歴史を学べば日韓友好は進むのか 『検定版 韓国の歴史教科書』の困った内容

 戦後最悪と言われる日韓関係に改善の兆しは見られず、テレビや新聞、雑誌、ネットでも関連の話題は尽きない。最近、増えてきたのは「政府間の関係はともかく、民間での交流で改善を」という論調。8月17日放送の「報道特集」(TBS系)でも、日韓の学生交流を取り上げていた。真摯な民間交流に異議を唱える人はいないだろう。

 こうした民間、特に若者同士の交流の際によく伝えられるのが「日本の若者は歴史を知らない」という韓国人の声だ。同番組でも韓国の若者がそのように言い、一方で日本の若者が「そうかも」と同意を示す光景が流されていた。

 ここで番組制作者側、あるいは韓国人が提示しているのは「日本人は(侵略などの)歴史を知らない。だから心からの反省、謝罪ができない。それでは相互理解は進まないのでは」という視点である。

 たしかに相互に理解しあうには、知識が必要だろう。しかし、民間交流を進めたいという日本の若者に同情すべき点も多々ある。よく指摘されるように、日本の歴史教育では近現代にかける時間が少ない。さらに加えて、そもそも韓国の若者が「知っている」という歴史と、日本の若者が学んだ歴史はかなり異なる。だから「こんなことも知らないのか」と驚かれても困るという面もあるのだ。「こんなこと」が日本で認めている史実とは異なることも多い。特に戦争終結から韓国独立あたりの経緯は、韓国人が学んでいる歴史は、国際的に見てもかなり独特のものなのだ。

 有馬哲夫早稲田大学教授は、中国や韓国が教科書などで教えている歴史は、日米など民主主義国のそれとは異なり、事実よりも「建国イデオロギー」「政治イデオロギー」が重視されたものになっている、と指摘する。著書『こうして歴史問題は捏造される』から、韓国の歴史教科書について述べた部分をご紹介しよう(以下、引用は同書第4章「中国と韓国が反証不可能な論議をするのには理由がある」より。一部言葉を補った)


■『韓国の歴史教科書』が語る「独立運動」


 韓国の場合はどうでしょうか。中国が「共産党が日本軍を打ち破って無条件降伏させた」とミスリードしたように、韓国は「日本に宣戦布告をして連合国の一員として戦って勝った戦勝国」だとミスリードしようとします。

『検定版 韓国の歴史教科書』によれば、1919年に、孫秉熙を大統領とする沿海州のグループ、李承晩を国務総理にする上海のグループ、李承晩を執政官総裁、李東輝を国務総理総裁にするソウルのグループが合体して李承晩を大統領、李東輝を国務総理とする大韓民国臨時政府を作ったことになっています。この政府は民主共和制をとり、三権分立を明らかにした憲法を定めていたそうです。

 ところが、李承晩が独立ではなく、国際連盟の統治下の委任統治領にすることをアメリカ大統領ウッドロウ・ウィルソンに手紙で要請したことが明らかになり失脚します。

 その後、臨時政府は「外交活動」に力を注ぎ、パリ講和会議で独立請願書を「提出しようとした」(原文ママ)のですが果たせなかったため、ワシントンに欧米委員部(李承晩)、フィラデルフィアに韓国通信部(徐載弼)、パリ委員部(金奎植)を置いて「国際連盟とワシントン会議に独立を請願するなど、外交活動を続けた」ということです。

 ここまでは、潤色しているものの、虚構とはいえません。ただし、「提出しようとした」と、未遂に終わったことをわざわざ書くのはいかがなものでしょう。

 国際連盟もアメリカも「独立をめざす一勢力」とは見ていても、国として扱っていなかったことは明らかです。それでも、この教科書は、国家の体をなしていたというニュアンスを出したいのです。


■朝鮮光復軍は連合国軍とはなりえなかった


 1941年になると「大韓民国臨時政府は日本に宣戦布告し、韓国光復軍を連合国の一員として参戦させた」ということになっています。しかも、次のように続きます。

「イギリス軍の協力要請でインド、ミャンマー戦線に派遣された光復軍は主に宣伝活動や捕虜の尋問を担当した。また、アメリカと連合して国内進攻作戦を計画した。(中略)しかし日本が予想より早く降伏したため、国内進攻作戦は実行されなかった」

 またしてもこの教科書は、臨時政府が国家であるとミスリードしています。「宣戦布告」といっているからです。そのずっと前から抗日運動はしていて、日本と戦う意思、その大義は唱えていたのですから、わざわざ1941年になってこれを出したのは、臨時政府が国であり、その軍隊「韓国光復軍を連合国の一員として参加させた」、だから連合国の一員だといいたいのです。

 ところが、韓国の歴史教科書によると、その「韓国光復軍」なるものは、日本軍と戦場で戦ったのではなく、インドやミャンマー(ビルマ)に派遣されて「主に宣伝活動や捕虜の尋問を担当した」ということです。つまり、抗日勢力の一部が英米の諜報機関(イギリスMI6、特殊工作局〈SOE〉、アメリカ戦略情報局〈OSS〉)にリクルートされ、日本軍の中にいる朝鮮半島出身者向けのプロパガンダ製作を行ったり、朝鮮語による尋問をしたりしたということです。「軍」という規模でもなく、内容も軍事活動ではなく諜報活動だったことは明らかです。

 実際にアメリカ側の資料を読みますと、「朝鮮光復軍」(Korean Restoration Army)は存在したのですが、それは重慶にあって中国軍事委員会(Chinese Military Council)の指揮下にありました。つまり、独立の軍事組織ではなく、中国国民党軍のなかの一組織だったのです。人数にいたっては、少なくともこの組織内では、かき集めても200人にしかならなかったと記されています。

 満洲にも別組織の「朝鮮光復軍」がありましたが、こちらは3千ほどです。やはり独立組織ではなく、中国共産党ゲリラと一緒になっていました。おそらくこちらの「朝鮮光復軍」から現在の北朝鮮の礎を築いた指導者が出てきたのでしょう。

 なぜ、「韓国光復軍」(教科書にはそうある)なるものがわざわざインドやミャンマーに派遣され「主に宣伝活動や捕虜の尋問を担当した」のか謎がこれで解けます。中国兵と一緒にならない限り、満州や中国の戦場で日本軍と戦う人数にとても達しなかったのです。

■「韓国は日本と戦っていない」というのがアメリカの立場


 のちにアメリカ国務長官顧問ジョン・フォスター・ダレスは、李承晩が「署名国としてサンフランシスコ講和会議に参加したい」と要求したとき「韓国は日本と戦争状態にあったことはなく、連合国共同声明にも署名していない」としてこれを拒否しますが、それがなぜなのかよくわかります。つまり、連合国として日本軍と戦ったというに値する実績が韓国にないのです。だから会議に参加する資格はない、ということです。朝鮮にくらべればフィリピン、ビルマ(現在のミャンマー)、インドネシア、マレーシアの方が日本軍と戦ったしっかりした実績をもっています。


■米英を裏切ろうとした李承晩


 カイロ会談(1943年11月)で「日本敗北の後、朝鮮を独立させる」と決議したのは、英・米・ソには日本の敗戦まで、実際には1948年まで、朝鮮を独立国にするつもりがなかったからです。

 ところが、日本の敗戦前の1945年4月から国際連合を発足させる準備がサンフランシスコで始まり、李承晩は大韓民国臨時政府から代表を送りたいと申し出ます。しかし、前述の理由で、英米はこれを却下します。

 これに対し李は、ソ連はヤルタ会議で朝鮮を日本が戦争に敗れるまで自国の勢力下に置くことを密約したので、臨時政府代表を受け入れるかどうかは英米が口出しするところではないと食い下がって、英米両国を怒らせます。これも、なんとしてでも、国として認めてもらいたい、国際連合に参加したいという願望の表われといえます。こういうわけですから「アメリカと連合して国内進攻作戦を計画した」はファンタジーとしかいいようがありません。そもそも、歴史とは「あったこと」を書くのであって、「計画した」こととか「しようとした」ことを書くものではありません。ところが『検定版 韓国の歴史教科書』の現代史の部分にはあまりにも未遂に終わったことの記述が多いのです。

 なぜ、そうするのかは明らかです。朝鮮人からなる抗日勢力が1919年の段階から独立を宣言し、政府を樹立していた。1941年に国として日本に宣戦布告し、連合国の一員として戦争状態に入り、連合国の勝利によって戦勝国となった。このような虚構を本当らしくするためです。


■なぜ韓国人は「独立国・戦勝国神話」にしがみつくのか


 それにしてもなぜ、実態はそうではないのに「国家」にこだわるのでしょうか。その理由は、かつて朝鮮半島が日本の領土であったこと、その出身者は朝鮮人ではあってもみな日本人とされることが不都合だからです。つまり、日本人として日本の戦争を戦ったことを認めたくないのです。

 これを認めるというのは次のことを認めることになります。日本は敗戦国なのだから、当時日本の領土であった韓国および北朝鮮も敗戦国だ。日本は戦争によってアジアの国々に被害を与えたが、当時日本人だった朝鮮人も被害を与えている。日本軍が戦争のなかで残虐行為をしたが、その一員として朝鮮半島出身者も残虐行為をした。日本兵が慰安所を利用したのだから、朝鮮半島出身者も利用した。戦地や占領地の女性を拉致して監禁しレイプしたが、それに朝鮮半島出身者も加わっていたと考えられる。いずれも事実なのですが、それを認めると、ようするに日本が現在受けている非難を韓国人も受けなければならないのです。

 私の知り合いの台湾人はいいます。「日本人は台湾人を差別した。朝鮮人は将校にしたのに、台湾人はしなかった」と。たしかに、のちにクーデターで韓国大統領になる朴正熙は日本の士官学校を出たうえ満州国軍の中尉になっています。朝鮮半島出身者はみな日本軍の底辺にいた二等兵で、責任のある立場にいなかったとはいえません。

 事実、多くの朝鮮半島出身者が日本軍の戦争犯罪者として有罪になっているのです。日本が戦争加害国なら、その国民だった朝鮮半島出身者も加害者です。この事実は極東国際軍事裁判で明確に示されています。つまり、彼らも日本人として裁かれたのです。

 日本が敗戦国なら韓国人も敗戦国民です。靖国神社には日本本土の日本人と朝鮮半島出身者が祀られています。参拝にきた方は、どこの出身かは差別せずに、日本という国のために命を捧げた人に感謝し、手を合わせているのです。

 もし朝鮮人慰安婦が「被害者」で日本軍が「加害者」だとするなら、日本本土出身者の日本兵と同様、朝鮮半島出身者の日本兵、つまり現在の韓国人も「加害者」だということです。現在の韓国人は、「慰安所」を利用した自分の兄弟や父や祖父も非難し、アジア女性基金に寄付しなければなりません。

 この当然の論理的帰結を受け入れたくないので、1919年から大韓民国臨時政府を作り、日本とは別の国だった、とくに1941年からは別の国、しかも連合国の一員として日本と戦争していたという虚構を作り上げたのです。しかし、虚構はあくまで虚構でしかありません。

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 日本の若者が、歴史を詳しく学べば、韓国のそれとの違いもより強く意識するようになる。それが友好や理解につながるのかは難しいところだろう。有馬氏はこうも述べている。

「多くの日本人は、戦争あるいは植民地支配で被害を与えたのは事実だからと中韓の人々に謝罪します。しかし、それでもまだ非難し、謝罪をもとめてきます。しかもだんだんエスカレートしてくるので、このへんで、大抵は変だなと思います。しかし、ここまで来てもまだ、悪いことをしたんだから謝ろうというお人よしの日本人がかなりいます。

 近隣2カ国は、そもそも前に紹介した歴史教科書のように現代史を見ているのですから、日本人が普通にもつ『歴史認識』で謝罪しても、受け入れないのです。彼らの『歴史認識』は根底から歪んでいるのですが、それはあちら側の事情でそうなっているので、その事情が変わらない限り、いくら反省して、謝罪しても受け入れる筈がないのです」

デイリー新潮編集部

2019年8月27日 掲載

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