文在寅は金正恩の使い走り、北朝鮮のミサイル発射で韓国が食糧支援という猿芝居

 北朝鮮がミサイルを撃った。すかさず韓国政府が対北援助に動いた。与党と左派系紙は「食糧援助すればおとなしくなる」と説明した。経済難に陥った北を南が救う猿芝居が始まった。(文/鈴置高史)


■ロシア製の「イスカンデル」か


 5月4日朝、北朝鮮が東部の元山(ウォンサン)から日本海に向け数発の「飛翔体」を発射したと韓国軍が発表した。翌5日、朝鮮中央通信は「5月4日に金正恩(キム・ジョンウン)委員長が大口径で長射程のロケット砲と戦術誘導兵器を用いた火力打撃訓練を指導した」と報じた。

 専門家の多くは北朝鮮が発表した画像などから「戦術誘導兵器」は短距離弾道ミサイルと断定した。低空を飛ぶため撃墜されにくく、射程が500キロあるロシア製の弾道ミサイル「イスカンデル」ではないかと見る専門家もいる。

 ただ、米政府は「ミサイル」と認めたが、「弾道ミサイル」とは断定していない。弾道ミサイルなら国連制裁決議違反となり、何らかの対応が必要になるためだろう。

 5月5日、ABCのインタビューに答えたポンペオ(Michael Pompeo)国務長官は「それらは北朝鮮の東の海に落下した。米国にとっても韓国、日本にとっても脅威となっていない」と、問題にしない姿勢を打ち出した。

■トランプは激怒したが……


米政界をカバーするネットメディアのVOXは「Why North Korea’s “projectiles” launch isn’t a cause for concern ― yet」で、ホワイトハウスの内部に詳しい関係者の話を引用し、この演習に関しレクチャーを受けたトランプ(Donald Trump)大統領が「金正恩にバカにされた」と激怒した、と報じた。

 しかし大統領は表向きには、金正恩委員長に対し怒ってみせるどころか対話継続を期待していると、次のようにツイートした。

《この面白い世の中では何でも起こる。だが、金正恩は北朝鮮の経済発展への潜在力を十二分に知っているし、それを邪魔したり終わらせるつもりもないと私は信じている。彼もまた、私が彼と共にあり、私への約束が破られることを望んでいないと知っている。取引は可能だ! 》


■食糧難で政権が崩壊するぞ


 なぜ、米政府は北朝鮮に対し、これほどに「寛容」なのだろうか。トランプ政権の顔に泥を塗るやり口は不快極まりないものの、経済制裁を維持し北朝鮮を締め上げ続ければ、いずれ金正恩委員長が白旗を掲げてくると読んでいるからであろう。

 ABCとのインタビューで、ポンペオ長官はその思惑を露骨に語っている。以下である。

《 金曜日(5月3日)の国連の報告書によると、北朝鮮の国民の50%が深刻な栄養失調の危機に直面している。つまり、非常に困難な状況にあるということだ。彼ら(北朝鮮の指導層の人々)はもし核兵器を放棄すれば、彼らの国にとってとてつもない利益がもたらされる半面、核を持ち続ければ危険にさらされることを理解せねばならない。》

「国連の報告書」とはFAO(国連食糧農業機関)とWFP(国連世界食糧計画)が5月3日に発表した北朝鮮の食糧事情に関する評価報告書のことだ。

 それによると北朝鮮は2018年、干ばつや高温などの自然環境に加え、経済制裁による肥料、燃料の不足でここ10年間で最悪の食糧事情に陥った。

 2019年1月以降も状況は悪化するばかりで、食糧の配給量が1日当たり80グラム減って300グラムに。報告書は国民の40%に相当する1010万人が栄養失調に陥っているとして緊急支援を訴えた。

 ポンペオ長官はこの報告書を引用し、核を手放さない限り制裁を続ける。間もなく国全体が飢餓に陥るぞ、と脅したのだ。さらには、政権が倒されることになるかもしれないな――とも凄んで見せた。


■金正恩の首のすげ替えが正着


 金正恩委員長の弱みをズバリ突いた発言だ。北朝鮮から漏れてくる情報によれば、国民の間で政権に対する不満が急速に高まっている。「委員長様がトランプを騙して制裁を緩和させるので経済難はすぐに解決する」と教えられ我慢してきたのに、食糧不足はひどくなる一方だからだ。

 体制への不安から国を脱出する政府高官や高級軍人も絶えない。4月25日にウラジオストクで開かれたロ朝首脳会談の準備のため、訪ロした複数の外交官が亡命したとの情報もある。

 金正恩委員長も国民の間で高まる不満に不安を募らせているのは間違いない。4月12日の施政演説で、弱音を吐いてしまっている。関連部分を要約して翻訳する。

《米国は一方では関係改善と平和の風呂敷包みをいじりながら、他方では経済制裁に必死に執着し、まずは武装を解除した後、体制を転覆するとの野望を実現する条件を整えようと躍起である。》

 金正恩委員長の念頭にあるのはリビアのカダフィ大佐だ。米国から脅されて核を放棄したら、欧米の支持を得た反カダフィ派に殺されてしまった、アラブの独裁者の二の舞になる恐怖を思わず漏らしたのだ。

 トランプ政権で対北朝鮮政策の指揮をとるボルトン(John Bolton)大統領補佐官は「リビア方式」を堂々と主張する。対北交渉に当たるポンペオ国務長官はCIA長官だった2017年7月20日、公開の席で「金正恩の首のすげ替えが最も正しい非核化の手法である」との趣旨で講演した人である。金正恩委員長が恐れおののくのも当然だ。


■ICBM迎撃に成功


 北朝鮮が困惑の度を深める理由はまだある。3月25日に米国がICBM(大陸間弾道ミサイル)の迎撃実験に成功したことだ。

 北朝鮮は「ICBMの開発を放棄する代わりに短・中距離弾道ミサイルと核弾頭の保有は認めよ」との取引を画策してきた(拙著『米韓同盟消滅』[新潮新書]第1章第3節「北朝鮮は誰の核の傘に頼るのか」参照)。

 しかし米国がICBMを撃ち落とせるようになった今、北朝鮮の交渉カードは一気に陳腐化した。金正恩委員長も施政演説で「今、米国では我々のICBM迎撃を想定したテストが実施されるなど朝米共同声明の精神に逆行する敵対的な動きが露骨になっている」と自らが不利な状況に追い込まれたことを認めた。

 施政演説の最後では「今年の末までは忍耐力を持って米国の英断を待つ」と上から目線で米国の譲歩を誘いもした。ただ、「今年の末」と時間を区切ったことで「それまでに食糧難を解決しないと体制が持たない、と焦っているのだろう」と見切られてしまった。


■人道支援を名目に援助引き出す


 追い詰められた北朝鮮は、藁にもすがる思いでミサイルを撃ったのだろう。もちろん、決定的な弱みを持つ以上、少々挑発しても米国からは無視され、制裁を続けられてしまう可能性が高い。

 ただ「人道支援」の理由が付けば、国際社会から食糧援助を引き出せると計算したに違いない。ロケットやミサイルの発射が「飢餓」に関する国連報告書発表の翌日だったのも何やら臭う。

 北朝鮮が「使い走り役」に選んだのは韓国である。韓国はその役目を立派に果たして見せた。

 ミサイル発射の翌5月5日、左派系紙のハンギョレが社説「『圧迫を超え対話』の必要性を確認させた北朝鮮の“武力示威”」(韓国語版)で「北朝鮮に対する食糧援助を含む人道支援は南北及び米朝対話再開の鍵となる」と訴えた。要は、食糧を送れば北はおとなしくなる、と主張したのだ。

 5月7日、与党、共に民主党の洪永杓(ホン・ヨンピョ)院内代表も「政府は米国、国連とともに食糧支援を含む人道的な次元の支援を積極的に検討せねばならない。南北、米朝の対話のきかっけになる」と主張した。


■見透かされた北の手口


 もっとも「人道支援」を利用する手口は米国からすっかり読まれていた。ポンペオ長官はABCのインタビューで、先回りするかのように、次のように語っていた。

《人道支援は許されている。つまり、(国連)制裁は北朝鮮の人々が食糧を得るのを認めている。5月3日の夜に起きたようなこと(ミサイル発射)を見るにつけ、おカネが彼の人民のために使われるのならいいと思うのだが、残念ながらそうではない。》

 人道支援の名目で北朝鮮に渡った食糧が果たして普通の国民の元に届くのか、疑問を呈したのだ。これまで人道支援で北に送られた食糧の多くの部分が軍に流れた、というのが一般的な認識である。

 米国が、対北人道支援を認めはしても本格的には実施していないのもそのためだ。韓国紙によると、米国は韓国の対北人道支援も牽制してきたという。


■食い違う米韓の発表


 ポンペオ長官の否定的な発言にもかかわらず、韓国政府はめげなかった。5月7日夜、文在寅(ムン・ジェイン)大統領はトランプ大統領と北のミサイル問題を電話で協議した。その際、「人道支援」の話を持ち出した。

 青瓦台(大統領府)は「トランプ大統領は韓国による人道的次元の北朝鮮への食糧援助を支持する考えを述べた」と記者団に説明した。

 ポンペオ長官やボルトン補佐官が間に入ると「人道支援」も否定されてしまう。そこでトランプ大統領に直訴し、韓国が対北人道援助を始める「お墨付き」を得た、とのストーリーを描いたのだ。

 ただ、この電話協議に関するホワイトハウスの説明には「食糧援助」のくだりは全くなかった。不審に思った中央日報の記者がホワイトハウスに問い合わせたが、回答は拒絶された。

 朝鮮日報も「食糧援助へのトランプのお墨付き」は本当なのか、と疑った。社説「韓米電話協議のたびに異なる発表、もはや異常なことでもなくなった」(5月9日、韓国語版)で、相手国の首脳が合意もしていないのに、さも合意されたかのように青瓦台が発表するのが常習化している、と指摘した。


■文在寅を飼いならした金正恩


 だが、文在寅政権は突っ走る。金錬鉄(キム・ヨンチョル)統一部長官は5月8日、北朝鮮への食糧援助の方式などを早急に決め、5〜6月の食糧不足の時期までに実行すると表明した。

 すると翌9日に北朝鮮はミサイル2発を発射。今回は西北部から朝鮮半島を東に横断し日本海に着弾した。飛行距離はいずれも前回よりも長い、420キロと270キロだった。

 それでも文在寅大統領は同日の就任2周年の会見で「食糧援助は野党や国民の共感が必要と思う」と述べ、国内の反対派を説得しつつ援助を実施すると宣言した。

 5月10日、朝鮮日報は社説に「就任2周年の日に北はミサイルで挑発、文大統領を飼いならす」(韓国語版)との見出しを付けた。

鈴置高史(すずおき・たかぶみ)
韓国観察者。1954年(昭和29年)愛知県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。日本経済新聞社でソウル、香港特派員、経済解説部長などを歴任。95〜96年にハーバード大学国際問題研究所で研究員、2006年にイースト・ウエスト・センター(ハワイ)でジェファーソン・プログラム・フェローを務める。18年3月に退社。著書に『米韓同盟消滅』(新潮新書)、近未来小説『朝鮮半島201Z年』(日本経済新聞出版社)など。2002年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。

週刊新潮WEB取材班

2019年5月10日 掲載

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