尹錫悦はなぜ「キシダ・フミオ」を舐めるのか 「宏池会なら騙せる」と小躍りする中韓

 見え透いた罠を相次ぎ日本に仕掛ける尹錫悦(ユン・ソンニョル)政権。サル芝居で騙せると韓国人が信じるのはなぜか。『韓国民主政治の自壊』(新潮新書)を上梓した鈴置高史氏の答は簡単だ。岸田文雄首相を舐めまくっているから――である。


■韓国の提案は罠だらけ


――尹錫悦政権が様々な罠で日本を嵌めようとしていることに驚きました。

鈴置:「尹錫悦『シャングリラ』で従中の馬脚を現した 後は『キシダ』を騙すだけ」で韓国の仕掛けた罠を説明したら、大きな反響がありました。

「自称・徴用工には韓国政府がまず補償する」との代位弁済案は日本に植民地支配の不当性を認めさせるための罠。「1998年の日韓共同宣言の精神に立ち返ろう」との呼びかけも、日本政府に再び植民地支配を謝罪させるための罠です。

 尹錫悦大統領本人が提案している「一括妥結方式」もそうです。要は、韓国が条約違反を是正する代わりに日本は譲歩せよ、というのですから。韓国が言ってくることは全てが罠なのです。

 佐渡金山遺跡の世界文化遺産登録では危うく騙されるところでした。「登録に動けば米国との関係が悪化する」「韓国が拒否権を発動すれば登録できない」を理由に、岸田首相はユネスコへの推薦を見送りかけていました。韓国の威嚇に怯えた日本の外務省から、そう吹き込まれたのです。

 安倍晋三元首相らが説得することで、騙されかけていた岸田首相は1月28日、ようやく翻意しました。推薦決定により米国との関係が悪化したわけではありません。そもそも投票で3分の2の賛成票を得れば韓国が反対しても登録できるのです。


■「カモが首相になった!」


――普通の人はともかくも、日本政府まで騙せると韓国は考えているのですか?

鈴置:岸田首相なら騙せる、と韓国は自信を持っています。岸田氏が外相時代の2015年、韓国政府は2度に亘り日本政府を騙した実績があります(「岸田首相から3匹目のドジョウ狙う韓国 米中対立で日本の『輸出規制』が凶器に」参照)。

 軍艦島(端島)をユネスコの産業遺産に登録する直前の約束を破って「日本に強制連行を認めさせた事件」と、不可逆的な解決を約束しておいて後で韓国政府が踏みにじった「慰安婦合意事件」です。

 当時、外交部長官だった尹炳世(ユン・ビョンセ)氏は、岸田氏の首相就任が決まった瞬間「キシダは日本政界の穏健・合理的な人物であり信頼できる。自民党の総裁選により韓日関係に弾みがつくので、積極的に関係改善に出ねばならない」と語りました。

 朝鮮日報の東京特派員経験者、李河遠(イ・ハウォン)国際部長の「<太平路>次期大統領は岸田日本総理と『大和解』を推進せよ」(2021年10月4日、韓国語版)がこの発言を紹介しています。

 要は「なんと、カモが今度は首相になった。また、騙せる」と小躍りしたのです。だから「とにかく首脳会談を開こう」と韓国は言い出した。日本でも、「友好万能主義」の日韓議員連盟や外務省から早期の首脳会談実施を求める声があがりました。


■「米国に怒られてもいいのか」


――いくら「騙し易いキシダ」とはいっても、二匹目、三匹目のドジョウがいると考えたのでしょうか。

鈴置:だから少し工夫して、代位弁済案や共同宣言案といった「譲歩」「友好」の糖衣でくるんだのです。子供だましの手ですが。それに「米国」という外堀を埋める作戦にも出ています。

 親米派の尹錫悦政権の発足を機に、米国は米韓日の3国軍事協力の強化を目論む。日本が韓国に冷たいままだと米国に怒られるぞ――というプロパガンダを日本で展開しました。

 外務省のコリア・スクールや一部の韓国専門家も、韓国の宣伝に和して「このままだと米国に怒られる!」と言って走り回りました。「韓国のQuad加盟を邪魔すると、日米関係が悪化する」という人も登場しました。

 神戸大学大学院の木村幹教授は日経新聞に寄稿した「米国の関与、重要な要素に 韓国大統領選と日韓関係」(3月23日)で以下のように主張しました。

・日本はこれまで日米豪印の協力枠組み「Quad(クアッド)」の拡大による韓国参加に消極的な姿勢をみせてきた。それが大きな批判を浴びなかったのは、文政権下の韓国が積極的な意思を示さなかったからだ。だが仮に新政権が「クアッドプラス」への参加を表明した場合、日本が阻もうとすれば、生まれるのは日米間のあつれきだ。

 この認識は現実と180度異なります。米国こそが韓国のQuad参加を明確に拒否したのです。3月19日、国務省スポークスマンはVOAを通じ「Quad参加国を増やす計画はない」と表明しました(「早くも米日とすれ違う尹錫悦外交 未だに李朝の世界観に生きる韓国人の勘違い」参照)。

 尹錫悦政権が夢想した「クアッドプラス」などという、形だけ米国側に戻る二股外交を米国は許すつもりはありません。バイデン(Joe Biden)政権は日韓関係の改善は望みますが、尹錫悦政権の掲げる「米国回帰」は信用しないのです(「『東アジアのトルコ』になりたい韓国、『獅子身中の虫』作戦で中国におべっか」参照)。

■「日米のミゾ」を見透かした韓国


――しかし韓国は「米国のテコ」が効くと判断した。なぜでしょうか?

鈴置:日米関係が悪化していると韓国が見切ったからです。岸田首相は2021年11月、第2次内閣の外務大臣に日中友好議員連盟会長の林芳正氏を指名し、米国から疑惑の眼差しを向けられました。

 この時、日本の安保関係者は一斉に米国のカウンターパートから「キシダは何を考えているのか」と聞かれました。質問の形で抗議が寄せられたのです。米国の情報関係者は日中友好議員連盟を中国の「使い走り」と見なしています。結局、大臣就任にあたり林氏は日中友好議員連盟会長を辞任しました。

 岸田首相の不用意さはそれだけではありませんでした。2021年11月18日、バイデン大統領が中国の人権弾圧に抗議するため、北京冬季五輪への「外交的ボイコット」を発表しました。

 しかし、岸田首相は直ちには賛同せず「それぞれの国でそれぞれの立場、考えがある。日本は日本の立場で物事を考えていきたい」と発言したのです。翌11月19日のことです。

「外交的ボイコット」とは選手団以外の外交的な使節団を派遣しない、というやり方です。おどろおどろしく聞こえますが、コロナ下では大した意味はありません。2021年の東京五輪でも、日本は感染拡大を懸念して各国の元首や高官を積極的に招きませんでした。

 中国にとっては痛くも痒くもない。というのに外交的ボイコットに直ちに応ぜず、「日本には日本のやり方がある」と突っぱねた。西側の結束を固めたい米国はこれにも相当にカチンと来たのです。


■文在寅にさえ負けたワクチン


――それで日米首脳会談をなかなか開いてもらえなかった……。

鈴置:それもありましたし、韓国はワクチン供給からも日米関係の悪化を嗅ぎ取りました。2022年1月14日、韓国では3回目のワクチンを接種した人が全人口の43・7%にのぼりました。一方、同じ日に日本は1%に満たない0・9%に留まりました。

 日本ではこの数字は話題になりませんでした。なぜか、日本のメディアは岸田政権に優しい。安倍政権や菅義偉政権だったら「韓国に負けている」とお昼のワイドショーや左派系紙が大騒ぎしたでしょう。

 しかし、韓国人はこういうところをよく見ています。中央日報のイ・ヨンヒ東京特派員は「【グローバルアイ】『むしろ菅前首相の方が良かった』」(2月8日、日本語版)で、日本の3回目のワクチン接種の遅れを指摘しました。

 この記事は「キシダ政権になって米国との関係が悪化したからだ」と断定はしていませんが、韓国人読者なら誰でもそう思います。

 2021年末の韓国では、反米従中の文在寅(ムン・ジェイン)政権だから米国から思うようにワクチンを貰えない。効果が長続きするファイザーのワクチンを菅時代に確保した日本がうらやましい――との声が上がっていたのです(『韓国民主政治の自壊』第1章第2節参照)。

 今や「米国から嫌われているキシダ」に対し、こちらは「親米保守の尹錫悦」だ――との自信から韓国は「米国」で日本を脅すようになったわけです。


■EEZでも嵌められた


――岸田政権はそれに怯んでしまった……。

鈴置:そのとおりです。韓国側の姿勢に具体的な変化がないのに、岸田首相は米国に怒られまいと譲歩してしまった。4月26日、尹錫悦氏が派遣した政策協議代表団と面談した岸田首相は「日韓関係の改善は待ったなし」と発言。尹錫悦大統領の就任式に林外相を送り、親書まで持たせるという、前のめりぶりを発揮しました。

 これで韓国は「少々強引なことをしてもキシダは後戻りできない。何せ、日韓関係改善を公約したのだから」と考えた。そして、尹錫悦政権は韓国の海洋調査船を5月9―12日と5月28―30日の2回に亘り竹島周辺の日本のEEZ(排他的経済水域)に送り、活動させたのです。

 日本の外務省は1回目に関しては、日本政府の問い合わせに対し韓国政府が「調査は実施していない」と答えたので抗議しなかったと説明しました。

 しかし、自民党の中からは「林芳正外相が尹錫悦大統領の就任式に参加していたのに抗議しなかったので、調査していなかったことにして、もみ消しを図ったのではないか」との疑いの声が高まりました。2回目は、韓国は調査を認めたうえ「正当な活動」と日本の抗議を一蹴しました。

 韓国は将来、竹島の帰属が国際司法裁判所で争われた際に「日本も韓国の領有を認めた」証拠として使うつもりでしょう。「韓国が周辺海域で調査を実施した時、日本の外相は韓国の大統領と会っていたが抗議しなかった」と言えるのですから。

 「抗議しなかった」ことを日本政府が隠すと見込んで、それを利用する作戦でもあったと思われます。韓国は「抗議しなかったとばらすぞ」と岸田首相や林外相を脅す材料を確保したのです。


■中国も「キシダはチャンス」


――でも結局、産経新聞にすっぱ抜かれてしまった。

鈴置:韓国とすれば、それはそれでいいのです。岸田政権は自民党内から「対韓弱腰外交」との批判を受け、日韓外相会談や首脳会談を先送りせざるを得なくなった。韓国は米国に「我が国は関係改善に積極的なのに、日本が首脳会談を避ける」と言いつけられるようになったのです。

――しかし、その原因は韓国が作った……。

鈴置:もし、米国との関係が良好な安倍、菅政権だったら、米国はそうした言い分を聞いた可能性が高い。しかし、現在の日本の首相は「バイデンに嫌われたキシダ」。米国にそう言い付ける力もないと韓国に見切られたのです。

――「キシダはチャンス」ですか。

鈴置:日本にとっては「岸田リスク」ですが。外交の基本は相手の弱みにつけ込むこと。「キシダ・チャンス」を韓国が使わなかったら、その方がおかしい。

 チャンスを生かそうとするのは韓国だけではありません。2021年9月の自民党の総裁選挙に先立ち、日経新聞が海外の日本専門家にコメントを求めました。

 中国社会科学院の楊伯江・日本研究所所長は以下のように語りました。「自民党総裁選を語る 有識者編」(9月14日)から引用します。

・軽武装・経済重視の宏池会会長を務める岸田文雄氏は元外相として経験も豊富だ。注目している。

 潜在敵国であることが日増しに明白になる中国から「キシダ待望論」が語られたのです。


■「宏池会が大好き」の中韓


――「宏池会だから」という理由もすごいですね。

鈴置:宏池会は「リベラル」がウリですから騙しやすい、と中国は見ているのです。実は、先に引用した朝鮮日報の「<太平路>次期大統領は岸田日本総理と『大和解』を推進せよ」も「宏池会押し」の記事なのです。

・日本政治の派閥は伝統を重視する。彼が率いる岸田派(46人)が韓国との友好関係を重視する宏池会の流れを引いていることも注目する必要がある。
・宏池会は韓日国交正常化の布石を打った池田勇人・大平正芳両総理の命脈を継いでいる。1992年、日本軍慰安婦に対し初めて国会で謝罪した宮沢喜一総理も宏池会所属だった。
・長い間、韓国の議員たちと平和を論じ、総理への野望をはぐくんできた林芳正議員もやはり、ここに属する。


■シャングリラで「宏池会」


――宏池会はアジアで評判がいいのですね。

鈴置:ええ、日本を潜在敵国と見なす国では。不思議なことに6月10日、シンガポールで開かれたアジア安全保障会議(シャングリラ)での演説で、岸田首相は「宏池会」を強調したのです。

・私の故郷、広島の先輩であり、私の属する政治集団「宏池会」の先輩リーダーである、宮澤喜一元総理は、「冷戦後の時代」について、日本の国会での演説で「新しい世界平和の秩序を構築する時代の始まりと認識したい」と述べました。

 自民党の派閥の話をされても、外国人は面食らうだけでしょう。それも、海外からは「与し易い」と見なされている「宏池会」を持ち出したのですから……。

――「宏池会のエース」は今後も嵌められる?

鈴置:自民党の対韓原則派――韓国を甘やかすなと主張する議員らは警戒を解いていません。ある議員は「参議院選挙に気をとられ、我々が目を離している隙に岸田政権はまた、ころりと騙される可能性がある」と心配しています。

鈴置高史(すずおき・たかぶみ)
韓国観察者。1954年(昭和29年)愛知県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。日本経済新聞社でソウル、香港特派員、経済解説部長などを歴任。95〜96年にハーバード大学国際問題研究所で研究員、2006年にイースト・ウエスト・センター(ハワイ)でジェファーソン・プログラム・フェローを務める。18年3月に退社。著書に『韓国民主政治の自壊』『米韓同盟消滅』(ともに新潮新書)、近未来小説『朝鮮半島201Z年』(日本経済新聞出版社)など。2002年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。

デイリー新潮編集部

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