日本サッカーは「平成」という時代に飛躍的な成長を遂げた=中国報道

日本サッカーは「平成」という時代に飛躍的な成長を遂げた=中国報道

中国メディアは、日本は「平成」という時代にサッカーの弱小国からアジアトップレベルの国へと成長を遂げたと論じる記事を掲載した。(イメージ写真提供:123RF)

 近年はアジアで一二を争う実力を持つサッカー日本代表だが、日本は昔からずっとサッカーの強豪国だったわけではない。中国代表に敵わない時期もあったほどの日本代表はいかにしてアジアの強豪国に成長したのだろうか。中国メディアの百家号は1日、日本は「平成」という時代にサッカーの弱小国からアジアトップレベルの国へと成長を遂げたと論じる記事を掲載した。

 記事は、日本がバブル崩壊以降の「失われた30年」という期間中に「日本が急激に実力を高めた数少ない分野の1つがサッカーだ」と主張し、日本サッカーにとって平成という時代はまさに飛躍の時代だったと論じた。

 続けて、1989年の平成元年当時のサッカー日本代表はまだまだ「アジアの負け組」だったと主張し、当時はプロリーグも存在しないという状況だったと強調。しかし、1992年にハンス・オフト監督が外国人として初めて日本代表監督に就任し、ヨーロッパの戦術を日本代表に伝授すると、日本代表は「まるで翼を得た」かのように実力が向上したと指摘。また1993年にプロリーグとしてJリーグが開幕するとサッカーブームが到来し、外国人選手も多数いたプロリーグのなか、ブームに後押しされた日本人選手たちの実力はめきめきと向上したと論じた。

 また同じく1993年には「ドーハの悲劇」が起きたが、これは「この時点で日本代表はもう一歩でワールドカップ初出場を果たすところまでに成長していた」ことを意味すると驚きを示しつつも、98年にはフランス大会において遂にワールドカップ初出場を果たしたと紹介。平成元年のころはまだまだ弱小国だった日本サッカーがわずか10年ほどでワールドカップに出られるほど実力を高めたことは驚くべき事実だと論じた。

 さらに記事は、その後も日本では優れた選手が絶えず輩出され、ワールドカップの常連国としてアジアトップレベルの国としての地位を確立したと指摘。日本サッカーは「平成」という時代に飛躍的な成長を遂げたことがわかると指摘する一方、中国が現在の「停滞」を打破するためには、優れた選手が絶えず輩出されてきた日本のように「子どもたちを夢中にさせるほどのスター選手が出現する必要がある」と主張した。(編集担当:村山健二)(イメージ写真提供:123RF)

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