明治時代の日本を見れば、「後に強国として台頭した理由が分かる」=中国メディア

明治時代の日本を見れば、「後に強国として台頭した理由が分かる」=中国メディア

日本の元号が平成から令和へと改元される。歴史を振り返ると日本が国外に目を向け、国際社会において存在感を示すようになったのは明治時代からと言えるだろう。(イメージ写真提供:123RF)

 日本の元号が平成から令和へと改元される。歴史を振り返ると日本が国外に目を向け、国際社会において存在感を示すようになったのは明治時代からと言えるだろう。中国メディアの今日頭条はこのほど明治時代に撮影された日本の写真を掲載して、「当時の日本の姿を見れば、日本が後に強国として台頭した理由が分かる」と論じる記事を掲載した。

 記事が掲載した写真は、明治時代にあたる1900年代初頭に横浜市で撮影されたものだという。白黒の写真ばかりだが、どれも普通に暮らす日本人の姿や街並みを写したものだ。

 現代の日本人にとっては、「牛が荷物を引いて運び、女性が着物姿の時代」は、すでに時代劇のなかの世界と化しているが、中国人がこれらの写真を見ると「確かに文明はまだ発達していないが、とても清潔で、整っている印象を受ける」と主張した。なぜなら、まだアスファルトなどで舗装などされていない地面が?き出しの道路であっても「非常に平らに整備されているし、ごみも散乱してはいないからだ」と指摘した。

 また、すでに電柱が道路に沿って立っており、街に電気が供給されている様子を見ると、「日本がすでにアジアの強国としての道を突き進み始めていることが分かる」とし、明治時代に起きた日清戦争や日露戦争は日本の発展に何の障害をもたらすことはなかったと主張した。

 横浜は日本でも一早く海外との交易が始まった場所の1つであり、写真には人力車に乗った西洋人らしき人が写っているものもある。記事は、当時の日本を訪れた西洋人は日本の様子を目にして「未発展ながらも秩序があって、清潔な日本の文化に衝撃を受けるとともに、その美しさに感銘を受けたであろう」と主張した。

 中国も急激な経済発展を遂げたとはいえ、今も内陸部の農村では牛や馬が農作業で使われ、道路は舗装されていない場所も存在している。ゆえに、明治時代の日本の様子は中国人にとっては時代劇の世界とは言えない部分もあるようだ。(編集担当:村山健二)(イメージ写真提供:123RF)

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