JSAからの亡命兵、自身を撃った北朝鮮軍兵士に「恨んでいない」=米媒体インタビュー

JSAからの亡命兵、自身を撃った北朝鮮軍兵士に「恨んでいない」=米媒体インタビュー

JSAからの亡命兵、自身を撃った北朝鮮軍兵士に「恨んでいない」=米媒体インタビュー

2017年、板門店(パンムンジョン)共同警備区域(JSA)を通して亡命した元北朝鮮兵士のオ・チョンソン氏が米メディアとのインタビューで近況を伝えた。彼は1年半前、生死の境目を経験したにも関わらず自身を撃った北朝鮮軍の同僚を恨んではいない。

オ氏は16日に報道された米NBCニュースで、当時自身を銃撃した北朝鮮軍の同僚らを恨んでいないとし、「彼らの立場だったら、僕もまったく同じく銃を発射していただろう」と明かした。続けて「これは友情の問題ではない」とし、「僕が彼らの立場だったら、まったく同じことをしていたため彼らを理解している」と述べた。

オ氏の命懸けの脱出は2017年11月13日午後、発生した。当時彼はジープに乗って北朝鮮側の72時間橋を渡り38度線(MDL)に到着、車輪が排水路にはまるとすぐに車を乗り捨てて南側(韓国)に疾走した。

オ氏がMDLを越え走り出すと、後を追っていた北朝鮮軍兵士4人が彼に向けて約40発の射撃を加えた。彼はこの過程で肘や肩などを負傷し倒れたが、韓国側の軍によって救助され、命を救われた。

オ氏はインタビューで当時の緊迫した瞬間を回想した。彼は「運転中はまともな精神状態ではなかった。とても速い速度で運転して脱出していた」と述べた。

当時の映像を見たオ氏は「この映像を見るたびに、僕が生きていることは奇跡だと思う」とし、「僕さえもこんなことがあったという事実が信じられない。映像の中の人物が僕であることが信じられない」と言及した。また「もしあの日、捕まっていたら、政治犯収容所に送られていただろう」としながら、「最悪の場合、銃殺刑に処されたと思う」と述べた。

8年間、北朝鮮で軍人生活をしていたオ氏は亡命の決定は即興的だったと説明した。彼は「当日、午後3時15分に国境を越えたが、朝までは南に行く考えはなかった」と説明した。

オ氏は「亡命は事由を求めてだったのか」との質問に「Yes」と短く答えた。メディアは現在オ氏は小さなアパートで一人暮らしをしていると伝えた。

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