<W解説>韓国ワクチン予防接種の後に相次ぐ死亡例、サムスン2代目に聞きたい

<W解説>韓国ワクチン予防接種の後に相次ぐ死亡例、サムスン2代目に聞きたい

(画像提供:wowkorea)

「K防疫」で高い評価を受けている韓国政府の疾病管理庁。その責任者は日本のテレビにもしばしば登場するチョン・ウンギョン(鄭銀敬)氏である。先週の解説でも述べているが、今年の「TIME 100」、つまり「世界で最も影響力のある100人」に選定された人物である。日本人としてはジャーナリストの伊藤詩織氏やテニスの実力とマスクの表現力を兼備した大阪なおみ選手が選定された。

チョン氏は1965年生まれ。15歳の時に今や”民主化運動”と評価される「光州事件」を体験する。彼女が見ていた風景は、日本でも公開された韓国映画「タクシー運転手〜約束は海を超えて〜」などに描かれている。その後、彼女は”韓国の東大”ソウル大学の医学部を卒業し、保健学の修士、予防医学の博士となった。

30歳の時に、韓国政府の「国立保健院」特別採用により、公務員としてのキャリアを始めた。49歳で「疾病管理本部」傘下の「疾病予防センター長」となる。しかし、その直後、マーズ(中東呼吸器症候群、MERS)が韓国に上陸すると、当時のパク・クネ(朴槿恵)政権から懲戒を受ける。

防疫失敗の責任を負い、当時の”司令塔”だった「疾病管理本部長」が免職となったが、その傘下の「疾病予防センター長」の彼女までが停職処分を受けたのは異例だった。パク政権の弾劾の除幕と言われるセウォル号事件後の”海洋警察”解散、公務員”年金改革”などと共に、この出来事は公務員社会で話題となっていた。

後ほど”減俸”に緩和されたが、”左遷”は余儀なくされた。”臥薪嘗胆”の期間、彼女は防疫失敗の原因を反芻しながら、「公務員なんかせず、普通に医者をやっていたらよかった」と思っていたかもしれない。

2017年、韓国政権が変わった。パク政権をロウソクと弾劾で滅ぼした革新系のムン・ジェイン(文在寅)大統領はチョン氏を防疫のトップ「疾病管理本部長」に任命する。光州出身であり、ソウル大学出身に、パク政権による左遷、文政権にとっては当然な人事であった。

そして、2020年、彼女の大活躍の時代が来る。新型コロナウイルス合併症が世界に蔓延し、日韓の皆が知っている「K防疫」の司令塔として、華やかなカムバックを果たしたのだ。その結果があのTIME誌が選定した「TIME 100」である。

政権をとったムン大統領が側近の問題や経済政策で問題で危機を迎えた2020年4月の韓国総選挙。ムン・ジェイン政権を支えたのは、チョン氏の「K防疫」であった。彼女自身が意識していたのかは不明であるが、もしもムン政権が総選挙で60%の議席を得る圧勝をしなかったならば、パク前大統領は今頃、牢屋から解放されているかもしれない。結果的には立派な”復讐”であり、”20倍返し”になった。そして、9月、「疾病管理本部」は「疾病管理庁」に昇格、チョン氏はその初代庁長となる。

2020年は秋冬を迎えている。日本と韓国はウイルスが最も活性化する気温に近づいているのだ。同時に、コロナウイルスとインフルエンザウイルスの同時蔓延「ツインデミック」が医療体制を崩壊させると言われている。

新型コロナウイルスのワクチンが実用化されていない現在としては、他に方法がない。実績のあるインフルエンザのワクチンでも予防接種を速やかに、可能な限り多数の国民に実施することだ。公衆衛生の専門知と社会防衛の観点から当たり前に推進されている。

季節性の通常のインフルエンザ・ワクチンの予防接種の推進政策を巡り、韓国ではここ数日は彼女に対する”疑問”と”不信”の視線が注がれている。ワクチンの予防接種の後、死亡例が続出しているからだ。

ワクチンの不良なのか、常温保管・流通ミスの所為なのか、原因はまだ分からない。不安感に煽られた統計のミスリードかもしれないが、予防接種事業の停止を訴える世論が強くなって来ている。

勿論、公衆衛生の専門知、社会防衛、薬品の副作用、アレルギー(アナフィラキシーショック)等を巡る科学リテラシー欠如もありえるだろうが、そもそも論としては、インフルエンザワクチンに対する信頼が高く、政府の防疫当局が選定した事業者がその製品管理をきちんとしていたならば、ここまで不信と反対は強くなかったはずだ。

そう考えると家電製品の歩留まり率の改善、品質向上やブランド価値向上を見事に実現した”サムスン2代目”イ・ゴンヒ(李健熙)氏の新経営方針が思い浮かぶ。家電製品以上に人命がかかっている点で神経を使うべきワクチン・薬品にこそ、それが必要だったのではと感じてしまう。

日本ではあまり知られていないが、サムスンは医療機関も運営している。「SAMSUNG医療院」がそれだ。運営する病院のサービスレベルも高いし、医療研究のレベルも高い。何より、韓国医療系で当たり前の物だった”寸志”文化や入院患者の保護者の”付き添い”文化を改革した。”サムスン2代目”イ氏が願っていたのは日本の病院より良い病院だった。

結果、長い間、韓国歴史に残る人物の最期を見守ってきた「ソウル大学病院」や「延世大学セブランス病院」と共に、韓国の医療レベルを日本のレベルまで押し上げてきた。

100年前、日本が朝鮮半島を統治していた時期に、一般の韓国人も近代医療や予防接種の恩恵を享受することとなった。今のコロナ時代もBCG予防接種の「日本菌株」が韓国人を含め、世界の人類を多く救っているかもしれない。その貢献の中、日本から見ると、医療の分野で100年以上をかけてやっと韓国という”同じレベルの隣人”を得たのだ。

李氏は草葉の陰で如何に今の事態を見ているのか、自ら創り上げた世界トップレベルの病院で最期を迎えた彼に聞いてみたかった。

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