北朝鮮の「一つの朝鮮」”国連加入”全方位外交を、韓国が「突破」した=韓国の外交文書が30年ぶりに「公開」

北朝鮮の「一つの朝鮮」”国連加入”全方位外交を、韓国が「突破」した=韓国の外交文書が30年ぶりに「公開」

国連安全保障理事会(画像提供:wowkorea)

「国連内の北朝鮮支持“非同盟グループ”による最近の動向をみると、北朝鮮は韓国の国連加入を阻止できる支持基盤がなくなった」

これは、ソ連の拒否権行使により不発に終わってきた韓国と、「“統一された一つの朝鮮”として国連に加入すべきだ」という北朝鮮の外交戦が熾烈(しれつ)な中、非同盟諸国たちの立場が韓国に傾く流れが表れたことに対するアルジェリアの評価である。

北朝鮮は国際社会での孤立を懸念して、1991年5月27日これまでの立場を撤回し「韓国との国連同時加入」へと旋回する声明を発表した。

韓国外交部(外務省)は、熾烈な外交戦の末に分断から46年ぶりである1991年9月18日に、それぞれ独立した国の資格で南北が同時加入した内幕などが盛り込まれた「30年が経過した外交文書2446巻(40万5000ページ)」を要約本とともに、きょう(15日)公開した。

当時の韓国の国連加入は、国連安保理でソ連の拒否権行使により否決されてきた。これに韓国外交部は、韓国に否定的なソ連と中国が常任理事国としている安保理より、特定国家の拒否権がなく多数決原則が適用される「国連総会」に決議案を提出する方案の検討に入った。

韓国外交部の分析によると、韓国の国連加入に対して安全保障理事国のうちソ連と南イエメン・ルーマニアが「不確実」、中国とキューバ・エチオピアが「反対」と予想された。ここにラオス・ベトナム・アルジェリア・東ドイツなども「反対票」を投じるものと予想された。その後、南北はそれぞれの支持を得るための全方位交渉に乗り出した。韓国は1990年9月30日、”韓-ソ連”修交以降、共同加入支持へと方向転換したソ連を通じて、中国と北朝鮮を説得することに力を注いだ。1991年1月7日、韓-ソ連政策協議会の出席者として訪韓したソ連外務次官は、帰国の途中で中国に寄り「韓国は1991年中に国連加入を希望しているが、ソ連としては中国がこれに反対しないことを願う」という立場を伝えた。同年4月に再び訪韓したソ連外務次官に対し、当時の韓国外相は北朝鮮への説得を要請した。ただソ連外務次官は「北朝鮮への説得は、ソ連としても非常に難しい課題だ」と吐露した。

一方、北朝鮮も積極的な外交戦を繰り広げた。イラン側は「北朝鮮が韓国の国連加入に不安を感じている」とし「北朝鮮側は『イランが国連で演説する時、国連加入問題を取り上げないでほしい』と要請した」と伝えた。駐リビア韓国大使館によると、キム・ヨンナム(金永南)北朝鮮副首相兼外相は3月4〜7日にリビアを訪問し、韓国の単独加入に反対している北朝鮮の立場を、国連と非同盟会議で支持するよう要請した。このような中「韓国が独自に国連加入を申請する場合、北朝鮮も即加入申請をする」という流れが表れ始めた。特に、国際社会はドイツとイエメンの事例をあげ、韓国の立場を支持した。スーダン側は「北朝鮮による単一議席の加入案は、不合理で非現実的だ」とし「統一前の国連加入が統一を妨害しないということは、イエメンの場合でも立証された」と評価した。

北朝鮮による全方位外交戦にも、韓国は「力の対決」で優位に立った。1991年5月に訪北した李鵬 中国首相は、北朝鮮に「韓国の国連加入申請に、これ以上反対の態度を維持するのは難しい」とし「韓国が単独加入に成功した後には、北朝鮮が加入しようとしても困難がつきまとうだろう」と伝えた。

ソ連と中国の流れが予想外の方向に向かったことで、北朝鮮は1991年5月27日に「国連”分離”加入」の方針を初めて明らかにし、ついに9月17日の国連総会で南北は、159か国の満場一致で加入が承認された。

ブルガリア側は、北朝鮮の態度の変化の背景について「ソ連による “韓国の国連加入”への支持と、中国による韓国への支持が(背景に)ある」とし「韓国の国連加入に関する立場が合理的で論理的だったという点も、その背景にある」と分析した。

今回公開された外交文書の公開目録と外交資料解除集の冊子は、主要研究機関・図書館に配布され、外交資料館のホームページを通じて確認することができる。

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