傷ついた孫に祖母の教訓 にんじんと卵とコーヒー

傷ついた孫に祖母の教訓 にんじんと卵とコーヒー

(Illustration - Shutterstock)

名言は大切な教えを印象づけてくれます。読者は本から恩恵を得ることができます。今日はささやかなお話をひとつ楽しんでくれることを期待しています。

誰もが人生の中で、傷ついたり、希望を失ったりすることがあります。このような時、次の事柄に気づいてみると、心に穏やかさが訪れます。どのような雲にも希望の光が差し込み、強い信念を持てば辛い日々は薄らいでいくのです。

人生を打ちのめされた女性がいました。その女性は祖母の元を訪れました。祖母は孫の落ち込んだ表情に気づき、その理由を尋ねました。

孫である女性は祖母に、何もかもうまくいかないことを打ち明けました。

孫の話を聞いた祖母はキッチンで、水の入った3つの鍋をレンジの上に置きました。いろいろな話をしながら、1つ目の鍋に人参を、2つめに卵を、そして3つ目にコーヒー豆を入れました。孫の女性は悲しみの中、祖母が料理をしているのを見ていました。

しばらくして、祖母は人参と卵を鍋から取り出し、コーヒーをカップに注ぎました。この3つを全てテーブルに並べると、孫の隣に座りました。

すると、突然、「どれが自分だろうねぇ?」と孫に尋ねてきました。

孫の女性はテーブルの上に置いてある食べ物を見て、戸惑いながら答えました。「ここにあるのはただの人参と卵、そしてコーヒーよ」

祖母は人参をつつくと、「鍋に入れたばかりの人参は固かったけれど、今は、ほら見てごらん、やわらかくなっているね」と言いました。

次に卵にトントンとヒビを入れると、殻をむきながら次のように言いました。「茹でたばかりの卵は中がやわらかいけれど、水につけると、固くなるんだよ」

そして最後に、祖母はコーヒーの入ったカップを手に取ると孫に渡して言いました。「人参や卵と同じようにコーヒー豆もお湯の中に入れたけれど、今はどうなっているかねぇ?」

女性は、最初、祖母がなぜそんな話をするのか不思議でした。祖母は続けてこう言いました。「お湯がコーヒー豆を変えたのではなく、コーヒー豆がお湯を変えたのさ。それで、さっきの質問。この3つのうち、お前はどれだい?」

「お前は人参のようなものかい?困難に遭遇した時、お前は強さを失い、無力に弱々しくなったのかい?」

「それとも卵のようなものかい?苦しみに悶えている時、お前の体内は強くなるのかい?」

「あるいはコーヒー豆のようなものかい?お前に不運が訪れた時、自分から幸運な何かを引き出そうとしてみたかい?試練をチャンスに変えたかい?」

祖母の教訓を理解した女性はお礼を言いました。祖母のアドバイスは直接には孫の問題解決にならなかったかもしれません。ですが、トラブルに巻き込まれた時、対処する方法を選べることを教えてくれたのです。

このメッセージには、色褪せない大切な何かがあります。つまり、私たちが遭遇する難問がなんであれ、それが人生に区切りをつけるものではないことを思い出させてくれています。沸騰したお湯のコーヒー豆のように、私たちにも、トラブルの状態から素敵な何かを作る選択肢があるのです!

(大紀元日本ウェブ編集部)

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