韓国で有名大学のマスコット犬が出入り業者の晩飯に…犬肉食の最新事情を探る

■マスコット犬の末路


 今年6月中旬、韓国で1頭の犬がニュースの主役となった。

 この犬は、首都ソウル近郊の水原女子大学構内で飼われていた「カムスニ」。多くの学生にかわいがられ大学のマスコットとなっていたが、5月11日から姿が見えなくなった。

――韓国で「犬がいなくなった」というと、盗難や逃走などのほかにある心配をしなくてはいけない。それは、誰かに食べられてしまった可能性だ。果たしてカムスニは、哀れにもこの通りの運命を辿った。

 カムスニを飼育していたのは、大学と契約していた清掃・警備業者の職員A氏。ごみ捨て場を荒らす猫を追い払うため、昨年後半に迷い犬を連れてきたという。だがカムスニは見る見る大きく成長し、一部の学生から「怖い」という声が上がった。そこで大学がA氏に、カムスニを別の場所へ移すよう求めたという。

 学生らがカムスニの行方を心配して騒ぎ出すと、A氏は「近くの農場主に譲った」と説明。だが不審に思った学生らがさらに業者を追及したところ、A氏の部下が真相を白状した。A氏、農場主、A氏の部下の3人はカムスニをすぐ食肉処理場に連れていき、近隣住民も交えて犬肉パーティを楽しんだそうだ。

 かつての韓国で、こうした話は日常茶飯事だった。だがいまの若い世代には、もう縁遠い過去の話だ。水原女子大学はマスコット犬の末路にショックを受けた学生らのため、心理ケアを行うと伝えている。

 その一方で学生らは、事件関係者の処罰を求めて地元警察署に陳情書を提出した。これが日本なら、動物愛護法違反で摘発されるところだろう。だが韓国では、必ずしもそうならない事情がある。


■国会前を占拠する犬たち


 中国及び東南アジア、また朝鮮半島で、犬は古くから食用とされてきた。韓国ではとりわけ、夏場の滋養強壮食として食べる伝統がある。日本でいえば、土用鰻のような位置づけだ。

 だがこの伝統も、風化を始めて久しい。

 韓国でも00年代のブームを経て、すっかりペットが生活文化に根づいた。いまや5人に1人がペットと暮らし、その約8割を犬が占める時代だ。2018年6月の世論調査では、犬肉食に反対が51.5%、賛成が39.7%を占めた。

 そうしたなか犬肉食を巡る話題は、年を追うごとに熱を帯びている。犬肉食の根絶を目指す動物愛護団体、伝統を守ろうとする犬肉食の業界団体が、それぞれの主張を繰り広げて争っているからだ。

 ソウル・汝矣島の国会議事堂前ではいま(6月24日現在)、奇妙な光景が繰り広げられている。緑地に整備された幹線道路の中央分離帯にいくつかの簡易テントが張られ、木々につながれた数十頭の犬がその下でくつろいでいるのだ。周囲に張られた横断幕には、「違法な犬飼育施設を撤去せよ」などの文言が見える。

 これは、韓国南西部・慶尚南道梁山市の食用犬飼育施設で飼われていた犬たち。動物保護活動家と篤志家が、処分の間際に業者から買い取った。だが行き場がなく、政府へのデモを兼ねて5月10日から中央分離帯に居座っているのだ。当初65頭いた犬は数十頭が引き取り手を見つけて去ったが、残りがまだ活動家ともに籠城中。明らかな不法な占拠デモだが、無下に強制退去させないのは韓国のお国柄だ。


■犬肉食を巡る法の死角


 4月25日にはまた、韓国の首都圏・京畿道の道庁で犬を巡る衝突が起きた。食用犬飼育業者などの業界団体関係者約800人が抗議デモを行った上、庁舎に押し入ろうとして入り口のガラスを割る騒ぎに発展したのだ。京畿道では昨年11月から動物虐待に関する取り締まりを強化し、今年3月には犬の食肉加工業者2人が摘発された。業界団体はこれに強く反発し、「全国150万の関連業者を不当に犯罪者扱いしている」「犬の食肉処理は合法」と主張を繰り広げたわけだ。

 この衝突の裏には、犬肉食を巡る韓国の曖昧な法制度がある。

 韓国では犬が畜産法で家畜に分類され、食用を目的とした飼育が可能だ。だが食肉処理業者を管理する畜産物衛生管理法では、犬が除外されている。そのため食用に飼育した犬を無許可で食肉処理しても、これらの法律には違反しない。例えば冒頭で触れたカムスニは、A氏が実質的な飼い主だった。したがって食用の家畜として飼っていたとすれば、A氏がカムスニを殺して食べても罪に問われない可能性が高い。だが一方で動物保護法は、犬を保護されるべきペットに位置づけてもいる。上述した京畿道の取り締まりは、この動物保護法に基づいて行われた。

 韓国の犬肉食は早い時期から国際社会の非難を浴び、政府は1988年のソウル五輪などで規制に苦慮してきた経緯がある。そうしたなかで生まれたこの法の死角が、犬肉食の伝統を延命させてきた。


■犬肉食文化の落日


 6月10日にはまた、ソウル大学校獣医科大学のイ・ビョンチョン教授が犬の虐待を巡って警察の調査を受けた。イ教授は、ES細胞論文不正事件で有名なファン・ウソク元教授の後継者。世界初の体細胞クローン犬スナッピー誕生に貢献した研究者でもあるが、今年4月からはクローン犬の虐待疑惑で非難の矢面に立たされている。

 イ教授はまた、食用犬を巡る問題でも注目の的だ。2017年、自身の研究チームが実験用の犬を食用犬飼育施設で入手していたことが発覚。法的な問題はなかったが、イ教授とソウル大動物実験倫理委員会は改善を約束した。ところが公営放送KBSは今年4月、その後も食用犬飼育施設からの調達が続いている疑惑を提起している。

 イ教授がどれだけ売り上げに貢献したか定かでないが、食用犬飼育施設はいまやお先真っ暗といっていい有様だ。

 大手紙「ハンギョレ」が今年4月に伝えたところでは、ペットも含めた犬飼育施設は韓国全土に約1万8000カ所。そのうち約1万5000カ所が、食用犬飼育施設だ。また「ソウル新聞」によると、韓国で飼育されている食用犬は約250万頭という。一方で2017年に野党議員と動物保護団体が発表した報告では、糞尿処理の届け出を出している飼育施設が最小2862カ所、飼育頭数78万1740頭。ただし届け出ていない施設も、相当数見込まれるとしている。

 いずれにせよ、どこもみな需要の大幅減で経営は火の車らしい。今年2月の報道にあった証言によると、犬肉の出荷価格は8年前の約6割。多くの業者が食用犬からペット犬に切り替えてみるものの、技術不足で軌道に乗せるのは難しい。廃業にあたって犬の始末に困り、宿敵のはずの動物愛護団体に相談する業者もいるという。

 法の死角に置かれていることもあってか、その不衛生な飼育環境はかねてから悪評が高かった。また食品廃棄物=生ごみをエサとしている点にも批判が高まっている。さらに朝鮮半島では、「犬は殴って殺すとうまくなる」と言い伝えられてきた。飼育業者の団体・大韓育犬協会は「いまはそんな処理方法はしていない」「悪意のある歪曲だ」としているが、残酷なイメージはなかなか拭えない。

 過去には、犬肉を牛肉や豚肉などと同等に扱うための法改正も議論されたことがあった。だがいまは、真逆の議論が熱を帯びている。任意の食肉処理を禁止する動物保護法改正案、食品廃棄物の給餌を禁止する廃棄物管理法改正案、そして犬を家畜から除外する畜産法改正案が、複数の議員によって発議されているのだ。この3つは現地メディアで、「犬肉の食用禁止トロイカ法案」と呼ばれている。

 かつては夏の風物詩でもあった韓国の犬肉食。いまも数々の物議を醸しているその伝統は、もはや風前の灯だ。

高月靖/ノンフィクション・ライター

週刊新潮WEB取材班

2019年7月2日 掲載

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