他人に畑を荒らされたらどうする?賢人たちの知恵

他人に畑を荒らされたらどうする?賢人たちの知恵

(Lionel Rich/Wikimedia Commons/CC-BY-SA-2.0)

現代社会では、小さな争いが過激な暴力や殺人にまで至ったというニュースが、毎日のように伝えられています。

「同僚を殺そうとして逮捕」や、「近所同士の確執がエスカレートして芝刈り機で攻撃」などのような、衝撃的な見だしをご覧になったことがあるかもしれません。

どうして人はこんなにも愚かで理不尽になってしまうのでしょうか?われわれは自分自身の体裁をつくろうとしているのでしょうか?もちろん、これらは極端な例です。しかし、私たちは日常の生活の中で、たまに理性を失うときがあり、きついことを言ったりして、配偶者や他人を傷つけたりします。

他人を非難したり、怒りを爆発させたりすることは簡単です。しかし、古代の中国人は生きていくうえで避けられない紛争をうまく解決する方法を実践してきました。それが寛容さです。

他人にあなたの心の平穏を乱されるということは、他人に力を与えすぎます。そうではなく、他人の間違いを許し、欠点を理解してあげてください。他人に情けをかけることで、他人の心を動かすことさえできるかもしれません。その一方で、不公平に直面しても穏やかな心を保つことができれば、あなたは自分自身を失わずに済むだけでなく、心の平穏を保つこともできます。

これからご紹介するのは、中国の伝統文化として語り継がれてきた、数々の寛容精神があるすばらしい物語です。

宋就(Song Jiu)は、古代中国の春秋戦国時代(722 B.C. to 481 B.C.)に梁という国の県令(古代中国に於いての県知事にあたる役職)でした。梁の隣には楚という国があり、両方の国の国境には杭がありました。この杭を境に両方の国の農民たちはそれぞれ瓜を栽培していました。

梁の農民たちはよく働き、頻繁に水やりをしたので、大きくてみずみずしい瓜ができました。しかし、楚の農民たちは怠け者でした。彼らは一度もといっていいほど水やりをしたことがありませんでした。ですから、彼らの瓜は小さくてしわが寄っていました。

嫉妬心から、ある夜、楚の農民たちは国境を越えて梁の農民たちの畑に入り、梁の農民たちが育てた瓜のつるを踏みつけ、そのほとんどを駄目にしてしまいました。次の日、梁の農民たちが被害に気づき、激怒して、役人の宋に報復してほしいと願い出ました。

宋は首を振って言いました。「そのようなことをすべきではありません。敵を作ることはさらなる災難につながります。報復を考えるのは心の狭い人のやることです」

その代わりに、宋は計画を立てました。梁の農民たちの集団を毎晩楚にこっそりと送り込み、楚の瓜に水やりをさせることにしたのです。あくまでも楚の農民たちには秘密の計画でした。

翌朝、楚の農民たちが農作物を見に行くと、もう水やりがなされていることに気づきました。梁の農民たちが秘密裏に手助けしたおかげで、楚の瓜のつるは日に日に成長しました。楚の農民たちはおかしいと思い、調べ始めました。梁の農民たちが彼らを助けていたことを知った楚の農民たちは、とても感激して県令に報告し、県令がさらに楚の王に報告しました。

楚の王はすぐに贈り物を送って梁の農民たちに謝りました。そして、両国の友好関係を固く約束しました。こうして、梁と楚は、長きにわたって続くすばらしい同盟を形成したのです。

宋就がその知恵と心の広さで、受けた損害を優しさで返した物語は、何世紀にもわたって語り継がれてきました。

(エポック・メディア・グループ新唐人から転載)

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