北朝鮮の特殊部隊と国境警備隊が大乱闘、死傷者多数

北朝鮮の特殊部隊と国境警備隊が大乱闘、死傷者多数

北朝鮮軍の特殊部隊員(朝鮮中央通信)

北朝鮮にも暴力団組織のようなものが存在する。家や親を失い路上で暮らすコチェビ(ストリート・チルドレン)の集団や、国からの支援を失い様々な仕事で食いつなぐ栄誉軍人(傷痍軍人)の集団などがそれにあたり、利権を巡って血で血を洗う抗争を繰り広げることもある。

利権のために暴力を使う集団と言えば、朝鮮人民軍(北朝鮮軍)もある種の暴力団と言えるかもしれない。軍糧米の徴収に関するトラブルが乱闘に発展することもあれば、腹をすかせた兵士の集団が、食べ物欲しさに農場や民家を襲撃することもある。さらには、特権意識でこりかたまった鼻持ちならない幹部の息子らと些細なことでけんかを起こしたりもする。

軍の兵士が面倒なのは、その暴力性が外部の集団や個人だけではなく、内部にも向かうということだ。

咸鏡北道(ハムギョンブクト)のデイリーNK内部情報筋は、朝鮮人民軍の部隊同士のけんかが死亡事件に発展したと伝えた。以下、事件の概要だ。

今月17日の夜、暴風軍団の兵士3人が、会寧(フェリョン)の国境地帯で夜間パトロールを行っていた。国境警備隊の潜伏哨所(塹壕)を通りかかったとき、いるはずの国境警備隊の人員がいないことに気づいた。

暴風軍団は早速捜索に乗り出し、勤務中のはずの国境警備隊の隊員2人を近隣の売台(雑貨店)で発見した。2人は武装したまま、酒を飲んでいたのだ。それを咎めるや、口論となり、やがてけんかとなった。

暴風軍団とは、朝鮮人民軍第11軍団としても知られる特殊部隊だ。元脱北者の男性が、韓国から軍事境界線を越えて再入北した事件を受け、国境警備に関する実態調査を行うために派遣されたものと見られているが、「よそ者にシマを荒らされた」形の国境警備隊は、よほど腹に据えかねたのだろう。

国境警備隊の小隊員全員が飛び出してきて大乱闘となった。この過程で、複数の国境警備隊員が、頚椎や頭蓋骨を骨折するなど大けがを負い、暴風軍団の兵士1人は銃撃され死亡した。

一部始終を見ていた売台の主人は、人民班長(町内会長)を通じて、地域の保衛指導員(秘密警察)に通報した。事件は上部にも報告され、酒を飲んでいた2人を含む国境警備隊員19人は、国境警備隊保衛部の留置場に勾留され、暴風軍団の兵士2人は、会寧に駐屯する朝鮮人民軍(北朝鮮軍)第9軍団のある師団の保衛部の営倉(留置場)に勾留され、取り調べを受けている。

軍の総参謀部、保衛局、国家保衛省は、事件発生の翌日に、緊急調査班8人を現地に派遣した。また、暴風軍団、国境警備総局の作戦部、参謀部、政治部、保衛部との合同命令書を下した。そこには次のようなことが書かれていた。

最高司令官同志(金正恩党委員長)の国境沿線防疫封鎖命令の貫徹のために、同じ塹壕で共にすべき革命の戦友であり、同等な部隊の同志が、無残にも殴り殴られ血を流す乱闘を繰り広げたことが、党の軍民一致、一心団結、擁軍愛民思想をいかに妨げることか深く反省し、組織別に総和(総括)を行え。

この命令に基づき、地域の潜伏哨所の勤務人員、パトロール人員には実弾ではなく空砲が渡され、10月10日の党創建75周年記念日を控え、再び銃器による事件や乱闘を起こし軍の規律を乱せば、当事者のみならず、部隊長、政治委員、保衛部長まで軍事裁判にかけて、厳罰に処すとの警告が発せられた。

乱闘は、近隣の農村の住民にも目撃され、あっという間に噂が広がったが、「暴風軍団は肩で風を切っていたが、国境警備隊は地を這っていた」などというもので、国境警備隊の面目も丸つぶれだ。

さすがに事件直後の今は大人しくしているであろうが、顔に泥を塗られた国境警備隊が黙っているわけもなく、争いが繰り返されるだろう。

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