梨泰院事故で迷走する責任追及 「自殺」にまで追い込む韓国社会の“魔女狩り”

梨泰院事故で迷走する責任追及  「自殺」にまで追い込む韓国社会の“魔女狩り”

ソウル市庁舎前の献花台を訪れた尹錫悦大統領

 ソウルの梨泰院(イテウォン)で起きた雑踏事故を受け、韓国国民の怒りは沸騰している。だが、その矛先をどこに向ければ良いのか、国民やマスコミは迷いあぐねているという。大事故が起きた時、責任者を炙り出し、過剰な吊るし上げをすることで知られる韓国世論。「魔女狩り」もすでに始まっている。

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■主催者はいなかった


 今回の事故で引き合いに出されるのが、2014年に起きた「セウォル号沈没事故」である。今回の雑踏事故の被害者の多くが20代の若者だが、セウォル号事故でも修学旅行中の高校生たちが犠牲になった。苦しみながら無念の死を遂げた点も同じだ。だが、二つの事故には決定的な違いがある。

「セウォル号では、まず事故を起こした船会社の責任が追及されました。過積載だったばかりでなく、事故時に船長が操舵室におらず、経験不足の三等航海士が操縦していた。さらに、船員たちのほとんどが乗客を救助せず、真っ先に逃げ出したという点もひどかった。ただ今回の事故では、真っ先に責任を負うべき企業や人物が存在しない。ハロウィンパーティの主催者は存在せず、自発的に集まった群衆の中で事故は起きました」(韓国在住ジャーナリスト)

 そのため、事故発生直後、ネット上では「外国人が作ったお祭りに行った彼らが悪い」といった犠牲者を責める声が多かったという。


■DJポリスが韓国で有名に


 だが、立ったままの状態で息絶えていった若者たちの最期が明らかになるにつれ、責任追及の声が強まっていく。今もっとも矛先が向けられているのが警察である。

 地元警察には事故発生の3時間半前から11件の通報が入っていたが、警察官が現場に出動したのは4件だけだったことが判明した。11月1日、韓国警察トップの尹熙根(ユン・ヒグン)警察庁長官は、事故前後の対応に不備があったことを認め国民に謝罪。翌2日には、警察庁の特別捜査本部が龍山(ヨンサン)警察署へ捜索に入った。

「テレビでは渋谷のハロウィンの映像が繰り返し流れ、“なぜ日本のような対応ができなかったんだ”という非難の声が噴出しています。『DJポリス』という呼び名も、この事故を契機に浸透してしまったくらいです」(同)

 警察批判は一気に大統領にまで駆け上がった。10月30日、野党「共に民主党」のシンクタンク「民主研究院」の南英姫(ナム・ヨンヒ)副院長は、Facebookで「梨泰院惨事は青瓦台(=大統領府)移転のために起きた人災だ」、「百歩譲歩しても原因は全て龍山の国防部にある大統領室に集中した警護人材のせい」と、尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領に対する批判を始めた。


■政権批判に利用する野党の思惑


 尹大統領は今年5月の就任後、大統領執務室を青瓦台から梨泰院に近い龍山区の国防部旧庁舎へ移した。地元警察がハロウィンの警備に人員を割けなかったのは、大統領の出退勤に多くの人員が駆り出されていたことが原因という主張である。

「ただこの主張にはかなり飛躍があり、野党が政権叩きに事故を利用しようとしている魂胆が丸見えで、あまり浸透していません。副院長はすぐに投稿を削除し、今のところ事故の責任を尹大統領に結びつけるような動きにはなっていません」(同)

 もっとも尹大統領も、いつ自分に矛先が向かいかねないか、十分に意識して行動している。セウォル号沈没事故では、当時の朴槿恵(パク・クネ)大統領が事後対応で大きな非難を浴び、後の失脚につながったからだ。

 朴氏の対応で特に問題視されたのは、事故直後から7時間もの間、対応に当たっていなかった「空白時間」があったことだ。尹大統領も二の舞になるまいと考えているのだろう。事故後は連日、現場や遺体安置所などを訪問。陣頭指揮する姿をアピールしている。しかし、「事故や災害を政局に持ち込むのは韓国野党のお家芸であり、油断は禁物」(同)という。


■ネット上で“犯人”を吊るし上げ


 ネット民にたちによる“独自捜査”も始まっている。当日は多くのYouTuberも梨泰院のハロウィンに参加していた。そのため、ネット空間にはモザイクがかかっていない事故時の映像が出回っているのだ。

  その中に「黒いウサギ耳のヘアバンドをした男ら5、6人が、『押せ、押せ』と叫んでいた姿」が映っていたというのだ。「自分もウサギ耳の男が押しているのを見た」との現場での目撃情報も加わり、男性は“犯人”としてネット上で特定されてしまった。

「ただ専門家は『5、6人がふざけて押すようなことをしても、あのような惨事は起こらない』と分析している。そもそも『押せ』という叫びは、混乱する現場から逃げようとして出ていただけの可能性もある」(同)

 男性は自身のSNSで「自分は確かにあの場にいたが、事故が起きた時には現場を離れて地下鉄に乗っていた」と反論。証拠として乗車時間が明記された地下鉄の利用記録の画像も添付し、「虚偽情報を流した人物を告訴する」と訴えた。それを受けネット上では「本当の犯人は黒ではなく、白いウサギ耳の男だ」などと次のターゲット探しに向かっているという。


■自殺するまで追い込む「韓国世論」


 このような惨事が起きた時、ターゲットを絞って、とことん追い込むのが韓国社会の特徴だ。セウォル号の時も事故後、3人が死に追いやられた。

 事故から2日後 、修学旅行を引率していた高校の教頭が山林で首を吊って自殺した。教頭は生徒を残して生き残ってしまった自責の念に苦しんでいたとされ、遺書には「私がすべての責任を負う。遺灰は沈没現場に撒いてくれ。あの世でも教師をやろうか」と書かれていた。

 事故直後から行方をくらましていた船会社のオーナーも、2カ月後に韓国南西部の順天(スンチョン)市の梅畑の中で変死体になって見つかった。オーナーは背任容疑で指名手配され、韓国史上最高額となる5億ウォン(約5000万円)もの懸賞金がかけられていた。

 18年には、犠牲者遺族に対する違法な調査を指示した疑いで検察の取り調べを受けていた元国軍機務司令官が飛び降り自殺している。


■“教祖”の土下座


 最近だと、コロナ禍で4000人もの集団感染を引き起こしたとして、新天地イエス教会の教祖が記者会見で土下座して詫びた姿を記憶している人も多いであろう。その後、教祖は、感染病予防法違反などの疑いで検察に逮捕された。

「誰かを血祭りにあげない限り、国民の怒りは収まらない。今後も魔女狩りは続いていく可能性がある。当面のターゲットは警察ですが、しかるべき立場の人物に集中的な個人攻撃が行われる恐れがあります。事故現場で違法建築が横行していたことも問題視されており、建物を管理していたオーナーなどに向かう可能性もあります」(同)

 今回は日本人2人も犠牲になった。国民の溜飲を下げるための責任追及ではなく、再発防止の観点から冷静に検証する姿勢が必要だ。

デイリー新潮編集部

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