「ボクは共産党の捕虜」中国人留学生の現実 日本が中国から知財を守るには

■中国人全員がスパイになりうる「国家情報法」


 日本には10万人以上の中国人留学生がいる。彼らは総じて礼儀正しく勉強熱心だが、中国の「国家情報法」のせいで政府の諜報活動に協力しなければならない現実があるのだ。

 ***

 今年4月、日本学生支援機構が発表した「外国人留学生在籍状況調査」によれば、昨年5月1日時点で日本にいる留学生の総数は31万2214人。内訳を見ると、最も多いのが中国で12万4436人、次いでベトナムからが7万3389人、ネパール2万6308人、韓国1万8338人と続く。このデータを裏付けるのが、東大や京大などの国公立大に占める中国人留学生の多さだ。冊子「東京大学の概要2020(資料編)」を読むと、東大は103の国や地域から4194人(特別聴講学生及び科目等履修生を含む)の留学生を受け入れ、中国からは2505人と堂々1位。2位の韓国372人を遥かに凌ぐ勢いだ。同じく京大も2715人(2020年5月1日現在)いる留学生のうち、中国からは1522人と1位を占める(京大HPより)。

「中国からの留学生や研究者をスパイであるとか、悪いなどと考えるのはナンセンス。問題なのは、強制的に情報を吸い上げる法律を作った中国共産党なのです」

 と説くのは、オックスフォード大学客員教授も務めた早稲田大学総合学術院教授の有馬哲夫氏である。

「3年前、中国では『国家情報法』が制定され、国内外を問わず中国籍を持つ者は、政府の諜報活動に協力しなければいけないと定められました。これは一個人だろうと企業だろうと、中国人なら皆をスパイに使うと公言するような非倫理的な法律。これが海外在住の中国人をどのような立場に追いやるのか、中国政府は分かっているのでしょうか。中国人留学生はおしなべて礼儀正しく、苦労を厭わず勉強熱心。とても優秀な若者たちが、『国家情報法』のせいで諜報活動に従事しているなどと、疑いの目を向けられてしまうのです」

 留学ビザやパスポートの発給を通じ、中国外交部が彼らをコントロール下に置いていることに注意が必要だと、有馬氏は指摘する。

「政府関係者が協力を要請してきたら、二度と帰らない覚悟がない限り断るという選択肢はまずありません。そのような脅威に晒されている留学生たちが、日本には10万人以上も滞在しているとの事実を、我々は認識すべきだと思います」


■“ボクは共産党の捕虜”


 中国の研究事情に精通する大阪大名誉教授の男性は、

「中国科学院の友人と話すと、“習近平は科学への理解が深い。基礎研究も含めて期待以上の予算をつけてくれる”などと絶賛する。確かに中国の大学に行くと、こんな軍事兵器に協力した、という展示や貼り出しをよく見かけます。現地の大学では、研究でこれだけ共産党に貢献しましたと誇示することが日常茶飯事。だから、海外にいる中国人留学生たちからは、“ボクは共産党の捕虜ですから”なんて声も聞こえてくるのです。共産党は、決して人民のための国家を作ろうとしているわけではない。党の中でも限られた幹部のための国を作ろうとしている。それ以外の人民は捕虜同然という意味です」

そのため、アメリカをはじめ欧米では中国への警戒感が強いのは論を俟たない。18年に米司法省は「チャイナ・イニシアチブ」を発表。産業スパイの絡む案件の実に8割に中国の関与が疑われるとして、FBIと連携して中国の情報窃取や経済スパイ活動に対処する方針を打ち出している。

 国際ジャーナリストの山田敏弘氏に聞くと、

「留学生に偽装している人民解放軍のスパイなどを摘発するため、FBIが米国内の大学や研究機関を徹底的に調査。『千人計画』の参加者も捜査の対象になりました。具体的には、8人の連邦検事で構成された専門の委員会が作られ、全米各地56カ所に支部を置き千人のFBI捜査官が動員されています」


■米国で相次ぐ中国スパイの逮捕


 中でも要警戒のエリアがあるとして、山田氏が続ける。

「石油などエネルギー関係の企業や研究機関を抱えるテキサスをはじめ、ハーバード大やMITの所在地マサチューセッツにシリコンバレーのあるカリフォルニア、そして米国最大の都市ニューヨークです」

 FBIの捜査は、着実に中国のスパイ網を露わにしていく。今年7月にはテキサスの中国総領事館が知財窃取の拠点であるとして、トランプ政権が閉鎖命令を出したことは記憶に新しい。同1月、「千人計画」に参加し億単位の金銭を得たハーバード大の教授も逮捕されている。

「180名ほどの中国人留学生らがFBIの捜査対象となりました。追及を恐れ、サンフランシスコの中国総領事館に逃げ込んだ女子学生は、家宅捜索で人民解放軍の制服を着た写真が見つかり、軍人の身分を隠して入国していたことが判明。証拠を突き付けられた中国は、渋々引き渡しに応じました」(同)

 ここ3年に限ってみても、中国絡みの情報漏洩疑惑で逮捕された人物は40人以上に及ぶ。その中には何とステルス戦闘機のデータを流出させた人物もいた。翻って我が国ではかような大捕り物があったとはついぞ聞かない。

 社会部記者に言わせれば、

「日本では『スパイ防止法』の類が国会で審議されても、野党から“戦前回帰!”“特高警察の復活”と反対され成立してこなかった。厳罰に処する法律がないため、先進国随一の“スパイ天国”とされてきました」

 象徴的なのは、05年に当時の防衛庁元幹部で重機メーカーに勤務する男性が、警視庁公安部の取り調べを受けた事件だ。潜水艦の船体に使われる『高張力鋼』とよばれる鋼材と、その溶接に関する研究論文を中国大使館に出入りする貿易業者に渡した容疑だったが、本来、自衛隊法の守秘義務違反に問われるところ、時効が成立して不起訴となっている。

■“競争”ではなく“戦争”


 実際に摘発された事件も数えるほどしかない。

「07年、経産省はヤマハ発動機に対して無人ヘリコプターの輸出を9カ月間禁止する行政処分を下しました。軍事転用できる無人ヘリを、国に届けず人民解放軍と関係する中国企業に輸出したとして刑事告発されましたが、会社として罰金を支払うだけで済んでいます」(同)

 直近では、10月中旬に大阪府警が不正競争防止法違反の容疑で、積水化学の元社員を書類送検した。スマホのタッチパネルに使う電子材料の製造工程を、秘密裏に広東省の中国企業に提供。元社員は昨年5月に懲戒解雇となったが、その数カ月後にあの華為(ファーウェイ)に再就職していたというのだ。

「トランプ政権は、ファーウェイに半導体を供給しないよう規制をかけ、また個人情報が搾取されているとしてTikTokの運営会社に事業売却を命じました。もはや米中は経済という領域で事実上、“競争”ではなく“戦争”を行っている状態と言ってよいでしょう」

 そう話すのは、「経済安全保障」に詳しい多摩大学大学院教授の國分俊史氏だ。

「片や日本はといえば、ようやく『千人計画』への警戒感が高まったとはいえ、中国に優秀な科学技術者を引き抜かれ、日本の研究開発能力が落ち続けている。日本の寛容な姿勢を逆手にとって中国は自らの研究開発能力を向上させています。共産党が主導して研究成果を軍事に直結させる『軍民融合』の国ですから、研究者の流出が日本の安全保障上の危機にも繋がる深刻な問題なのです」

 我が国の課題は山積みで、

「これまでは無警戒に中国と繋がってきましたが、今後は『経済安全保障』という盾を持って付き合う必要がある。どの科学技術を吸い上げられたら問題なのか。それすら日本はマッピングできていません。対してアメリカは、AIやバイオテクノロジーなど守るべき14分野の先端技術を、輸出規制強化の対象として指定し、既に動いています。経済と安全保障を統合した政策構想が急がれています」


■求められる科学者の倫理観


 国会で日本学術会議を巡る浅すぎる論戦をやっている場合ではあるまい。習近平国家主席の国賓来日にこだわる“超親中”の二階俊博幹事長が、菅義偉総理の後見役として幅を利かせるのも気懸りだ。

 来年度から警視庁は公安部の外事警察を再編し、対中国に特化した部署を新設。外務省は留学生のビザ審査の強化、文科省などは研究者が外国から資金提供を受けた際の報告義務化を検討している。「千人計画」をはじめとする中国からの魔の手を防ぐニッポンの取り組みは動き始めたばかりだが、同時に求められるのは、科学者たちの倫理観である。

 最後に、ノーベル物理学賞を受賞した朝永振一郎氏が、著書『科学者の社会的責任』に記した戒めを紹介して結びとしたい。〈科学者の任務は法則の発見で終わらず、その善悪両方の影響を人々に知らせ誤った使われ方を防ぐことに努めなければならない〉――。

「週刊新潮」2020年11月12日号 掲載

関連記事(外部サイト)