金正日氏の料理人「藤本健二氏」スパイ容疑で北朝鮮当局に身柄拘束されたとの情報も

記事まとめ

  • 寿司職人だった藤本健二氏は82年に北朝鮮へ渡り、金日成氏の息子・金正日氏の料理人に
  • 金正恩氏が12年に北朝鮮に招いた後も交流は続き藤本氏は17年に平壌で日本料理店を開店
  • 藤本氏は昨年8月に訪朝後、消息が伝えられておらずスパイ容疑で拘束されたとの情報も

平壌で消えた金正日の料理人「藤本健二氏」 北朝鮮当局に身柄拘束されたとの情報も

■北の“中枢”を目撃した寿司職人


 2003年、藤本健二氏が、著書『金正日の料理人 間近で見た権力者の素顔』(扶桑社)を上梓すると、たちまち多くの注目を集めた。

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 テレビの報道・情報番組から引っ張りだことなった。頭にバンダナを巻き、サングラスを掛けて出演した姿をご記憶の方も多いだろう。そもそも藤本健二という名前はペンネーム。プロフィールも1947年生まれとしか明かしていない。

 寿司職人だったことから、82年に北朝鮮へ渡った。まだ金日成(1912〜1994)が存命で、国の最高指導者として君臨していた時代。

 給料は50万円。現地で藤本の寿司は評価され、金日成の息子である金正日(1941〜2011)のために握ることになったという。

 後に藤本氏は、金正日から「この魚は何か?」とマグロについて質問された時のことを振り返っている。食べ終えて満足した金正日は、藤本にチップを投げた。だが非礼な振る舞いだとして藤本はチップを拾わなかった。これが“気骨”の現れとして、金正日の目に留まる。

 89年に北朝鮮の女性と結婚し、1男1女の父となる。90年には朝鮮労働党員となり、朝鮮名「朴哲」も付与された。そして金正日の息子である正恩(年齢不詳)と正哲(37)の兄弟と「遊び相手」になるよう、金正日から直接、依頼されたそうだ。

 食材などを買い付けるため、たびたび藤本氏は日本に帰国していた。ところが96年に入国管理法違反で逮捕される。そして98年に北京を訪れた際、警視庁の幹部と電話。これが北朝鮮に盗聴されていたため、平壌に戻ると軟禁下に置かれた。

 いつ強制収容所に送られてもおかしくないという状況。そこで彼は2001年に北朝鮮を脱出。家族は現地に置き去りにした。こうして03年の自著上梓につながるというわけだ。北朝鮮情勢を取材する記者が言う。

「03年にマスコミへ登場してから、藤本さんは一貫して『後継者は金正恩』と断言していました。金正恩は1984年1月生まれと言われていますから、まだ20歳そこそこの時です。私たちマスコミの間では金正男(1971〜2017)が後継者として有力と言われていたため、金正恩に注目する人間は少なかった。いかに藤本さんが北朝鮮の権力構造を冷静に分析していたかの証左でしょう。当然、日本政府だけでなく海外の、情報当局者の重要な情報源だったそうです」

 10年に金正日は金正恩ら6人を朝鮮人民軍の大将に昇進させた。更に正恩は党中央委員などに選任され、ここに父から子への“権力委譲”が決定的なものになった。


■母親は在日朝鮮人というタブー


 金正恩は12年、藤本氏を北朝鮮に招く。毎日新聞が8月に報じた「北朝鮮:金総書記元料理人招待 正恩夫妻が歓迎 『開放的性格』アピール? ファミリーの保秘徹底? 日朝の懸け橋役に期待?」から一部を引用させていただく。

《藤本健二氏(仮名)が4日、北朝鮮訪問を終え、経由地の北京に到着した。藤本氏によると、平壌で最高指導者の金正恩(キムジョンウン)第1書記や李雪主(リソルジュ)夫人が出席して歓迎会が開かれ、金第1書記から「久しぶりだな」と声をかけられ、抱き合ったという。日本政府関係者は藤本氏と北朝鮮側のやり取りや北朝鮮国内での行動について強い関心を寄せている》

 その後も交流は続き、藤本氏は17年2月に平壌で日本料理店「たかはし」をオープンさせた。同じ2月、金正男がクアラルンプール国際空港で暗殺された。共同通信が報じた「藤本氏、平壌に日本料理店 故金正日総書記の元料理人」を引用させていただく。

《北朝鮮の故金正日総書記の元専属料理人、藤本健二氏=仮名=が平壌中心部に日本料理店をオープンさせたことが17日、関係者の話で分かった。藤本氏は昨年4月、金正恩朝鮮労働党委員長と面会した際、料理店を出したいとの希望を伝えたと明らかにしていた。

 関係者によると、平壌中心部の百貨店ビルに入る日本料理店「たかはし」で、10畳ほどの広さ。すしを中心とする50〜150ドル(約5700〜1万7千円)のコースメニューがあるという。

 日本人が平壌に飲食店を出すのは異例。金正日氏の専属料理人を10年以上務めた藤本氏は、幼少期の金正恩氏とも親しかったことから、同氏が許可したとみられる。

 藤本氏は昨年4月、約4年ぶりに金正恩氏と再会。同8月に再び訪朝した後、消息が伝えられていなかった。》

「正恩の母親は高英姫。彼女は大阪出身の在日朝鮮人とされています。北朝鮮では、正恩の母親が在日であることは最大のタブーです。実は、藤本氏は高英姫のことも非常に良く知っていますからね。正恩が彼を平壌に呼び寄せ、日本料理屋を開かせたのも、藤本の口封じのためとも言われています」(公安関係者)

 最近、その藤本氏の身を案じる情報が乱れ飛んでいるという。先の公安関係者が語る。

「観光客を含め、訪朝した日本人は『たかはし』を訪れることが多いが、ここしばらく、店が完全に閉じられているそうです。日本で彼と付き合っていた関係者も全く連絡が取れない状態が続いています」(同・公安関係者)

 一体、彼の身に何が起きているのか。

「むろん真偽不明ではありますが、こんな物騒な情報も流れています。12年と16年に平壌へ行き、正恩と面会していますが、その時に得た情報を米国のCIAに提供。それが、今になってバレて、スパイ容疑で拘束されているとか。まさか、そんなことないでしょうが、消息が分からなくなって、関係者が心配していることは紛れもない事実です。とにかく、無事でいてくれればいいのですが……」(同・公安関係者)

 韓国の朝鮮日報は5月31日、金正恩の“右腕”とされる金英哲が労役刑に処せられたと報じたが、北朝鮮の国営メディアは6月3日、金英哲が金正恩と共にコンサートを鑑賞したと伝えた。さて、藤本氏の場合は――。

週刊新潮WEB取材班

2019年6月26日 掲載

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