘した。

 なぜなら長春の人民大街は、統治者が変わるごとに名称も変わってきたためであるとし、当初日本によって建設されたころは「長春街道」と呼ばれたこと、旧ソ連時代には「スターリン街道」と呼ばれた時期もあること、そして今は人民大街と呼ばれていることを指摘、同じ街道でありながら時代ごとに幾度も改名を繰り返してきたことに触れた。

 現在、近代化が進む長春の人民大街には様々な商業施設や金融機関や教育施設が立ち並ぶが、行政・経済・文化のいずれの点でも長春の発展の中心には人民大街が存在する。中国で100年を超える時の流れを眺めて来た一筋の道が、元々は日本によって建設されたというのも興味深いことである。(編集担当:村山健二)(イメージ写真提供:123RF)

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