二枚舌外交を極める尹錫悦 米中二股にいら立つバイデンの「お仕置き」のタイミング

9月20日の国連総会演説で、ウクライナに侵攻したロシアを名指しで非難しなかった尹錫悦大統領

「米国側に戻る」と言いながら、中国に忖度し続ける尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領。露骨さを増す二枚舌外交に米国は苛立つ。通貨危機の足音が聞こる今、韓国観察者の鈴置高史氏が「米国のお仕置き」を予測する。


■「親米路線」を疑うNYT


鈴置:9月18日、NYT(ニューヨーク・タイムズ)が尹錫悦大統領の単独会見を載せました。会見したのは9月14日で、筆者はSH・チョー(Choe Sang-Hun)ソウル支局長です。

 見出しは「New South Korean President Tries to Make His Mark on Foreign Policy」(外交で得点を目指す韓国の新大統領)。米国との関係強化を謳いながら中国にすり寄る尹錫悦外交を、大統領の発言を使って浮き彫りにしました。

 尹錫悦大統領はNYTのインタビューで、文在寅(ムン・ジェイン)前大統領の米中間での姿勢を「あまりに曖昧だった」と批判したうえ、自分は明確な親米路線を採る――と明言しました。英語の原文は以下です。

・I will pursue predictability, and South Korea will take a more clear position with respect the United States and China relations.

 もっとも、NYTはこの発言を大いに疑って見せました。「米国とスクラムを組もうとしても中国との複雑にかみ合った通商関係という現実と衝突する。中国を無視できないため、尹錫悦大統領[の外交]は明快で精緻な方向性に欠ける」との専門家の談話を引用したのです。大統領の表明とは180度異なる評価です。

・Mr. Yoon’s pursuit of diplomacy in tandem with the Biden administration collides with the reality of South Korea’s interlocking trade ties with China, said Cheong Seong-chang, a senior analyst at the Sejong Institute, a think tank in South Korea.
・“President Yoon lacks a clear and detailed direction because South Korea cannot ignore China,” he said.


■「3NO」に金縛りの尹政権


 意図と現実の「衝突」の結果、尹錫悦政権が腰砕けになった具体例として、この記事は文在寅政権が中国に約束した「3NO」をあげました。

 これは@THAAD(地上配備型ミサイル迎撃システム)の追加配備は米国に認めないAMD(ミサイル防衛網)を米国と構築しないB韓米日3国軍事同盟などの中国包囲網には参加しない――との約束ですが、尹錫悦氏は「拘束されない」と宣言していました。

 その一環として大統領選挙の期間中、尹錫悦氏はTHAADを追加配備する姿勢を打ち出した。しかし、NYTに対しては「その有効性を再検討する」と発言し事実上、配備構想を撤回したのです。

・During his campaign, he indicated that he would push for the deployment of a second Thaad battery in South Korea, but he told The Times that his country would review its usefulness before taking further steps.

 Bに関しても腰砕けは同様でした。尹錫悦大統領はNYTとのインタビューで「米国・日本との3カ国合同演習は考えていない」と語りました。

・he said no trilateral military exercises with the United States and Japan were on the horizon.

 厳密に言うと、Bは韓国に対し、3カ国軍事同盟に発展する動きも禁じています(「『米国回帰』を掲げながら『従中』を続ける尹錫悦 日米韓の共同軍事訓練を拒否」参照)。その約束に金縛りになった尹錫悦政権は「3カ国合同演習はしない」と語ったのです。

 もっとも、米軍は8月8−14日にハワイ沖で3カ国が弾道ミサイルを探知・追跡する共同訓練を実施した、と発表しています。ロイターの「日米韓、ハワイ沖でミサイル対処共同訓練 北朝鮮・中国念頭に」(8月16日、日本語版)で読めます。

 韓国は米国から脅され、やむなく3カ国合同訓練に参加したものの、中国からの仕返しが恐ろしくなり「なかったこと」にしたのでしょう。


■中国の議長には会ったのに……


 NYTの質問は米下院のN・ペロシ(Nancy Pelosi)議長が8月に訪韓した際、尹錫悦大統領が会わなかったことにも及びました。

 訪問先のシンガポール、マレーシア、台湾、日本ではいずれも首脳が会談しましたが、尹錫悦大統領だけは「休暇中」を理由に会いませんでした。

 ペロシ議長のアジア訪問は、中国の侵攻の危機にさらされる台湾への支持表明でした。韓国は中国の顔色を見たのです(「訪韓したペロシとの面談を謝絶した尹錫悦 中国は高笑いし、米国は『侮辱』と怒った」参照)。

 韓国内から批判が高まったので結局、電話協議を実施したのですが、同じソウルにいながら会わず電話だけに留めたので、「休暇中」との言い訳はますます胡散臭く映りました。

 NYTとのインタビューで、尹錫悦大統領は中国への忖度を問われると「絶対にそれはない」と否定しました。これに対しNYTは9月16日、訪韓した中国・全国人民代表大会の栗戦書議長とは会ったではないかと指摘しました。栗戦書議長とペロシ議長は職位も同じなら、序列も3位と同じ。「言い逃れ」を厳しく追及したのです。

・Mr. Yoon called those suggestions “absolutely” untrue and said he was simply on a scheduled vacation. On Friday, though, Mr. Yoon met with Li Zhanshu, the head of the Chinese legislature and the third-highest-ranking member of the Chinese Communist Party.

これは「従中・反米・親北」路線の帰結だ! 朝鮮半島「先読みのプロ」による冷徹な分析 『韓国民主政治の自壊 』

■「ペロシ面談拒否」が決定打


――「米国側に戻った」なんて嘘だぞ、とNYTは警告を発したのですね。

鈴置:「ペロシ面談拒否」が決定打となって、米国の韓国観は一線を超えた感があります。NYTだけではありません。米国の外交専門誌『THE DIPLOMAT』も8月27日に寄稿「Don’t Mistake South Korea’s Yoon Suk-yeol for a China Hawk」を載せました。

 筆者は韓国外国語大学で東アジアの政治を研究するJ・アトキンソン(Joel Atkinson)教授。見出しを見れば分かる通り、「尹錫悦の対中強硬姿勢は信じるな」と訴えたのです。

「中国に忖度する」具体例としてあげたのが「THAAD」と「ペロシ」に加え、半導体同盟たる「Chip4」です。米国は、半導体産業に強みを持つ台湾、韓国、日本を糾合、Chip4なるカルテルを作って、中国の半導体分野での覇権を食い止めようと必死です。

 韓国政府はその準備会合に参加すると表明済みで、NYTとの会見でも尹錫悦大統領もそれを確認しました。しかし、8月27日に中国政府との間でサプライ・チェ−ンに関するMOU(覚書)を交わしています。

 中国共産党の対外宣伝紙、Global Timesが「China, S. Korea agree to deepen economic cooperation in ministerial meeting」(8月28日)で報じました。

 仮にChip4に参加しても「対中包囲網」には加わらない、との姿勢を韓国は打ち出したのです。これは明確なChip4潰しです。韓国に詳しいアトキンソン教授が「尹錫悦を信用するな」と有力誌を通じ、米外交界に訴えたのも当然なのです。


■中ロに立ち向かわない韓国


 NYTのSH・チョー支局長も「韓国の本質」を指摘しました。

・Mr. Yoon was careful in the interview to point out that his country’s security partnerships were not aimed at China. “Our defense system is to deal with the North Korean threat, not China or other countries,” he said.

 インタビューで尹氏は韓国の安全保障のパートナーシップが中国を狙ったものではないと慎重に指摘した――つまり、韓国は保守政権になっても中国と立ち向かう覚悟を持たない国である、と断じたのです。さらに、以下のくだりを付け加えることにより、「口では西側のフリをするけどね」と馬鹿にしました。

・On Tuesday at the United Nations General Assembly, he is scheduled to deliver an address in which he is expected to emphasize his country’s commitment to the “rules-based international order,” a mantra frequently repeated by top American diplomats like Secretary of State Antony J. Blinken.

 9月20日、国連総会で彼は演説する予定だ。そこで彼は「ルールをベースにした国際秩序」への韓国の関与を強調するはずだ。それはA・ブリンケン(Antony Blinken)国務長官ら米政府高官が繰り返すお題目と同じなのだが――。

 NYTの「予言」通り、尹錫悦大統領は11分間の国連総会演説(韓国語)で「自由」という単語を21回使い、西側国家であることを強調しました。

 しかし、ウクライナを侵攻したロシアを名指しで非難せず、これまたNYTが予見したように「ルールを破壊する国々」に真正面から立ち向かう姿勢は見せなかったのです。

 朝鮮日報の「尹大統領、国連総会で1時間半前に着席して猛勉強」(9月21日、韓国語版)は「NYTやCNNは生中継で『尹錫悦大統領は国連総会の初舞台で米国、ロシア、ウクライナ、北朝鮮など、どの国家の名前を挙げないなど、非常に慎重な姿勢を見せた』と報じた」と書きました。米メディアは、西側としては異例な演説と見なしたのです。


■「米中二股」が限界に


 韓国は朴槿恵(パク・クネ)政権(2013年2月25日―2017年3月10日)以降、米中の間で二股外交を展開してきました。ところが、米中対立が深まって個別の案件で選択を迫られるようになると「米中双方と仲良くします」といった、総論による誤魔化しが効かなくなった。

 結局、米国人の前では米国とスクラムを組むと言い、中国人の前では中国との協力を約束する「二枚舌」を使うしかなくなった。韓国とすればこれが最善の手なのでしょうが、血を流して韓国を守ってきた米国にとっては侮辱そのものです。「お仕置き」して懲らしめてやろうと考えるのが自然です。

――「お仕置き」はいつ発動するのでしょうか。

鈴置:とりあえずは騙しだましやっていくでしょう。3カ国合同演習も、尹錫悦政権は真っ向から拒否していた(「『米国回帰』を掲げながら『従中』を続ける尹錫悦 日米韓の共同軍事訓練を拒否」参照)。

 それを米国は何とか実施に持ち込んだ。圧力の結果でしょう。大統領は実施の事実を否認しましたが。韓国人の多くが米韓同盟に未練を残す以上、「見捨てるぞ」と米国に脅されれば、政府も米国の言うことを聞かざるを得ません。


■どちらに転んでも通貨危機


――しかし、THAADやChip4ではまだ、中国の言いなりです。

鈴置:米国は脅しの強度を高めていけばいいのです。例えば今、韓国は通貨危機の恐怖に怯えている(「韓国人がウォンを売り始めた 政府が『通貨危機は来ない』と言うも信用されず」参照)。

 米国に追従して金利を上げれば不動産価格が暴落して金融システムが痛む。一方、金利を上げなければ、金利差が生じて資本逃避が起きる。金利を上げても上げなくても、通貨危機に陥る可能性が高まっている(「不動産バブルがはじけた韓国 通貨売りと連動、複合危機に」参照)。

 そもそも韓国は2019年に生産年齢人口がピークアウトし、不動産バブルが崩壊しやすくなっているのです。1990年代初頭の日本とかなり似ています。この状況に関しては『韓国民主政治の自壊』第4章第3節「ついに縮み始めた韓国経済」で詳述しています。

 結局、金利のジレンマを解消するには米国か日本に通貨スワップを結んで貰い「いつでもドルを手当てできる」とのサインを市場に送るしかない――との認識が韓国には広まっています。

 ところが、日本との関係は最悪で、とても結んで貰えそうにない。そこで韓国各紙は一斉に「NYでの国連総会で韓米首脳会談を開くのだから、J・バイデン(Joe Biden)大統領に通貨スワップを頼めばいい」と言い出しました。


■米韓首脳会談は雲散霧消


――米国はどうしたのですか?

鈴置:何と、米韓首脳会談を開きませんでした。韓国政府が「実施する」と正式に発表していた首脳会談を、です。その代わりに、なのでしょう、9月21日にNYで開かれたある会合で、尹錫悦大統領はバイデン大統領と48秒間、立ち話をしました。もちろん、スワップを頼む時間などなかったでしょう。

 なぜ、米国が首脳会談に応じなかったかは不明です。あるいは韓国の発表が勇み足だったのかもしれません。ただ、結果から言うと、韓国が通貨危機に陥る可能性はこれでグンと増した。

 おりしも9月21日、米FRB(連邦準備理事会)はFOMC(米連邦公開市場委員会)を開き、0・75%の利上げを決めました。

 翌22日のウォンは朝方から売られ、心理的抵抗線の1ドル=1400ウォンを13年6カ月ぶりに突破しました。同日の終値は前日比15・50ウォン安・ドル高の1ドル=1409・70ウォンでした。

 FRBは年内にさらに利上げする姿勢を打ち出しています。韓国では年内に1ドル=1500ウォンまでウォン安・ドル高が進むだろうとの悲観的な見方が広まっています。韓国人が心理的に追い詰められていくのは確実です。

「最後の救命ロープである通貨スワップが欲しければ、中国と手を切れ」と米国が脅す絶好の条件が整いました。ただ、中国が韓国に救命ロープを投げる可能性もあります。


■韓国を舞台に米中通貨戦争


 中韓は4000億人民元の通貨スワップを結んでいます。現行レートでは560億ドルに相当するかなりの規模のスワップです。ただ、下手にこれを発動すると韓国の通貨危機に中国も巻き込まれる可能性があります。

 韓国の外貨建て債務のほとんどはドル建て。中韓スワップを使うには、いったん人民元をドルに替える必要があります。その際、巨大な人民元売りが発生するからです。

 今後、韓国を舞台に、通貨を武器にした米中の戦いが始まる可能性が高い。もちろん日本も傍観者ではいられません。目を皿のようにして、状況を見守る必要性があります。

鈴置高史(すずおき・たかぶみ)
韓国観察者。1954年(昭和29年)愛知県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。日本経済新聞社でソウル、香港特派員、経済解説部長などを歴任。95〜96年にハーバード大学国際問題研究所で研究員、2006年にイースト・ウエスト・センター(ハワイ)でジェファーソン・プログラム・フェローを務める。18年3月に退社。著書に『韓国民主政治の自壊』『米韓同盟消滅』(ともに新潮新書)、近未来小説『朝鮮半島201Z年』(日本経済新聞出版社)など。2002年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。

デイリー新潮編集部

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