「慰安婦は売春婦の一種」発言で刑事訴追された韓国人教授の告白 「本質は悲惨な貧困」

「慰安婦は売春婦の一種」発言で刑事訴追された韓国人教授の告白 「本質は悲惨な貧困」

延世大学

 問題にされたのは、韓国の名門・延世大学の講義中の発言だった。2019年9月、「発展社会学」の授業で、慰安婦に触れた部分が名誉毀損だとして刑事告発されたのだ。「学問の自由」がもっとも尊重されるべき場所で起きた、あまりに異常な「魔女狩り」の全顛末。

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 2019年9月17日、定年を1年残した筆者は延世大学の講義室で受講生たちと熱い討論を行っていた。この講義は「韓国が発展した」と認めるのなら、その理由が何なのかを突き止めようとする「発展社会学」の授業だ。この10年間、筆者は同じやり方で講義を行ってきた。

 この日もいつものように、講義の始まりには「韓国の発展における日本の植民地時期の役割をどう評価すべきか」というテーマを取り上げた。植民地時代に「収奪」の面だけから接近すれば、建国後にたどった韓国の飛躍的な発展過程を完全には理解しがたい、という筆者の見解を先に伝えた。


■躍起になって反発する学生たち


 筆者の問題提起を学生が受け入れるためには、以下のいくつかの質問を続けなければならない。

「1961年の5・16(軍事クーデター)以降の高度経済成長は、ひとえに朴正煕政権だったからこそ可能なことだったのか」

 この質問に対して、学生の大半は「いいえ」と反応する。続いて、学生たちはただ「国民が一緒に熱心に努力したためだ」と原則論的な回答をする。

 筆者の質問は続く。

「国民が一生懸命働かなかった時期がありましたか?」

「北朝鮮が貧しいのは、北朝鮮住民が一生懸命働かないからですか?」

「後進国の国民は懸命に努力しないから、後進国になったのですか?」

 といった質問にくると、学生たちの抵抗がかなり和らぐ。質問を続ける。

「それなら、朴正煕政権の前段階である李承晩政権が韓国の発展に寄与した側面はないでしょうか?」

 すると、再び学生たちは躍起になって反発する。「親日派が建てた国だ」、「韓国戦争がすべてを破壊した」、「戦後は援助経済がすべてだった」、「不正腐敗がまん延した」などの理由を挙げて「絶対違う」と言う。


■当惑する学生たち


 ここで、李承晩政府の役割についての議論にすぐに乗り出さないことが重要だ。まだ学生たちに心の準備ができていないからだ。代わりに次の質問に移る。

「では、皆さんは朴正煕も認めず、李承晩でもないというなら、結局、その前の段階である日本の植民地支配の時期に発展の種がまかれたと思うのですか?」

 と問うと、学生の大半は「当惑」という反応一色になる。しかし筆者は質問を続ける。

「発展が天から落ちてきたのでなければ、発展の歴史的ルーツがなければならないのに、朴正煕でもなく李承晩でもないというなら、植民地支配の時期にならざるを得ないのではないでしょうか」

「まさか皆さんは、国を(日本に)渡した旧韓末(大韓帝国期=1897〜1910)が韓国発展の起源だと思いますか?」

「旧韓末から35年間の植民地支配で搾取され、米軍政時代の3年間を経て、李承晩政権の12年の成果も否定するのなら、朴正煕政権の16年間に突然発展が実現したと言いたいのですか?」

「あれもこれも違うのならば、韓国の発展は根も葉もなく、突然現れた朴正煕という人物の『個人的カリスマ』のおかげだと見るべきでしょうか?」

 学生たちは黙り込む。そうだ。これまで学生たちに教えられた現代史では、このような質問が全く投げかけられなかった。これらの質問にさらされて初めて、学生の脳には「植民地時代」と「李承晩政権」を再評価する必要があると考える空間が設けられる。

 だからといって、ここで論争が終わるわけではない。論争は次の段階でさらに激化する。


■収奪だけでない植民地


 植民地支配の時期についても、大きな障害と向き合う。「植民支配の時期は収奪と近代化が共存する時期」という筆者の主張は、最初から学生たちの抵抗にぶつかるのだ。彼らは、「収奪」が当たり前で、「近代化」とは突拍子もないことだと一蹴する。

「西欧から学んで作った日本の近代システムが、私たちに強圧的に移植されるきっかけが植民地だった」

 との筆者の説明は、「それでは日本に感謝すべきか」という学生たちの冷笑につながる。

「政治的には朝鮮が日本の植民地になって差別を受けたのは事実だが、同時に社会文化的には、朝鮮が自ら抜け出せなかった伝統社会のくびきを日本が取り除いたのではないか」

 こう反問すると、学生たちは戸惑うこともある。しかしすぐさま「日本がそうしたのは、韓国のためではなく、日本のためにすぎない」という主張が出る。

「“日本のためだった”は正しいが、結果的に韓国の近代化に役立ったのではないか」

 こうした筆者の問いは、「結果論」という非難を甘受しなければならない。

「学校や工場、監獄のように時間を管理する『監視と処罰』システムが他でもない近代だ」というフーコーの言葉を動員し、筆者は「日本が朝鮮を近代へ規律した」と説明する。他国の植民地経験と比較しながら、「植民地は全地球的に近代が広がる過程とも見られる」と付け加えもした。


■独立闘争をどう捉えるべきか


 学生たちは、植民地の独立闘争を「反近代闘争」と見るべきか、と反問してくる。これに対して筆者は、

「植民地の独立闘争は政治的独立のためのものであり、社会文化的に近代から独立して伝統に回帰しようという闘争ではない」

 として、こう続けた。

「植民地住民を代弁する国会議員がおらず、軍隊にも行けないのに税金だけを負担する矛盾を解決するために、政治的独立が必要なのは事実だ。しかし、両班(ヤンバン)、民、賤民、そして男女という身分の区別をなくし、すべての人を対象に普通教育を実施する時代が植民地とともに来たのに、それを再び伝統に戻そうというのは不合理ではないか」


■韓国の本当の歴史を初めて悟る学生たち


 学生たちは、そのように次元を分けて分析的に接近すると植民地という差別の「総体的性格」を薄める問題が生じると答える。総体的にテーマに接近する学生たちの最大の問題は、何よりも経済的次元の論議の中に現れる。学生に、

「土地を収奪し、コメを奪い、徴用で労働を搾取し、慰安婦を強制的に連行したことなどは、私たちが知っている歴史が事実に基づかない『反日種族主義』的思考の産物だからだ」

 と、最近の研究成果を紹介すると、最初は全く信じようとしない。しかし、李栄薫、金洛年、鄭安基、李宇衍、朱益鍾などの学者たちが主導した「植民地近代化論」の研究成果を説明し、また彼らの論文と本を直接読めば、学生たちは相当な衝撃を受け、少しずつ妥当性を受け入れる。彼らの論理と資料がそれだけしっかりしているからだ。そして、「日本と朝鮮が単一の市場に縛られたことで発生した人的・物的交換の結果、土地を日本人と取引し、コメを金をもらって売り、契約によって金を稼ぐために労働者が日本に進出した」ことを、学生たちが初めて悟るようになるのだ。

 もちろん、太平洋戦争が終盤に入り日本が降伏するまでのおよそ9カ月間には、「徴用」すなわち「強制連行」されて働いた人々もいたことを付け加えるべきだ。そして同時に、彼らもお金を受け取ったという説明もしなければならない。


■「構造的強制」という盾


 にもかかわらず、絶対に乗り越えられない壁が一つ残っている。他でもない「慰安婦」問題だ。

 この問題は、特に今日「フェミニズム談論」に慣れている女子学生たちからの抵抗が強い。あらゆる資料を動員して「慰安婦が強制的に連行されて奴隷のような生活を送ったと見るには無理がある」という説明をしても、彼らは結局、広い意味の「構造的強制」という概念を盾にして耐える。

 しかし、全国民が熱心に働かない時代はなかったように、広義の「構造的強制」がなかった時代もない。

「過去の植民地・朝鮮であれ、今日の発展した韓国であれ、または、後進国であれ先進国であれ、伝統社会であれ近代社会であれ、広義の“構造的強制”がない現実社会は存在するのか」

 ということだ。

 まさにこの「構造的強制」という虚像をめぐる対立と論争が、筆者を刑事法廷に立たせた2019年9月17日の延世大学事件を作り出したのだ。


■三つの争点


 検察が問題視した私の講義中の発言は、2020年10月29日にソウル西部地方検察庁が、筆者を「日本軍慰安婦および挺対協(韓国の元慰安婦支援団体)に対する名誉毀損の疑いで在宅起訴」した直後、配布した「報道資料」で明らかになった。

 ここには被告人となった筆者が、

「(1)元日本軍慰安婦らが売春に従事するために自発的に慰安婦になった。

 (2)挺対協が、日本軍に強制動員されたと証言するように、元慰安婦らを教育した。

 (3)挺対協の役員たちは統合進歩党の幹部であり、挺対協は北朝鮮と連携しており、北朝鮮に追従している。

 という三つの趣旨の『虚偽事実を発言し、元日本軍慰安婦らおよび挺対協と尹美香の名誉を毀損』」

 したと書かれている。

 この三つの争点のうち、ここでは「元日本軍慰安婦らが売春に従事するために自発的に慰安婦になった」という争点に関する筆者の講義、および学生たちとの質問・回答内容をありのまま提示しよう。誰かによって不法に録音され、マスコミに流通した末、裁判の証拠にまで採択された音声ファイルに含まれている内容だ。検察が起訴した同刑事事件は現在(取材当時)、1審10次公判が2022年5月25日に予定されている。


■売春産業で働いている女性は、自分の意志か強制か


女子学生A 教授は先ほど慰安婦関連の話をされていましたが、最後まで話さなかったように思われるんです。それなら慰安婦として連れて行かれた女性の方は、自分から自発的に行ったと教授はおっしゃるのですか? 強制的な連行ではなかったって……。

筆者 今、売春産業があるじゃないですか、韓国に。よく分からないですよね? 幼い学生はよく知りませんが、江南(カンナム)に行くとすごく多いです。マッサージやら、何とかかんとかやら……。ルームサロンが多いですよ。今そこで女性たちが働いているじゃないですか。その女性たちは自分から行きましたか? 親が売ったんですか? どうやって行ったのでしょう?

女子学生A それなら、今いる売春婦と以前の慰安婦を同レベルと見ているということですか。

筆者 それと似ています。

女子学生A それなら今まで……。

筆者 その人たちは暮らしにくくて売春業に足を入れることになります。家が貧しくて、本人がお金を稼げなくて。だから売春(業者)からの誘惑が……「ここで働けば、少しだけ働いても給料がたくさんもらえる。来て働いて」という誘惑があり、売春を働くことになるじゃないですか。

女子学生A でも……。

筆者 今そうだということについては同意しますよね? 今もそうじゃないですか?

女子学生A 今はそうだけど……。

筆者 今はそうだが、過去は「そうではない」と話そうとしているようだけど、違うよ。昔もそうだった。

女子学生A それなら、教授のおっしゃることを私がちゃんと理解していたら、以前日本の植民地支配下で慰安婦として働いたすべての女性たちが、今のように自発的に自ら選んで(働いたということですか)……。

筆者 今(売春業で)働いている人たちは自発的ですか。「自意半、他意半(自分の意志が半分、他人の意志が半分)」ですね。今も「自意半、他意半」です。

女子学生A 私が知る限りでは……。

筆者 生活が苦しいだけで、自分で望んでいるからではないでしょう。


■延世大学からの処分


 残りの二つ、すなわち「挺対協が、日本軍に強制動員されたと証言するように、元慰安婦らを教育した」「挺対協の役員たちは統合進歩党の幹部であり、挺対協は北朝鮮と連携しており、北朝鮮に追従している」という争点に関しては、日本の西岡力・麗澤大学客員教授が歴史認識問題研究会の論文集「歴史認識問題研究」第10号(春/夏号、2022年3月18日)に発表した「韓国における学問の自由の危機について」を参照してもらいたい。

 一方、筆者は2019年9月17日の講義での「気になるならば一度やってみますか?」という発言のため、延世大学当局から「停職1カ月」の懲戒処分も受けている。この発言が「言語性暴力」に当たるという理由だった。これが「売春をしてみろ」という言葉に聞こえたという生徒の一方的な主張に、学校当局が同調した結果だ。

 だが、この発言は売春を「研究してみろよ」という発言に過ぎず、セクハラとは何の関係もない。この問題に関しては、月刊「Hanada」(2020年8月号)の記事を参考にしてほしい。筆者は延世大学の懲戒処分が間違っていると、現在民事裁判で争っている。


■被害者中心主義でいいか


 もし、金柄憲・国史教科書研究所所長が書いた『赤い水曜日』が筆者の講義当時に出版されており、授業の教材にすることができていたなら、問題の事件は発生しなかったかもしれない。

 なぜなら同書は、「反日種族主義」的に慰安婦問題に接近する既存の文献と判決を精密に追跡し批判しながらも、反日種族主義の本山である「韓国挺身隊問題対策協議会」(挺対協あるいは正義記憶連帯)が出版した資料を核心的な根拠として使って議論を展開しているからだ。そのため、挺対協の「水曜集会」を支持する学生たちを説得するには効果的である可能性がある。

 金柄憲はこの本を徹底的に証拠中心に書いている。彼の言葉通り、そうしてこそ「けがが少なくなる」からだ。執筆に活用された資料は逆説的にも、挺対協が1993年から2014年まで約20年間にわたってそれなりに力を入れて発刊した計8冊の慰安婦証言集だ。

 挺対協が宣伝した慰安婦らの口述証言をもとに、いわゆる「被害者中心主義」を金科玉条としている学生たちは、この本に背を向けることはできない。

 ちなみに、「被害者中心主義」とは、被害者の陳述さえあれば、他の証拠と交差検証する必要もなく、その陳述を中心に被害を認めなければならないという、異常な「荒唐無稽主義」である。


■「民間の売春業者で働いた慰安婦」とみなすべき例


 同時に、金柄憲は、植民地当時の公式文献と史料、特に軍慰安所を運営した日本軍文書はもちろん、米軍の記録、そして当時の新聞記事なども幅広く検討する。そして彼は、これら客観的史料を通じて明らかになる当時の慰安婦現象の実態に、立体的にアプローチする。そのような総合的判断の結果、次のような証言の場合は、「日本軍慰安婦」ではなく「民間の売春業者で働いた慰安婦」とみなすべきであるという。

(1)日本軍慰安所がない場所、すなわち日本、朝鮮、台湾、満洲で日本軍慰安婦生活をしたという証言(軍慰安所は戦線近くにだけ設置された)。

(2)日中戦争が発生する1937年以前から日本軍慰安婦生活をしていたという証言(軍慰安所は日中戦争後に設置された)。

(3)住民登録上、1930年以降に出生したか17歳以下の年齢で日本軍慰安婦生活をしたという証言(当局は当時の未成年者の軍慰安所就業を許可せず、これに関する文書管理を厳しく施行した)。

(4)同時に軍人と民間人を相手に日本軍慰安婦生活をしたという証言(日本軍慰安所は軍人専用だった)。


■「慰安婦生活者より一般売春店に従事した女性の方が多い」


 金柄憲の四つの基準のうち、第1の基準は最近入手した資料によってさらに裏付けられている。他でもない「国史編纂委員会韓国史データベース」が提供する資料だ。それは一枚の地図で、「連合軍翻訳通訳部報告書で言及された日本軍慰安所の位置」(掲載の図)と題されている。

 金柄憲の指摘のように、日本本土、朝鮮、台湾、満洲には軍慰安所が全く存在しないことが確認できる。慰安婦らの記憶と主張だけに依存して、軍慰安所の位置を把握したこれまでの地図とは全く異なる姿だ

 ちなみに、この「連合軍翻訳通訳部報告書」は、朝鮮人を含む日本人戦争捕虜に対する米軍の尋問報告書、及びこれを総合した研究報告書に基づいて作成された。

 この四つの基準に照らして金柄憲は、挺対協が発刊した『強制連行された朝鮮人軍慰安婦たち』シリーズ6巻、そして『中国に連れて行かれた朝鮮人軍慰安婦たち』シリーズ2巻に登場する証言を交互に分析した。そこで彼は「相当数が上記の事項に該当する」と明らかにする。つまり「日本軍の管理・監督の下で日本軍慰安婦生活をした女性より、一般売春店に従事した女性の方が多い」と指摘したのだ。

 さらに金柄憲は、「日本軍によって『強制動員された場合』は存在せず、存在することもできない」と断言する。彼の緻密な分析の結論は、「女性家族部に登録されたいわゆる『日本軍慰安婦被害者』の240人のうち、『慰安婦被害者法』が定義している『日帝によって強制動員』された事例は一人もいない」という衝撃的宣言に終わる。

 この主張を裏付けるため、金柄憲が最も粘り強く分析した事例が、1993年に挺対協が出版した『強制連行された朝鮮人軍慰安婦たち「証言集 I」』に登場する李容洙、及び金学順の事例である。次回はそれを詳しく見ていこう。(敬称略)

柳 錫春(リュ・ソクチュン)
元延世大学教授。1955年生まれ。延世大学卒。米国イリノイ大学で博士号。87年延世大学社会学科助教授、97年より同教授となり2020年に定年退職。

「週刊新潮」2022年5月26日号 掲載

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