敗戦の廃墟からわずか19年で五輪を開催した、日本の底力=中国メディア

敗戦の廃墟からわずか19年で五輪を開催した、日本の底力=中国メディア

韓国は朝鮮戦争終結からソウル五輪まで35年かかり、中国も78年の改革開放から北京五輪まで30年かかった。前回の東京五輪は、1945年の終戦からわずか19年後のことだった。(イメージ写真提供:123RF)

 中国メディア・今日頭条は8日、「日本はどうして敗戦からわずか19年で五輪を開催する能力を持てたのだろうか」とする記事を掲載した。

 記事は1945年8月15日に天皇陛下が終戦を宣言してから、64年10月10日にアジア初の五輪となる東京五輪を開催するまでわずか19年という時間だったことを紹介。「マッカーサーが日本に入った時には、食べるものにすら困っていたのに、20年足らずでブリュッセル、ウィーン、デトロイトといった西洋の都市を破って五輪の招致と開催に成功した。韓国は朝鮮戦争終結からソウル五輪まで35年かかり、中国も78年の改革開放から北京五輪まで30年かかった。日本の19年という時間は、世界の奇跡と言える」と称した。

 また、「日本はこの五輪のために全国の力を注いだ。政府は大きな予算を組んで運動場や関連施設の建設を進め、交通インフラや水道供給システムを整え、さらには世界初の高速鉄道である新幹線まで建設したのだ」としている。

 そのうえで、「日本経済がこの短期間で急発展したのは、もともといい基盤を持っていたからだという人がいる。戦前の日本の工業生産高は世界8位だったのだ。敗戦で焦土となった日本だが、その後の10年間は米国の力を借りつつ工業や経済の復興に注力し、工業生産高は戦前・戦中の最高レベルを超え、国民の平均消費額も戦前の水準にまで回復、鉄鋼、繊維、電子、自動車などの産業で巨大な成長が出現し始めた」と説明した。

 さらに、工業の基盤や米国の支援といった要素に加え、人材や教育面においても大きな要素があったと指摘。1950年時点で9年間の義務教育普及率が99%に、70年には大学進学率が23.6%にまで達していたことを紹介した。また、戦争末期に多くの男子が出征する中で、最後まで残っていた理工系の学生たちが、日本の戦後の再建において非常に大きな貢献を果たしたとも解説している。(編集担当:今関忠馬)(イメージ写真提供:123RF)

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