命の恩人の死を悼む 象の群れによる葬列が心を打つ

命の恩人の死を悼む 象の群れによる葬列が心を打つ

Getty Images | Paula Bronstein

1990年初頭、象の群れが密猟者から逃れるため、南アフリカ共和国の国立公園に避難しました。このプロジェクトは「チュラチュラ・プライベートゲーム・アンド・サファリロッジ」の創設者、ローレンス・アンソニーが計画し、陣頭で仕切りました。

動物保護活動家として有名だったローレンスは、地域の有力者や軍関係者など幅広い人々との協働でも広く知られていました。

ローレンスの動物保護のキャリアは、象の一群を禁猟区へ移動させることで始まりました。2003年に米国主導の多国籍軍がイラクを攻撃していたときにも、バグダッド動物園から動物を救い、絶滅危惧種である白サイを救済するために南スーダンの軍隊と交渉したこともありました。

ローレンスはやがて、「象訓練士」として評判を呼ぶことになりますが、その名が本領を発揮したのは、彼の死の直後でした。

2012年、ローレンスは心臓病で急死し、妻とアフリカの保護団体は悲しみにくれました。ある日、家で喪に服していた妻に、関係者が「象の群れがローレンスの家に向かっている。」と知らせてきました。そして、その一群は家にたどり着いて、ローレンスの妻と悲しみを分かち合おうとしたのです。ローレンスの妻は、その奇跡について、次のように伝えています。「今宵、チュラチュラのローレンスと私のもとを象の群れが訪れました。長年会っていなかったのに、ローレンスのように感情を理解してくれる人間を、動物は分かっているのですね。ありがとう、象さんたち。ローレンスが残したものは、ここチュラチュラで永遠に私たちとともにあります。」

動物の多くが、人間のような感情を表すことは知られていて、象は特に、悲しみの感情を表すと言われています。

象がどのように自分たちの命を救った人の死を察知したのかは謎ですが、居心地の良い家と安全を与えてくれた父のような存在がいなくなったことを、どこかで感じていたのでしょう。
象の群れは数時間にわたり行進を続け、ローレンスの妻に対して哀悼を捧げたのです。

アフリカの動物保護活動家たちは、ローレンスが在命中にどれほど大きな影響を動物保護活動に与えたかを伝えていますが、チュラチュラを行進していた象たちのほうが、人間よりずっと理解しているのかもしれません。

(大紀元日本ウェブ編集部)

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