ホワイト国指定解除の報復、韓国の日韓軍事協定破棄は自殺行為に他ならない

 厳しい外交の世界をそれぞれの国が泳いでいくためには、相手国が唸るようなカードを手中に秘めていることが重要だ。ただの空威張りでは、残念ながら誰も相手にはしてくれない。韓国のいまの状況を見ていると、切ることのできるカードがないというのがいかに虚しいことなのかが嫌というほどよくわかる。ここまで来るともはや怒りを通り越し、他国のことながら憐れみさえ覚えてしまう。

 いわゆるホワイト国からの除外という8月2日の閣議決定を受けて、韓国が目を付けたのがGSOMIA(日韓秘密軍事情報保護協定)だ。事前通告がなければ1年ごとに自動延長される(21条3項)のだが、文在寅政権はこの協定にもともと批判的な国内左派を支持基盤としていることもあり、協定破棄をも視野にいれているというのだ。

 だが日本とのパイプ役も担ってきたKCIA後身機関トップ(徐薫国家情報院長)が国会でいみじくもその重要性を指摘したように、この問題は韓国にとっても慎重に考慮すべきことだとフレンドリー・アドバイス(非公式な助言)しておきたい。もっと言うなら、韓国は日本との安全保障協力によって莫大な利益を得ており、日本を脅すつもりでチラつかせているのであろう協定破棄は、実のところ韓国にとっては自殺行為でしかないというべきだろう。

 ここで日本が各国と結んでいる情報保護協定について整理しておきたい。日本が最初に協定を結んだのは、やはりというべきか同盟の米国とだった(2007年)。北朝鮮の動向はもちろん、日米同盟がグローバル化する中で、日米間での情報共有の重要性が高まっていたことが背景にはある。米国に続いて日本が協定を締結したのがNATO(2010年)、フランス(2011年)、オーストラリア(2012年)、イギリス(2013年)、インド(2015年)、イタリア(2016年)そして韓国(2016年)だった。

 今年2月、公式実務賓客として訪日したメルケル首相は、安倍晋三総理との首脳会談で協定締結について大筋で合意した。これで日本は米国に加えて、英仏独伊という欧州主要国との軍事協力を強化することになった。第二次世界大戦中の経緯もあってドイツとの安全保障上の協力は大きく後れをとっていたし、ドイツも東アジアでは中国との関係を重視していた。だが中国の暴走と日本の存在感の高まりを前にして、ドイツも重い腰を上げて協定締結に動き出したといえよう。

 注目すべきは、豪州、インドが含まれていることだ。両国はインド太平洋戦略における日本の重要なパートナーであり、日豪関係は近年では準同盟とも称されるほどに深化している。

 日本が協定を締結した国は、最近メディアを賑わした言葉を使って表現するならば、「軍事版ホワイト国」ともいえるだろう。だがその数はホワイト国(韓国を除き26か国)よりもはるかに少なく、日本にとっては真に信頼に足る相手ということを意味しており、先方から協定を破棄したという例はもちろんのこと一つもない。いずれの国も信頼できる日本との関係、とりわけ軍事面での協力を推進したいという考えに変わりがない中で、ひとり韓国だけが世界の趨勢とは真逆の方向に走り始めようとしているといえよう。


■トランプの考えは


 過去の日韓激突と異なるのが米国の態度だ。オバマ前大統領は、韓国に肩入れするような形で、日韓対立に介入しようとした。その最たる例が、オランダ・ハーグの米国大使公邸で2014年3月、日米韓首脳会談を開催したことだろう。日韓の首脳は就任からともに一年以上経っていたが、首脳会談は開かれておらず、オバマの仲立ちで初めて顔を合わせるという格好になった。会談冒頭に安倍総理が、朴槿恵大統領に韓国語で語り掛けたにもかかわらず特段の反応がなく、またしても日本側の努力を韓国が無にした形となった。

 打って変わってトランプ大統領は、日韓対立の仲裁にそれほど熱意を示していない。日本メディアの一部は、トランプがあたかも仲介に乗り出したかのように伝えたが、これは事実とかなり異なる。確かにトランプは7月19日、記者団に仲介の可能性を示唆したが、同時にそれは”full- time job”のようだとも語ったのだ。ここが一番大切である。米大統領が日韓対立の”常勤の”仲裁役になるはずがないのであり、トランプ一流の言い方で仲介の意思が乏しいことを示したのだった。

 トランプ、安倍、文が顔を揃えた今年6月のG20大阪サミットでも、トランプは日米韓首脳会談を開かず、昨年11月のG20に引き続いてインドを選択し、日米印首脳会談を開いたのだった。その背後には、中国を見据えたインド太平洋戦略の展開があるといえよう(詳細は拙稿「安倍外交の深謀遠慮 G20“夕食会”の席次から読み取れる『対中包囲網』」(デイリー新潮)を参照)。

 もしトランプがオバマと同程度に日韓仲裁の必要性を感じているならば、三ヶ国の首脳会談を主催しようとするはずだが、現実はそのようには推移していない。トランプの仲裁という文脈において、まさにいまワシントンでクローズアップされているのは、インドとパキスタンの対立だろう。両国が領有権を巡って争うカシミール問題を巡って、トランプは仲裁の可能性に7月22日、8月1日と立て続けに言及したが、印側はこれに抗議している。

 日米韓首脳会談は2017年9月から確かに開催されていないが、閣僚レベルでは8月2日にバンコクで日米韓外相会合が開かれたではないか。トランプ政権が日韓仲介に本格的に乗り出した証左ではないかという声もあろう。現に日本のメディアではそうした報道も多かった。だがこうした見方はややずれていると言わざるをえず、米紙ニューヨーク・タイムズも米国の仲介の困難さを伝えている(“As Japan and South Korea Feud Intensifies, U.S. Seems Unwilling, or Unable, to Help”)。閣議決定が予定通りだったことも、外交ルートを通じた日本から米国へのインプットがスムーズに進んでいることの証といえよう。

 注目したいのは、今年6月に米国防総省が公表した「インド太平洋戦略報告書」だ。各国首脳のインド太平洋地域への言及を紹介する中で、まず昨年1月の施政方針演説での安倍総理の「この海を将来にわたって、全ての人に分け隔てなく平和と繁栄をもたらす公共財としなければなりません。」という発言を紹介。マクロン仏大統領、モディ首相、モリソン豪首相と続くが、文大統領は登場せずだ。それもそのはずで、韓国は中国への気兼ねから、一部では中国包囲網とも考えられている同戦略への態度を曖昧にし続けているからだ。米国にとって、日米同盟はインド太平洋全域を俯瞰する柱であるのに対して、米韓同盟は対北朝鮮という地域限定であり、その重要性には自ずと違いがあろう。

 米国の態度が変化する可能性があるとすれば、それは韓国がGSOMIA破棄に踏み切った場合だろう。韓国が、北朝鮮を見据えた日米韓安全保障協力を揺るがす行動に出た場合には、経済的な争いが軍事面に波及することとなるからだ。ロシアによる竹島領空侵犯は、韓国による対日関係の毀損が軍事上の影響を広げていることを露呈した(詳細は拙稿「ロシア『竹島上空侵犯』の狙い 韓国は日韓関係悪化でロシアに付け入る隙を与えている」(デイリー新潮)を参照)。協定破棄という韓国にとっての自殺行為は、米国の虎の尾を踏むことにもなろう。

村上政俊(むらかみ・まさとし)
同志社大学ロースクール嘱託講師。1983年大阪市生まれ。東京大学法学部卒。外務省に入り、国際情報統括官組織、在中国、在英国大使館外交官補等を経て、2012年から14年まで衆議院議員。皇學館大学でも講師を務める。

週刊新潮WEB取材班編集

2019年8月14日 掲載

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