人体に悪影響を及ばす人工降雨もむなしく…中国発の食糧危機に要注意

人体に悪影響を及ばす人工降雨もむなしく…中国発の食糧危機に要注意

習近平国家主席

 国連食糧農業機関(FAO)が9月2日に発表した8月の食料価格指数は5か月連続で低下した。ウクライナの穀物輸出の再開に加え、北米やロシアの豊作予想が価格を押し下げる要因となっている。ロシアのウクライナ侵攻を受けて過去最高を記録した食料価格指数は低下傾向にあるものの、8月の同指数は前年に比べて7.9%高い。

 国連やトルコの仲介でロシアによる黒海沿岸の港の封鎖が解除されたことで、ウクライナの8月の穀物輸出は7月の300万トンから400万トンに増加することが見込まれている。ロシアの侵攻前の水準(毎月600万トン)には達していないが、合意成立のおかげで世界の小麦価格などが下落したことから、国連は「世界各地の食料市場が安定化し始めている兆候がある」との見方を示している。

 だが、世界市場での価格下落がすぐに消費者に恩恵をもたらすことはなさそうだ。

 世界の穀物市場は不安定な状態が続き、1年以上にわたって価格が高止まりすることが指摘されている。円安が急速に進む日本では、むしろ為替の効果で今後しばらくの間、食料価格が上昇する可能性が高い。

 さらに、食糧危機は来年以降、さらに悪化する懸念が生じている。


■中国を襲った「地球史上最悪レベルの熱波」


 ウクライナでは戦争によって種まきなどの農業活動が妨害され、来年の収穫量が大きく減少することが危惧されている。

 世界各地の農家は価格が高騰している肥料の使用量を減らしており、これによって収穫量が減少する可能性が高い。

 世界で不足する食糧を囲い込む動きも加速しているのも気がかりだ。ロシアのウクライナ侵攻後、その件数は1.6倍に急増しており、次の生産減を呼ぶ負の連鎖を引き起こすとの懸念が強まっている。

 これらの悪材料に加えて、さらに深刻な問題が浮上している。悪天候のせいで世界最大の穀物の生産・消費国である中国の今年の秋の収穫が危ぶまれているのだ。

 中国国営メデイアは6日「先月は正確な観測記録が残る1961年以降で最も暑い8月になった」と報じた。中国南部は先月、専門家が「地球史上最悪レベルの熱波」と表現するほどの高温に見舞われた。先月は史上3番目の雨量の少ない8月でもあり、平均降水量は過去の平均より20%以上も少なかった。

 最も深刻な打撃を受けているのは中部と南部を流れる長江流域だ。約4億5000万人が生活している長江流域の今年の夏は、70日以上にわたって異常な高温と雨不足に襲われた。上海のビルは一斉に明かりを消し、エアコンを使えない人々は涼を求めて地下壕に逃げる。長江の一部で川底が露呈するほど水位が下がったことで600年前の仏像が発見されるなどの事態が相次いだ。

 長江流域はここ数年、夏になると増水による洪水が問題になっていたが、今年は水量が枯渇するという想定外の事態となった。

 危機感を高める長江流域の地方政府は、長引く干ばつの影響を緩和するため、人工的に雨を降らせる取り組みを開始した。その先鞭を切ったのは例年に比べ50%以上も降水量が減った四川省だった。

 四川省は8月25日から29日にかけて人工降雨に着手した。6000平方キロメートルに及ぶ範囲で大型ドローン2機がヨウ化銀を雨雲の中に散布した結果、「恵みの雨」が降ったが、皮肉なことにその後、豪雨が続き、洪水の発生が警戒されている。


■秋の収穫危機


 中国ではクラウドシーディング(雲の種まき)というヨウ化銀を雲に散布させて人工的に雨を降らす方法が当たり前になってきているが、リスクも指摘されている。

 まず第一に挙げられるのは、ヨウ化銀から発生する有毒な銀イオンが生態系を汚染し、人体を脅かすことだ。1回に散布されるヨウ化銀はわずかでも特定の地域で繰り返しこの技術を使用すれば、安全な基準値を超える可能性は十分にある。

 この方法ではトータルの降水量を変えることはできないことから、ある地域に人工的に雨を降らせると、その周辺地域では降水量が減るという問題もある。

 将来のリスクに目をつぶってでも人工降雨に躍起になっている地方政府の念頭にあるのは秋の穀物収穫だ。中国では年間穀物生産量の75%が秋に収穫されるが、穀物の生産にとって重要なのは夏の天候だ。穀倉地帯では稲の穂が育ち、トウモロコシの収量を決める季節を迎えているが、酷暑と干ばつが深刻なダメージを与えている。

 中国メデイアは「秋の収穫まで2か月」と連日のように秋の収穫危機を報じている。

 地方政府は農業技術者の専門チームを農村地帯に派遣し、早期収穫などの指導に当たっているが、政府の危機管理の専門家は「今年は最悪の猛暑が襲来した上に、沿岸部や南部への台風の上陸も少ない。中南部の干ばつが深刻になっており、秋の収穫が減少する地域が出る」ことを認めている。

 中国政府の公式見解は「全国的には食糧生産量が不足することはない」というものだ。北部と東北部は昨年秋の降水量が多く、今年も天候が比較的安定していることから、この地域の収穫が見込まれるからだと説明しているが、楽観は禁物だ。

 中国はコメ、小麦、トウモロコシの95%以上を自給しているが、収穫量が激減すれば輸入に頼らざるを得ない。

 ウクライナ危機の悪影響が残っている中、中国発の食糧危機が勃発すれば、世界の食糧事情はこれまでに経験したことがないほど悪化してしまうのではないだろうか。

藤和彦
経済産業研究所コンサルティングフェロー。経歴は1960年名古屋生まれ、1984年通商産業省(現・経済産業省)入省、2003年から内閣官房に出向(内閣情報調査室内閣情報分析官)。

デイリー新潮編集部

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