ハーバード大教授「慰安婦論文」問題 ラムザイヤー批判をするノースカロライナ州立大教授の知らない歴史の事実

ハーバード大教授「慰安婦論文」問題 ラムザイヤー批判をするノースカロライナ州立大教授の知らない歴史の事実

元慰安婦の請求を退ける判決が先日下された

 ハーバード大学のマーク・ラムザイヤー教授が書いた「慰安婦」に関する論文は韓国メディア、韓国系の大学教授らから猛烈な批判を浴びているのはこれまでにもお伝えしてきた通りだ。この論争について、デイリー新潮ではこれまで公文書研究の第一人者である有馬哲夫・早稲田大学教授による分析を複数回掲載してきたのだが、それに対して海外から批判が寄せられた。文献の扱いに対する疑義があるというのだ。

 では、有馬氏はどう答えるか。以下、有馬氏の特別寄稿である。(引用文については一部読みやすさを考慮して表記を改めた)


■ノースカロライナ州立大学教授からの批判


 筆者はこれまで複数回にわたり、ハーバード大学のマーク・ラムザイヤー教授が書いた慰安婦に関する論文を巡る議論に関連した論考を書いてきた。

 ラムザイヤー論文への批判の多くは控え目に言って筋違いのものであったり、政治的思惑を感じさせるものであったりするのではないか、というのが実感である。

 また、これまでに何度か批判者の日本語能力への疑問も指摘してきた。

 ラムザイヤー論文には膨大な註釈があり、その多くは当時の日本の公文書など日本語で書かれたものである。これらを読解することなく「根拠がない」などという批判はできないと考えたからだ。

 筆者のこうした指摘に対して、反論を寄せられた方がいる。ノースカロライナ州立大学歴史学部のデヴィッド・アンバラス教授である。

 アンバラス教授は、日本語が読めない批判者ではないようだ。

 4月6日にデイリー新潮が掲載した筆者の論考「ラムザイヤー教授『慰安婦論文』を批判するハーバード大学教授は文献を読めていないのではないか(後編)」に対して以下のような反論をツイッターで2回にわたってくださった。

“直近のラムザイヤー擁護論において、有馬(注・筆者のこと)は1938年の「内務省文書」を引用してこう書いている。

「もちろんこのような状況のもとで悪徳周旋業者が女性を騙したことはあり得る」

 しかし、この内務省の通達は国内向けのものであり、植民地にはこのようなものは送られていなかった。したがって、有馬は意図的に読者を混同させようとしたか、これらの文書の読み方を知らなかったかのどちらかである。だが、彼は公文書学だ! しかも、私たちに対しては日本の公文書を読めないと言っているのである!”

(原文:In his latest defense of Ramseyer, Arima cites 1938 Home Min. directive & writes, "Of course, even under these conditions it's conceivable that evil Korean brokers ... deceived women." BUT that directive was to officials inside Japan; no such directive in the colonies. So, either Arima is deliberately trying to confuse readers, or he doesn't know how to read these documents. But he's a professor of public archival research! And he claims that we can't read Japanese documents!)


■狙いはラムザイヤー論文の否定


 批判されている筆者の側がフォローするのもおかしな話だが、アンバラス教授の主張を簡単にまとめておこう。

・ラムザイヤー論文が根拠としているのが、1938年の「内務省文書」(「支那渡航婦女の取り扱いに関する件」)である。

・有馬は、この文書について、次のように解説している。

――これは、当時の日本の内務省が、日本から中国に渡って売春を生業としようとしている女性の扱いについての注意点をまとめた文書である。

 そういう女性の存在の必要性を認めながらも、人身売買や誘拐などが起きないようにしようと日本政府が苦心していることがわかる内容となっている。

・つまりこの文書から、日本政府が無理やりにそういう女性を連行して働かせたり、奴隷的な扱いをしたりしたということが無いことがよくわかる、というのが有馬の主張である。

・しかし、この文書の内容は日本国内向けのものであって、朝鮮に通達していなかったはずだ。にもかかわらず、有馬はその部分を混同させている。

 これは筆者(有馬)への批判の形を取っているが、もちろんアンバラス教授の本当の狙いは、ラムザイヤー論文の否定だろう。

 実のところ、筆者はラムザイヤー論文の意図を汲んで解説をしたのであって、独自の主張を展開したわけではない。

 問題は、アンバラス教授の主張が正しいかどうかである。

 つまり、筆者が引用した内務省文書の内容は、あくまでも日本国内の「各庁府県長官」に宛てられたものであり、朝鮮には通達されていなかった、という主張だ。

 これはきわめて重要な指摘であり、かつ、いまなお「慰安婦強制連行説」を採る日本やアメリカの研究者が拠り所としているポイントである。

「強制連行」を主張する人たちにとって、日本政府(内務省)が、朝鮮の悪徳業者を取り締まるようなことをしていたというのは都合が良くない。

 従って、内務省文書のようなものは歓迎できない資料である。しかしそれが実在する以上は、別の論理を構築しなければならない。

 そこで「日本人と朝鮮人、台湾人の扱いが違ったはずだ」という主張をしているのだ。

 実際にどうだったかを検討してみよう。

 まず、内務省の管轄は、主に日本国内だったのは事実であるが、外事課があり、海外領土とも密接な連絡をとっていた。

 実際、アンバラス氏は気が付かなかったようだが、この文書には外事課長の押印がある。外事課長がこの文面をチェックしたということは、外事課ないしは他の官庁が同じような通達を植民地にもだしたので、齟齬をきたさないようにする必要があったと考えられる。

 通達の性格(中国渡航のための身分証明書の発行)に鑑みて、植民地には行っていないと考える方がおかしいと思う。

 とはいえ、論理的には前述の文書について次の2通りの解釈が可能だろう。

(1)この文書は、植民地を含む日本全体に通達されたものの一例に過ぎないというものだ。つまり、朝鮮や台湾にも同じ通達が行われたが、現在残っていて参照できるものが内務省文書だった――筆者がとった解釈はこちらである。

(2)通達は、内務省の管轄の国内にのみ行われて、植民地には行われなかった――これは、アンバラス教授がとった解釈である。

(1)の解釈は、朝鮮の官憲に宛てた、同じような内容の通達が見つかれば正しかったことになる。

(2)の解釈は、同じような内容の通達が朝鮮には送られていなかったことを証明できれば正しかったことになる。あるいは「朝鮮は取り締まりの対象から除外する」といった内容の文書が存在しても証明になるだろう。


■根拠を求めたが回答なし


 そこで筆者は今回、アンバラス教授に(2)の「通達されていなかったという根拠」を求めたが、回答はいただけなかった。

 つまり、彼は朝鮮には伝わらなかったのではないかと主張しているにもかかわらず、その根拠をあげないのだ。

 そこで、私としては、(1)の解釈が妥当だということを関連資料によって明らかにしようと思う。

 たしかに、前掲の内務省文書だけでは、売春婦の海外渡航を厳重にチェックせよという通達が、日本本土だけに行われたのか、それとも植民地にも行われたのか判断できないという解釈は可能だからだ。しかし、関連資料は他にもある。

 内務省文書と関連性を持つのは「不良分子の渡支取締方に関する件」(堀内謙介外務次官、1937年8月31日付北海道長官、各府県知事、関東州庁長官宛)である。

 これはやはり、日本人(朝鮮人、台湾人を含む)に中国の渡航を原則として禁止するが、身分証明書を与えたものには許すというものだ。

 具体的にはこう記されている(原文が面倒な方は飛ばしても構わない)。

1 日本内地及び各殖民地より支那に渡航する日本人(朝鮮人及び台湾籍民を含む)に対しては当分の間居住地所轄警察長に於いて甲号様式の如き身分証明書を発給するものとす。(後略)

2 警察署長第1項の身分証明書の下付願い出ありたるときは本人の身分、職業、渡航目的、要件、期間等を調査し左の通り取り扱う。

(イ)素性、経歴、平素の言動等不良にして渡支後不正行為を為すの虞ある者に対しては身分証明書を発給せず(後略)

3 出発港所轄警察署長は第一項の身分証明書又は帝国政府発給の旅券を有する者に非ざれば支那に向け乗船せしめざるものとす。

(吉見義明編『従軍慰安婦資料集』(大月書店)97頁)

 もっとも重要なのは「1」の冒頭にある。

「日本内地及び各殖民地より支那に渡航する日本人(朝鮮人及び台湾籍民を含む)」に対しては、当分の間居住地の所轄警察長から身分証明書を発給すると書いてある。

 つまり日本本土だけでなく、「各殖民地」でも、日本人、朝鮮人、台湾人を問わず、渡航申請があった場合、チェックをしたうえで、身分証明書を発行するよう通達されていたことがわかる。

 このような通達がなく、朝鮮でだけ身分証明書が発行されていなかったとすれば、朝鮮から中国へフリーパスで渡航できたか、逆に誰も中国に渡航できなかったことになる。どちらも現実的にはありえない。

 発行されていたとすれば、当然、所轄の警察署長が「本人の身分、職業、渡航目的、要件、期間等を調査し」ていたことになる。

 さらに、「素性、経歴、平素の言動等不良にして渡支後不正行為を為すの虞ある者」かどうか厳重にチェックしていたことになる。悪徳周旋業者は当然、チェックの対象だ。「身分、職業、渡航目的、要件、期間等」をチェックしたのだから、私娼、公娼、慰安婦の場合は、契約書の提示を求めたことだろう。

 つまり、「内務省文書」と同じような通達が朝鮮、台湾、満州(関東州)に対しても出されており、「内務省文書」にあるのと同じような厳重なチェックが行われていたことをこの通達は示していると考えていいだろう。

「内務省文書」だけなら、反論者のような疑念を生じる余地があるかもしれないが、関連する「不良分子の渡支取締方に関する件」から、同じ内容の通達が朝鮮にも行われていたことがわかる。

 あるいは、アンバラス氏は、通達があったとしても、日本軍は周旋業者を指定した可能性があるから、こういった業者にはチェックが甘かったに違いないと方向転換するかもしれない。そうした見方を否定する資料も示そう。

 韓国人研究者の朱益鍾氏は、「皇軍慰安婦女渡来につきv」(1937年12月21日在上海総領事館警察署)という当時の公文書をもとに、上海総領事館警察が、このような指定業者が朝鮮で慰安婦を募集する際にも5種類の書類の提出を求めていたことを明らかにしている(You Tube 李承晩TV)。

 現代語訳と原文を掲載しておく。

「右の要領で設置を急いでいるところ、すでに酌婦(慰安婦)募集のために本土並びに朝鮮方面に旅行中のものがいて、今後も同様の仕事で旅行するものがいるはずなので(中略)港に着いたあと煩雑な手続きを繰り返すことがないよう、一応携帯した書類をチェックした上で、ご協力いただきたくお願いする次第です。」

(右要領により、施設を急ぎ居る処既に稼業婦女(酌婦)募集のため本邦内地並朝鮮方面に旅行中のものあり今後も同様要務にて旅行するものある筈なるが(中略)着港後煩雑なる手続きを繰り返すことなき様致度に付一応携帯書類御査閲の上御援助相煩度此段御依頼す)

(女性のためのアジア平和基金編『政府調査「従軍慰安婦」完成資料集成』(1)36頁、なおこの文書は以下のサイトで読むことができる。https://www.awf.or.jp/pdf/0051_1.pdf)

 つまり、慰安所の設置を急いでいるので、慰安婦の募集のため日本本土と朝鮮に送った周旋業者に定型書類をあらかじめ持たせ、業者と慰安婦が港に着いたときには、それらをチェックのうえ入出国審査の便宜をはかるようにという要請を上海の警察がしていたことがわかる。

 周旋業者に持たせた定型書類とは、臨時酌婦営業許可願(本人写真添付のもの)、承諾書、酌婦稼業者に対する調査書で、これに印鑑証明書と戸籍謄本を添付しなければならなかった。調査書には「教育程度経歴」「酌婦稼業を為すに至りたる理由」、「刑罰に処せられたる存否」、「両親または内縁の夫の有無」「別借金額」「参考事項」「備考」の記入欄があった。いずれの定型書類もそのひな型がこの通達に添付されている。

 慰安所の設置を急いでいるのだから、フリーパスにすればよさそうなものだが、上海領事館警察署は、そうしないで日本本土の警察署がしていたのと同じチェックを入国審査係員に求めていた。もちろん、上海に着いたのちは、自分たち上海総領事館警察が、本格的に審査することになる。

 それもいい加減にやったに違いないというかもしれないが、もしそうなら、急いでいるのだから、最初からこんな面倒な書類提出を求めなかったはずだ。やはり、日本軍や領事館が募集を依頼した周旋業者からであっても、慰安婦の受け入れに当たっては、「内務省文書」でみたよう厳密なチェックを行っていたと考えざるをえない。

 日本の官憲に周旋業者による詐欺や誘拐まがいの慰安婦の募集に対し厳しい取り締まりを要請した文書は、他にも次のような「軍慰安所従業婦等募集に関する件」(陸支密第745号1938年3月4日付)がある(これは、以前の記事「韓国側が連日猛攻撃、ハーバード大教授『慰安婦論文』で批判されている点を原文で徹底検証」でも言及している)。これも現代語訳と原文を載せておく。

「副官より北支方面軍および中支派遣軍参謀長あて通牒案

 支那事変の地における慰安所を設置するために、日本国内でそれに従事する女性等を募集するにあたって、問題のある者が少なくない。ことさらに軍部の名を利用する者、それによって軍の威信を傷つけたり、国民の誤解を招いたりする者、従軍記者や慰問者を介してルールを逸脱した募集をして社会問題を起こす者、誘拐などで女性を集めて警察に検挙、取り調べを受ける募集担当者等である。

 将来、これらの募集にあたっては現地の軍で統制して、関わる人物の選定を周到かつ適切にして、関係する地方の憲兵や警察との連携を密にすることで、軍の威信を保持して、社会問題を起こさないように配慮するよう命令により通知する」

(副官より北支方面軍及中支派遣軍参謀長宛通牒案
支那事変の地における慰安所設置のため、内地においてこの従業婦等を募集するにあたり、ことさらに軍部了解等の名義を利用し、そのため軍の威信を傷つけ、かつ一般民の誤解を招くおそれあるもの、あるいは従軍記者・慰問者等を介して不統制に募集し、社会問題を引き起こすおそれあるもの、あるいは募集に任ずる者の人選に適切を欠いたために募集の方法が誘拐に類し、警察当局に検挙取調を受けるものがある等、注意を要するものが少なくないことについては、将来これらの募集等にあたっては派遣軍において統制し、これに任ずる人物の選定を周到適切にし、その実施に当たっては関係地方の憲兵及び警察当局との連係を密にすることにより、軍の威信保持上並びに社会問題上手落ちのないよう配慮していただきたく命令に依り通知する。)

 これについては、「内地において」とあることから、詐欺・誘拐まがいの募集を取り締まろうとしたのは日本本土の憲兵および警察だけで、朝鮮と台湾の警察は関係なかったという解釈をする人がいる。

 しかし、これは無理がある。

 文書を素直に読めば、内地において詐欺・誘拐まがいのことをするなど注意を要するものが少なくないので、軍は内地および植民地の関係地方の憲兵および警察と連携を密にするように要請したと理解できる。

 なぜなら、通達の宛先になっている北支方面軍及中支派遣軍の慰安所(何カ所、あるいは何十カ所もあるだろう)には、日本本土だけでなく、朝鮮や台湾からも慰安婦が来る可能性が高いからだ。

 また、「軍の威信を傷つけないこと」、「一般民の誤解を招かないこと」、「社会問題を引き起こさないこと」が通達の目的なのだから、日本本土だけに通達しても目的は達成できない。今と違って、朝鮮にも台湾にも、現地の人々はもちろん、日本人も相当数いたので、こちらの悪徳周旋業者も取り締まらないと通達の目的達成とはならないからだ。


■根拠は一つではない


 拙論を読んでいただいたことは非常に名誉に思うが、文中にはちゃんと「このような趣旨の通牒、通達は他にも多くある」という一文があり、私が「内務省文書」のみではなく、関連を踏まえて当該箇所を書いていることを示唆している。この文にも注意を払っていたただいていれば、誤解は生じなかったと思う。

 もう一つ、別の根拠も示しておく。

 内務省文書以前から、当時の日本には人身売買罪(刑法226条)があり、日本本土および朝鮮や台湾でも人身売買は禁止されていた。

 また、騙されたり、誘拐されたりしたとわかっていてその女性を引き取った場合には、日本本土および朝鮮や台湾でも、被拐取者収受罪に問われた(刑法227条)。

 これらの法律のもと逮捕された実例は多数あることから、ザル法でなかったことは確かだ。

 こうした法律をもとに、内務省は、これらの警察の通常の取り締まりに加えて、中国などに渡航する場合の身分証明書や雇用契約書などの書類の厳重なチェックを官憲に求めたものだったのだ。アンバラス教授はこのような日本の法律の存在を知っているのだろうか。

 法律と通達の2重の防止対策を講じていた事実がある以上、朝鮮の周旋業者が朝鮮人女性を騙したり、誘拐したりするのを日本政府が野放しにしていたと考えるのは無理がある。

 ただし、当時、朝鮮で人身売買事件が起こっていたことは事実だ。また、年齢制限に限定していえば、国際法上、売春が許されるのは21歳以上であったが、慰安婦の募集にあたり、その年齢制限を順守しなかった業者と、それを大目にみた一部官憲もいたことは確かだ。

 実際、前の記事でも触れたミャンマーのミッチナーにあった慰安所には、21歳以下の朝鮮人慰安婦が20人中3人(19歳1人、20歳2人、全体の平均年齢は25歳)いた。

 このようなことが起こったのは、国内法では、日本本土では18歳以上、朝鮮では17歳以上、台湾では16歳以上となっていて、国際法とギャップがあったからだ。だから、「内務省文書」では国際法の順守の徹底を求めたのだ。

 それでも違反はあったが、それは悪徳周旋業者と、そのチェックに手心を加えた一部の不届きな官憲の犯罪である。

 一定の管理責任を問うことは可能かもしれないが、これを日本軍や日本政府が黙認しただとか、推奨しただとか捉えることには無理がある。日本軍や日本政府が年齢制限を緩めるよう通達を出し、それに従うよう官憲に働きかけてはいないからだ。

 それは、たとえばアンバラス教授の地元のノースカロライナで、地方警察の一部と結託した業者による人身売買が起きたとしても、まず罪を問われるべきは業者と地方警察の一部であって、ノースカロライナ州やアメリカ合衆国が犯行に責任があるとは言えない。

 また、ノースカロライナ州やアメリカ合衆国がこの犯罪に「広義の関与」をしたと主張するのも無理があるだろう。

 日本については、極東国際軍事裁判でもそのように判断されたので起訴されなかったのだ。

 アンバラス教授に理解していただきたいのは、筆者にせよ、ラムザイヤー教授にせよ、たった一つの公文書をもとに論じるようなことはしていないということだ。

 多数の文書を検討したうえで、現在の結論に至っているのだ。

 また、日本政府が今日、強制連行の証拠がないという立場を取っているのも、アンバラス教授の主張を裏づけるような文書が見つかっていないからである。

 逆の見方を示す文書が存在することは、今回も示した通りだ。

 このようなことを彼の大学の日本史を受講する学生にしっかり教えてもらいたい。良心的な研究者・教育者なら、そうするだろう。

有馬哲夫
1953(昭和28)年生まれ。早稲田大学社会科学総合学術院教授(公文書研究)。早稲田大学第一文学部卒業。東北大学大学院文学研究科博士課程単位取得。2016年オックスフォード大学客員教授。著書に『原発・正力・CIA』『歴史問題の正解』など

デイリー新潮取材班編集

2021年4月24日 掲載

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