中曽根元首相死去 中国は高評価、ODA支援に交流推進「遠大な見識」

 【北京=西見由章】中国において中曽根康弘元首相は1980年代に日中関係の土台を固めた政治家として認識されており、「国交正常化を実現した田中角栄元首相につぐ評価を受けている」(メディア関係者)との声もある。一方、中曽根氏が中国政府の反発を受けて靖国神社への参拝を取りやめたことは、政治家の靖国参拝が外交問題化するきっかけとなった。

 中国外務省の耿爽(こうそう)報道官は29日、中曽根氏について「遠大な見識を持った経験豊かな政治家だ」と評価。「中日関係の発展に重要な貢献を行った」として、その死去に「深い哀悼」の意を示した。

 中曽根氏は自由主義陣営の国家指導者として日米同盟を重視する一方、中国への政府開発援助(ODA)を積極的に推進。総額4700億円の第二次円借款の供与表明などにより初期の改革開放を支えた。在任期間がほぼ重なっていた胡耀邦・共産党総書記との個人的な関係も築いた。

 当時、国営新華社通信の東京特派員を務めた張煥利氏は、中曽根氏が「両国の利益に配慮し、日中関係を巧みにコントロールした」と振り返る。北京大の王新生教授は「防衛費の増額などタカ派の面もあったが、中国との経済関係を重視し、政府間・民間交流に尽力したことで高い評価を受けている」と分析した。

 一方、中曽根氏は昭和60(85)年8月に靖国神社への公式参拝を行ったが、中国側の反発を受けて以降は参拝を中止した。親日・改革派の胡氏の失脚を避けるためだったと後に回顧したが、それまで首相参拝を問題視しなかった中国の圧力に屈した前例となった。

関連記事(外部サイト)