日本に対する「戦争賠償請求権」、放棄すべきじゃなかったが仕方なかった=中国

日本に対する「戦争賠償請求権」、放棄すべきじゃなかったが仕方なかった=中国

中国国内では今なお、太平洋戦争の戦争賠償請求権を放棄すべきではなかったという見方があるようだ。(イメージ写真提供:123RF)

 日本と中国は1972年に国交正常化を果たした。田中角栄首相と中国の周恩来総理は共に日中共同声明に署名し、国交回復と同時に中国は戦争賠償請求権を放棄した。

 中国国内では今なお、戦争賠償請求権を放棄すべきではなかったという見方もあるようだが、中国メディアの捜狐は25日、中国が日本に対する戦争賠償請求権を放棄した理由を伝え、「中国としては放棄する以外に選択肢がなかったのだ」と報じている。

 中国では日中戦争は「抗日戦争」と呼ばれているが、記事は、「中国は太平洋戦争の主戦場の1つであり、1931年の満州事変から45年の終戦までの間で非常に多くの中国人の血が流された」と指摘。中国側の死傷者は3500万人に達し、経済的損失も莫大なものとなったと論じた。

 また、中国は戦争当時は国民党政権であり、現在の共産党による中華人民共和国は1949年10月の建国だが、記事は「中国は日本によって被害を受けた国の1つとして、日本に戦争賠償を請求する権利を有していた」とし、中国が受けた被害の規模から考えれば請求額は「天文学的数字」になっていてもおかしくなかったと伝える一方、最終的には毛沢東が日本に対する賠償請求を放棄することを決め、日本との国交回復を決めたのだと論じた。

 続けて記事は、中国が賠償請求を放棄したのは世界的な政治の動きと関係があるとし、戦争終結後は冷戦が表面化し、米国は反共産主義のパートナーが必要だったと指摘。米国にとっては反共産主義のパートナーとして日本が最適な選択肢だったと伝え、米国は日本の賠償額を減らすと同時に、日本を支援したことで、中国が請求できる賠償額も減ってしまったとした。

 また、中国は第2次世界大戦の後に政権が変わったため、戦後処理を話し合ったサンフランシスコ会議に招集されなかったと伝え、これも中国が日本に賠償請求を行うことができなかった要因となったと強調。さらには中国とソ連の関係が悪化したことが、対日賠償請求の放棄と日本との国交回復という選択へと向かわせたと主張。中国はもともと日本に対して500億ドルの賠償を請求していたと指摘する一方、中国はソ連との関係悪化ならびに冷戦の激化という外部環境によって、日本への賠償請求を諦めざるを得なかったのだと指摘した。(編集担当:村山健二)(イメージ写真提供:123RF)

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