<W解説>韓国の左派政治家によるセクハラ事件、「共生」する女性人権団体と慰安婦運動との関係

<W解説>韓国の左派政治家によるセクハラ事件、「共生」する女性人権団体と慰安婦運動との関係

(画像提供:wowkorea)

=増えていく「ツケ」、韓国の左派政治家と女性人権団体との共生関係

故パク・ウォンスン(朴元淳)前ソウル市長、オ・ゴドン(呉巨敦)前釜山市長、アン・ヒジョン(安熙正)前知事。韓国の執権与党に属する左派・革新系の有力政治家たちの名前だ。

そして、キム・ジョンチョル(金鍾哲)前党首。執権与党と共に左派政策を追求してきた「正義党」の党首だ。この政治家たちの共通点は性的暴力・セクハラの嫌疑が持たれた事が原因で現職から下りた事である。“次期大統領候補”と言われていた人物が2人も含まれている。

政治家による性的暴力・セクハラは、法律・道徳的に許されない犯罪であるが、韓国左派の男性政治家によるそれには、別の側面で彼らにとって致命的な問題が潜んでいる。それは、「女性人権団体に対するツケ」というものだ。

韓国左派に共通して見られるステータスとしては、日本でもお馴染みの「親中国・親北朝鮮」に加え、実はもう一つ、「親女性人権団体」というものが挙げられる。1980年代、まだ人権の保障が十分でなかった時代の韓国。女性を守るという活動を、当時学生運動家であった現在の左派政治家たちは活発に展開していた。

後ほど大統領になったムン・ジェイン(文在寅)氏、後ほどソウル市長に3回も当選したがセクハラの嫌疑がもたれ自ら命を絶ったパク・ウォンスン(朴元淳)氏がまだ男性運動家であった時、弁護士資格者を中心として性的暴力事件関連の社会活動に集中していた。

一方、女性運動家は、1980年代に韓国に導入された「フェミニズム」に基づき、1987年「韓国女性団体連合」を創設するなど女性人権団体の組織化に注力した。

その結果、女性人権団体は左派の中で有力勢力の一つとなり、特に1990年代以降、女性の積極的な社会進出、日本に対する慰安婦運動の台頭、2001年の女性部(部は省に相当、現・女性家族部)の創設などは、女性人権団体の力増大への追い風となった。

左派勢力は、女性人権団体を通して、「弱者の女性を守らない不条理な保守勢力。そしてそれに対抗する我々革新勢力」という構図を作り出すことに成功したわけである。この流れの中、当時の右派・保守系の政治勢力としては認めようとしなかった慰安婦運動は女性人権運動として定着した。

日本を”永遠と謝罪しない巨悪”と位置づけるほど、運動資金が集まり運動家や協力者が増え、女性人権を重んじる国際社会にも訴えやすい。このような背景で2000年代の女性人権運動は慰安婦運動を先陣とし成長し続ける。結果、慰安婦運動団体の運動家たちは次から次、女性部の長官になり、大統領の秘書官になり、国会議員となった。2015年12月、米国の主導で日韓の慰安婦問題に終止符がつけられる”危機”も訪れたが、右派・保守系のパク・クネ(朴槿恵)政権の没落でその危機も去っていった。

このように成長した女性人権団体に強く影響された韓国の20代〜50代の女性は、ムン・ジェイン(文在寅)大統領の誕生に大きく貢献した。4年前の大統領選挙の当時、20代女性のムン・ジェイン候補への支持は56%、30代が59%、40代が50%、50代が41%など(韓国ギャラップの調査)と圧倒的であったことが、この事実を端的に証明する。ムン・ジェイン氏をはじめとした執権左派の政治家は、女性人権団体に大きなツケがあるわけだ。

ところが今、そのような左派の男性政治家人たちが、自分たちの手で、性的暴力・セクハラを起こしているのである。これは、女性人権団体にとっては「裏切り」以外、何物でもないはずだ。そこで、今後のムン・ジェイン政権、そして左派政権全体の行方を読み取る上で、この女性人権団体がどのような動きを取るかが、大きなキーポイントとなる。

それでは、今後、韓国の女性人権団体は左派から独立し、第三勢力を成すだろうか。その可能性は極めて低いだろう。「女性の党」など女性主導の政治実験が行われているものの、まだ成功を収めているとは言い難い。

そのため、独立よりは、沈黙や“メッセンジャーへの攻撃”を通し、左派勢力の中での持ち分を増やそうとする可能性がある。元慰安婦が慰安婦運動団体を攻撃した時の対応と同じである。

実際、冒頭に言及した政治家の事件の際、有力女性人権団体の多くは沈黙を選択した。同じ女性として被害を主張するメッセンジャーへの攻撃に徹している現象も見られる。

左派の男性政治家にとっては、また大きなツケができたわけである。そしてそのツケは、女性の国会議員選挙ノミネート数の増大をはじめとした、左派の「政治権力」を分けてもらう形として現れるのではないか。

権力の中心に立つ左派の男性政治家にとって、自分たちの「政治権力」は、分けたくないものであろう。また、女性人権団体への利益の偏重は、必然的に他の左派系勢力の反発を呼ぶ恐れさえある。

しかし、それくらい画期的なものでないと、女性人権団体へのツケは返せない。この選択の難しさが、女性人権団体と左派系有力男性政治家の選択に、注目が集まる理由である。反日感情や日韓の憎悪を増幅させてきた韓国女性人権団体の慰安婦運動のこれからの動きも同じであろう。

関連記事(外部サイト)