金正日の料理人「藤本健二氏」の身柄拘束情報が流れる背景 ハノイで激怒した金正恩

■情報は錯綜


 デイリー新潮は6月26日、「平壌で消えた金正日の料理人『藤本健二氏』 北朝鮮当局に身柄拘束されたとの情報も」の記事を配信した。

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 藤本健二氏[年齢・本名非公開]は金正日[キム・ジョンイル](1941〜2011)の料理人を務め、幼い時から金正恩[キム・ジョンウン](35?)の遊び相手を務めた。テレビで北朝鮮の情勢についてコメントする姿をご記憶の方も多いだろう。

 上記の記事では、公安関係者の証言を紹介した。藤本氏が北朝鮮で開いた日本料理店「たかはし」が閉じられており、本人とも連絡が取れないという内容だ。スパイ容疑で拘束されているという情報も乱れ飛んでいることも触れた。

 この記事を初報として、他メディアの報道も相次いだ。まず「WoW!Korea」が6月26日に「故金正日総書記の料理人だった『藤本氏』、平壌で身柄拘束か」との記事を配信。

 翌27日には中央日報の電子・日本語版が「『金正日の料理人』藤本健二氏、平壌で逮捕されたといううわさが…」の記事をアップした。

 この記事は《日本メディア「デイリー新潮」は》と出典を明記したほか、《北朝鮮ニュースを専門に扱う米国メディアNk Newsはこの日、「藤本氏の姿が見えないのは実際に逮捕されたのではなく、病気のためかもしれない」と報じた》と異なる見解を伝えたメディアの存在も紹介している。

 そして7月5日は朝日新聞(電子版)が「故金正日氏の料理人、平壌で所在不明に 拘束の情報も」と報じ、YAHOO!ニュースのトピックスにも選ばれた。

 朝日新聞も上記の記事で《政府関係者によると、北朝鮮当局から、国家機密に関わる情報を外部に漏らしたと疑われ、拘束されたという情報もある》と報じた。

 一方、BUSINESS INSIDER JAPANは7月8日、国際ジャーナリスト・高橋浩祐氏の署名原稿「故金正日の料理人『藤本健二氏』が平壌の日本料理店で目撃。無事確認される」を掲載した。

 文中ではデイリー新潮と朝日新聞の報道に触れた上で、日本の公安関係者の証言を掲載。タイトル通り、藤本氏の無事が確認されているとした。証言の部分だけを引用させていただく。

《「藤本氏が目撃されたり、拘束されたりしたという確固たる情報はここ数カ月、入ってきていなかった。もし藤本氏が拘束されていたのであれば、我々にも日本政府から調査指示が伝達されるはずだが、そうしたこともなかった」》

 この報道が事実だとすれば余計に、なぜ藤本氏のスパイ容疑説が流布されているのか、という疑問が生じる。北朝鮮の情勢に詳しい公安担当者は「話は今年2月27日と28日にベトナムのハノイで行われた、米朝首脳会談に遡ります」と明かす。

「2月22日にスペインのマドリードにある北朝鮮大使館が襲撃されました。数人の男が押し入り、館員を縛り上げるなどして、コンピューターを盗んだという事件です。実は金正恩委員長は、ハノイのホテルに滞在中、部屋のテレビで見たニュースで初めて襲撃事件を知ったというのです。なぜ報告が遅れたのか、事件を金委員長に報告すれば大目玉を食うことは分かりきっています。外務省と国家保衛部のどちらが報告するのか揉めているうちに、米朝首脳会談の日が来てしまったようなのです」


■囁かれる「アンドリュー・キム」の名


 当然、テレビを見た金正恩は激怒。「一体、どうなっている!?」と側近たちを叱りつけた。だが、この話は「単なる責任のなすりつけあい」で終わらなかった。内部情報が漏れているという疑惑が浮上したからだ。

「従来、北朝鮮のヨーロッパにおける最重要の拠点は、ロンドンの大使館でした。ここに多くの機密情報が集積されていました。ところが16年、ロンドン公使だった太永浩[テ・ヨンホ](56)が、イギリスを出国して韓国に亡命します。北朝鮮は『ロンドン大使館にあった機密情報が韓国やアメリカに漏れる』と判断。そこでスペインのマドリード大使館をヨーロッパの重要拠点に変更したのです」(同・公安関係者)

 もちろんロンドンからマドリードに変更したことは極秘裏に行われた。だが2月の事件で、男たちはロンドンではなくマドリードの大使館を襲撃し、コンピュータを盗んだのだ。金正恩は「機密情報が筒抜けになっている」との危機感を抱いたという。

 そこで北朝鮮の国内で徹底した調査が行われ、“スパイ”が情報を伝えた相手は「アンドリュー・キムだ」という結論に達したという。

 アンドリュー・キムとは何者か、朝日新聞は18年5月(電子版)に「米朝交渉、CIA高官が暗躍 国務長官の右腕、対話に道」と報じている。キム氏について言及した部分だけを引用させてもらおう。

《今月9日、訪朝したポンペオ米国務長官と北朝鮮の金正恩(キムジョンウン)朝鮮労働党委員長との会談。ポンペオ氏の右隣で、身ぶり手ぶりを交え話をする銀髪の男性がいた。

 複数の米政府関係者や外交筋によれば、この男性はアンドリュー・キム氏。韓国系米国人で、25年余り中央情報局(CIA)諜報(ちょうほう)員として東京などで勤務。最近までCIAソウル支局長を務めた。情報機関のCIA高官が国務長官の外遊に同行し、姿が公になることは珍しい。この写真は米側では公表されていない》

「一時期、対米交渉の失敗から金英哲[キム・ヨンチョル]・朝鮮労働党副委員長が粛清されたのではという観測情報が流れました。その後、金副委員長の生存が確認されましたが、実は金副委員長は対米交渉の失敗ではなく、マドリード大使館の情報をCIAに漏らした容疑がかけられていたという観測が、最近になって出ています。藤本氏もこの調査の過程で、スパイ容疑をかけられたのではないかという情報なのです」(前出・公安関係者)

 確かに藤本氏は、北朝鮮における権力機構の奥深くに食い込んでいた。そもそも、そうでなければ日本料理店を出店できるはずもない。

 とはいえ日本人としては、藤本氏にスパイ容疑がかけられたという情報は誤りであってほしいと思うものだ。ひょっこり姿を現す日が来ることを祈らずにはいられない。

週刊新潮WEB取材班

2019年7月18日 掲載

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