【香港に生きる】デモに咲いた10代の恋

【香港に生きる】デモに咲いた10代の恋

「声は小さいが決して黙らない」と書かれたシャツを着る2人

 香港政府と中国共産党への抗議活動が本格化して5カ月余り。催涙弾と火炎瓶が飛び交うデモ現場で恋が生まれることもある。大学生のデニス君(19)=仮名=と高校生のルビーさん(17)=同=はそんなカップルだった。

 2人が出会ったのは7月1日。若者たちが立法会(議会)に強行突入した日のことだ。

 デニス君は「みんな、ガラスを割って建物に入っていったので、軽い気持ちでついていった」という。

 議場では、若者たちが鉄の棒やハンマーで机、いす、壁をたたき壊していた。「手袋をしていない人は何も触るな」。誰かの声が聞こえた。指紋の証拠を残すなという意味だろう、素手だった彼は破壊活動に加わらなかった。

 深夜になって外に出ようとしたとき、荒れた議場を見つめる少女がいた。「何をいつまで見ているんだ。一緒に逃げよう!」

 警官隊が立法会に近づいていた。黒いマスクにメガネ姿の2人は手を取り合って走って逃げた。催涙弾が撃たれたのはその後だ。

 ルビーさんはそれまで1人でデモに参加していた。6月9日、香港から中国本土への容疑者引き渡しを可能にする「逃亡犯条例」改正案への反対デモに出たのが1回目だった。

 「今の自分に直接影響があるとは思わなかったけど、これを許したら、もっとひどいことが起きる気がしたんです」

 それから、デモに加わるようになったルビーさん。補給班に入り、前線に出たこともある。両親は彼女の本当の姿を知らない。

 父親は香港生まれで、母親は中国広東省出身。両親とも政府・中国を支持し、デモ隊の若者たちを「ゴキブリ」「暴徒」と非難する。それを黙って聞いているのが一番つらい。「口を開けばけんかになるし、外出を禁止されてしまうのは目に見えているから…」

 デニス君は最初はデモに無関心だったが、過度な暴力を振るう警官に怒りがこみ上げ、参加するようになった。その警官に殴られたことも、消火器を噴射し警官を撃退したこともある。

 2人の気がかりは2047年だ。さまざまな自由が認められた「一国二制度」が終わり、香港は共産中国についにのみ込まれる。

 「独裁国家と1つになりたくない」(ルビーさん)

 「香港はわが家。自分で守らないと」(デニス君)

 夢を尋ねた。デニス君は「小学校の先生」。ルビーさんは「お医者さん」と答えた。目の前に座る2人はいつしかテーブルの下で手を握り合っている。

 今から28年後、47歳と45歳になった2人が生きる香港はどうなっているだろう。私だけではない。彼ら自身が想像すらできないのだ。(香港 藤本欣也、写真も)

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