日本でも注目の「韓国のフェミニズム」 “男性嫌悪テロ”も起きて男女の間に根深い亀裂

■切り刻まれたアイドルの写真


 韓国のフェミニズムがいま日本で注目を集めている。現代の女性差別をテーマにした韓国小説『82年生まれ、キム・ジヨン』は、筑摩書房刊の日本語版が翻訳文芸書として異例の大ヒットとなった。同書は2018年12月の刊行から現在まで、13万部を売り上げている。また「韓国・フェミニズム・日本」を特集テーマにした河出書房新社の雑誌『文藝』(2019年秋号)は、7月5日の発売から3日間で完売。計3刷を重ねるという記録的な売れ行きを見せた。

 80年代まで盛んだった日本のフェミニズムが2000年前後のバックラッシュ(反動、揺り戻し)で沈滞し、その空白を韓国のフェミニズムが埋めているのではないか――。一連の現象を巡っては、こんな分析もある。

 一方その韓国でも今、凄まじいバックラッシュとフェミニズムが激しくぶつかり合っている最中だ。

『82年生まれ〜』は韓国で発売部数100万部を超え、小説としては10年ぶりのミリオンセラーとなった。だが昨年3月には、女性アイドルグループRed Velvetのアイリーンが同書を読んだと発言しただけで「フェミニスト宣言」だと激しいバッシングが起きた。「ファンの大多数が男性であることを肝に銘じるべき」などの書き込みとともに、アイリーンの写真を燃やしたり切り刻んだりなどした画像が広まった。『82年生まれ〜』は映画化が進められているが、主演女優チョン・ユミもネットの中傷とバッシングに晒されている。

 その一方で女性の側も、一部の過激な集団が「男性への報復」を宣言。これまでに何度も警察沙汰を起こすなど、男女間の対立が危険なレベルで先鋭化している。


■「ミソジニー殺人」から#MeTooへ


 儒教を国是としたかつての朝鮮では父系の血統が何より重視された反面、女性が虐げられてきた歴史がある。近現代の文学や映画でも女性の悲惨な境遇をテーマにした作品は多く、暗澹とした筋書きに気が滅入るほどだ。急速に近代化した60〜80年代を通じても古い因習や価値観の一部が受け継がれ、社会に影を落としてきた。

 そうしたなかで女性運動が根づき出したのは、韓国社会が豊かさを享受し始めた80年代のことだ。運動を通じてようやく女性への性暴力や戸主制度などの問題が争点化され、90年代以後の法整備や行政の対応につながっていった。やがて90年代末〜00年代初頭にかけて、ネットを活動の場とするフェミニスト層が台頭。そして現在、20〜30代女性の新しい層がオンラインからオフラインへ溢れ出している状況だ。

 特にその大きな転機となったのが「江南駅殺人事件」。これは2016年5月、地下鉄江南駅近くの公衆トイレで23歳(当時、以下同)の女性が面識のない男に刺殺された事件だ。

 犯人は34歳の飲食店従業員。「日頃から女性に無視されてきたのが耐え切れなかった」と供述したことから、ミソジニー(女性嫌悪)に基づく無差別殺人として韓国人女性を震え上がらせた。現場からすぐの江南駅出口は献花や追悼メッセージを記した付箋で溢れ返り、女性らによる追悼集会が開かれてもいる。一方で警察が「精神疾患に関連した通り魔事件」との認識を示したことから、「ミソジニー問題を矮小化している」との反発も招いた。

 また2018年1月には44歳の女性検事が、入庁以来続いてきた上司らによるセクハラをテレビで告発。これを機に韓国で#MeToo運動が一気に拡大し、文壇を代表する詩人、著名な映画監督や演出家、政治家らが告発を受けた。同年3月にはベテラン俳優が数々の証言に追い込まれ、謝罪文を公表した後に自ら命を絶っている。


■警察沙汰になった「ミラーリング」


 男性たちの間では00年代中頃から、若い女性を「身のほど知らずな高望みをしているバカな女」といったニュアンスで嘲弄する言説が、ネットでもてはやされてきた。そうしたミソジニー的な傾向をより先鋭化したのが、保守主義を掲げるコミュニティサイト「イルベ」だ。イルベユーザは江南駅殺人事件に際しても、江南駅出口に「男性だからという理由で死んだ韓国軍兵士を追悼しましょう」といった趣旨の花輪を届けて、物議を醸したことがある。新自由主義的な競争社会が無数の敗者を生み続けるなか、不安に苛まれた男性がミソジニーに自我の安定を求めている…というのが、そのもっぱらの分析だ。

 一方こうした男性層のカウンターパートをなすのが、女性による過激な男性嫌悪コミュニティサイト「ウォマド」。彼女らが掲げる「ミラーリング」は、女性が男性にされてきたことをそっくりお返ししようというコンセプトだ。

 ウォマドの開設は2016年。同年に「コーヒーに不凍液を混ぜて男性に飲ませた」などの書き込みで、警察が捜査に乗り出したことがある。2017年には「オーストラリアで男児に性的暴行をした」との書き込みから、11月に27歳の韓国人女性が地元警察に逮捕された。被害事実は確認されなかったが、女性は韓国に送還されている。2018年には男性ヌードモデルの盗撮画像がウォマドで流布され、撮影・投稿した25歳の女性が懲役10ヶ月の実刑判決を受けた。

 ウォマドにはそのほか男性トイレの盗撮画像なども投稿されており、司法当局は運営者に対しわいせつ物流布幇助の容疑で逮捕状を発行。だが運営者は海外在住ともいわれ、まだ摘発に至っていない。

 ウォマドは多くのフェミニストからも迷惑がられているが、その捜査や摘発は女性差別だという議論もある。男性による盗撮サイトは多くが野放しになっているのに、女性が同じことをやると警察はすぐ目の色を変えて捕まえようとする…というのがそのロジックだ。

 昨年5月からは、そうした警察の「偏った捜査」を糾弾する女性団体の大規模なデモがたびたび開催されてきた。一方でまた男子大学生がその集会場にBB弾(エアガン)を撃ち込んで今年6月に罰金刑を受けるなど、オフラインでの衝突も顕在化している。

 儒教社会が急速に近代化していく陰で、根深い亀裂を生んだ韓国の男女問題。和解の日が訪れる気配は、まだ一向に見えない。

高月靖/ノンフィクション・ライター

週刊新潮WEB取材班編集

2019年8月15日 掲載

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