【香港に生きる】無名俳優から民主派議員に
2019年11月27日 08時04分 産経新聞

香港区議会選で初当選したショウ錦豪氏=26日、香港・九竜地区
「福祉をしっかりお願いしますね」。香港・九竜半島側の深水ホ周辺の団地前。26日朝、中年女性から声を掛けられていたのが、24日の区議会(地方議会)選で初当選したショウ錦豪(きんごう)氏(30)である。
民主派陣営から出馬し、現職の親政府・親中派候補との一騎打ちを制した。3235票対3225票。わずか10票差の勝利だった。
今回の区議会選は、反政府・反中票の受け皿となった民主派が総議席の8割以上を獲得、圧勝した。その結果、大量の「素人区議」が誕生したが、彼はその典型だ。この7月までは、売れない俳優だった。
中学(日本の中・高校)を卒業した後、飲食店従業員を経て、テレビ業界に就職。テレビドラマや映画に出演するようになり、これまで約30本に出演した。大半がせりふなし。
「日本のドラマ『相棒』に、香港の日本人観光客の役で出たことがある。せりふはなかったけどね」。照れくさそうに笑った。
転機は今年6月9日。香港から中国本土への容疑者引き渡しを可能にする逃亡犯条例改正案への反対デモに参加したことだった。
「中国は“推定無罪”が通用しない国。“推定有罪”の国に送還されるのはごめんだよ」
中国に敏感な訳がある。彼自身、中国広東省広州で生まれた。5、6歳ごろ、家族とともに香港に渡ってきた。経済移民である。
デモ当日、主催者発表で100万人もの市民が平和的に行進し、同じ声を上げたことに身も心も震えた。政治に関心をもった。
7月に入るとデモは過激化する。「自分にできることは他にあるはずだ」。デモに関わる民主派グループと相談し出馬を決めた。自由と安定を求めて中国から香港に来たはずなのに、中国を支持する両親たちの世代への反発もあった。
「自分は香港人だ。そのことを誇らしく思う」と胸を張る。が、同時に「中国人としての意識も心の底にある」と認める。
選挙のチラシには「広州出身」と明記した。「選挙戦略だ。選挙区には中国移民も少なくない」。それが奏功したかは分からない。
10票差の当選が確定した25日午前5時半、涙が止まらなかった。「やっと、明確な役柄とせりふをもらった気分。良心をもって区議の仕事を務めたい」
それが、香港人としての自分に課された責務だと考えている。
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反政府デモが本格化して5カ月余り。警官隊とデモ隊の激しい衝突を経て、24日に行われた区議会選では民主派が圧勝した。だが社会の分断は進み、抗議活動の行方は混沌(こんとん)としたまま。香港人は何を思い、香港はどこに向かうのか。さまざまな市民の声を聞きながら考えてみたい。
(香港 藤本欣也)