「反文在寅」数十万人デモに“普通の人”が参加 「米国に見捨てられる」恐怖が後押し

「反文在寅」数十万人デモに“普通の人”が参加 「米国に見捨てられる」恐怖が後押し

文在寅大統領の辞任を求め、“普通の人々”も…

 韓国で盛り上がった文在寅(ムン・ジェイン)退陣要求デモ。背景には「左派政権に任せておけば、米国から見捨てられる」との危機感の高まりがある。韓国観察者の鈴置高史氏が解説する。


■「朴槿恵退陣デモ」以来の規模


――文在寅退陣を要求する大規模のデモが起きました。

鈴置: 韓国の保守団体が企画し、建国記念日で休日の10月3日に実施しました。2016年の朴槿恵(パク・クネ)退陣要求デモ以来の規模だった、と韓国各紙は驚きをもって伝えています。

 警察は参加人数を発表しませんでしたが、数十万人が参加したと見られます。光化門からソウル駅までは10―12車線の道路で2・1キロありますが、そこがデモの人波で埋め尽くされたからです。

 デモの引き金となったのはインサイダー取引や娘の裏口入学など数々の不正行為を疑われている゙国(チョ・グッ)氏です。調べれば調べるほど疑惑の案件が増え「タマネギ男」と呼ばれている。というのに、文在寅大統領が法務部長官に就任させたので、韓国社会では怒りが爆発しました。

 野党第1党の自由韓国党や在野団体など、保守勢力はこの機を逃しませんでした。「゙国逮捕」「文在寅退陣」をスローガンに掲げ、光化門広場での集会と、その後のデモを敢行したのです。

 韓国では保守・左派を問わず、「ここぞ」という時のデモは大型バスで地方から人を連れてくるのが普通です。バスの数から見て、今回のデモにも全国に動員令がかかったのは間違いありません。


■「普通の人」も参加した反文在寅デモ


――保守は勝負に出たのですね。

鈴置: その通りです。朴槿恵弾劾で分裂した保守は、2017年の大統領選挙でも2018年の統一地方選でも、左派にやられっぱなし。このままいけば来年4月の総選挙でも負ける可能性が高い。

 ことに、与党の「共に民主党」が来年の選挙をにらみ、選挙制度の改変をもくろんでいます。左派の少数政党と中道政党を味方に付け、比例代表制の比重を一気に高める方針です。

 保守の自由韓国党の支持率は30%前後ですから、国会で過半の議席を得るのはまず、不可能になります。次回の総選挙を機に、左派は政権を盤石のものとする作戦です。

 左派の永久執権体制作りに当然、保守は危機感を強めています。朝鮮日報の楊相勲(ヤン・サンフン)主筆は選挙制度の改変を「暴挙」と糾弾する論説「゙国の次は選挙法で暴挙、『文在寅事態』が今始まる」(10月3日、韓国語版)を書いています。

――それにしても、文在寅退陣要求デモに数十万人も集まるとは……。

鈴置: 保守に加え、政治色の薄い普通の人も加わったからです。保守派だけなら数十万人も集まりません。中央日報の10月4日の社説「『検察改革を言い訳に゙国を擁護するな』が広場の声」(韓国語版)の一部を訳します。

・朴槿恵退陣を求めた2016年の「ろうそく集会」以降、最大規模の集会だった。家族単位の参加も目立ち、民心がどこにあるかを示した。
・3年前、広場を埋めた市民は特定の政治勢力の支持者だけではなかった。非正常的な国政運営に「これが国か」との切迫感からろうそくを掲げたのだ。昨日の市民たちの心情にもそんな切迫感が見られた。
・政府・与党はこの集会の意味を、保守政党の動員の結果に過ぎないと過小評価したがる。だ。だが、そうした態度では民心を見誤る。予想を超えた数の市民が街に出たのだ。特定の政党や団体の動員の結果だけと見るのは難しい。


■中央日報の変節


――普通の人も反・文在寅デモに繰り出したのですね。

鈴置: そこがポイントです。それに加え、中央日報がこの社説で反・文在寅デモを「民意の現れ」と高く評したことも見逃せません。

 少し前まで同紙は保守系紙に分類されましたが、ここ数年は論調が「左」に傾き、今や「中道紙」と見なされています。その普通の人を読者層にする中央日報が、このデモを支持したのです。

――普通の人が文在寅政権から離れ始めたのですね。

鈴置: そう見て良いと思います。実は、中央日報の論調には少し前から変化が現れていました。「米韓同盟消滅」に向かって突き進む文在寅政権を危ぶみ始めていたのです。

 同紙はまず、8月27日に「日本ともNATOとも合同訓練をするというのに…トランプが韓国だけいじめる本心とは」(韓国語版)を載せました

「米国は世界中の同盟国との実戦的な合同訓練を強化しているのに、韓国とだけはやめてしまった。北朝鮮の核放棄の見返りとして、実戦的な合同訓練をやめたのだ」との指摘です。


■「平和が来る」と浮かれた韓国人


――「何を今さら」といった記事ですね。

鈴置: まったく、「今さら」の指摘です。この「取引」は1年以上も前の2018年6月の第1回米朝首脳会談で決まっています。

 その結果、例年なら春に実施される実戦型の大規模の米韓合同演習は、今年からすべて中止されています。この記事を載せるのなら、どんなに遅くとも、今春に載せるべきでした。

 注目すべきは、普通の人に迎合してきた中央日報が、米国に見捨てられたと「ようやく」書き始めたことなのです。

 第1回米朝首脳会談で、多くの韓国人は「これで朝鮮半島に平和が来る」と浮かれた。『米韓同盟消滅』の第1章第2節でも書いていますが、会談直後には何と、64・7%の韓国人が「北朝鮮を信頼できる」と考えたのです。

 実際は、北朝鮮の非核化と米韓同盟廃止がセットになった――つまり、トランプ(Donald Trump)政権は韓国を見捨て、同盟を取引材料にしたのです。が、多くの韓国人は「北朝鮮との関係改善」に目がくらみ、韓国の安保に関わる重大な動きを見落としてしまったのです。

 普通の人の「浮かれた空気」を壊さないよう、中央日報は文在寅政権の南北融和政策に好意的だった。でも今、その中央日報が同盟の危機を訴え始めた――。この変化に注目すべきなのです。


■2分間の首脳会談を「116分」


――米韓首脳会談がたった2分間だった事件もありました。それでも同盟に危機感を持たなかったのですか?

鈴置: 2019年4月11日にワシントンで開いた米韓首脳会談で、両大統領が2人だけで会ったのはたったの2分間でした。それも夫人同伴です(「米韓首脳会談で赤っ恥をかかされた韓国、文在寅の要求をトランプはことごとく拒否」参照)。

 はたから見る人は「米国はもう、韓国をまともな同盟国として扱っていないな」と考えます。緊密な関係にある国同士なら、トップだけで会って、機密情報や本音の意見を交換するのが普通です。

 でも人間は、見たくないものは見ないのです。韓国人もそうでした。中央日報は当時の記事で「2分間」にはちらりと触れました。が、青瓦台(大統領府)の発表通り「閣僚らを含めた全体会合を入れると116分に及んだ」と強調しました。

 見出しも、わざわざ「116分間の韓米首脳会談終了…文大統領『近く南北会談推進』」(4月12日、日本語版)とするなど、「2分間」が目立たないよう報じたのです。反・文在寅色の濃い朝鮮日報が「2分間」に焦点を当てたのとは対照的でした。

 しかし、ついに中央日報も半年後の9月23日の米韓首脳会談を報じるにあたっては「同盟の危機」を指摘せざるをえなくなりました。誰が見ても、韓国がまともな同盟国として扱われていないことが明白になったからです。


■GSOMIA破棄を叱らなかったトランプ


 同紙の社説「『空っぽ』の韓米首脳会談で先が見えない韓米同盟」(9月25日、日本語版)はトランプ、文在寅両大統領の間で日韓GSOMIA(軍事情報包括保護協定)の話題が一切出なかったことに「同盟の終焉」を見いだしました。以下です。

・11月には韓米同盟の重要な基盤であるGSOMIAが破棄される。GSOMIAが中断されれば韓米連合防衛体制に決定的な亀裂が生じる。それでも両首脳は今回の会談で同盟復元のための可視的な結果を出すことができなかった。GSOMIAは議題にもならなかった。

 この会談でトランプ大統領がGSOMIA破棄の翻意を促すだろうとの観測が韓国では一般的でした。日―米―韓の3国軍事協力の象徴でもある重要な協定だから、破棄を表明した韓国に翻意を促すであろう。そうなったら日本の輸出管理強化の問題を持ち出し、米国を通じて撤回させよう――との計算もあったようです。

――韓国はすっかり、計算が狂った……。

鈴置: 計算違いどころではありません。「米国が日韓GSOMIAを復元しようとしない」のは「日―米―韓の3国軍事協力を重要視しない」ことであり、ひいては「米韓同盟の存続に関心がない」ことを示唆します。

 トランプ大統領から「日本とのGSOMIAを続けよ」と叱られるのならまだよかった。叱られているうちはまだ「味方」扱いされているからです。叱られもしないのは見捨てられた証拠なのです。


■米国で浮上する「在韓米軍撤収論」


――韓国人も「見捨てられ」にようやく気づいた……。

鈴置: 翌9月26日の中央日報の社説「尋常でないワシントンの在韓米軍撤退論」(日本語版)は絶望感溢れるものでした。ポイントを引用します。

・在韓米軍撤収という主張が米ワシントン政界で強まっているという。大統領候補当時から在韓米軍の撤収を主張していたトランプ大統領だけでなく、米政官界の主流勢力内にも同調勢力が増えているということだ。
・韓米首脳会談で、双方は対北朝鮮政策に「変革(transform)」を起こすことで合意したという。「先に非核化、後に制裁緩和」という従来の立場から外れる可能性が出てきた。
・北朝鮮はかつて主張してきた「平和協定締結」がうまくいかないため「体制保証」要求に戦略を変えた。こうした論理に巻き込まれれば、北朝鮮の核の脅威はそのまま残る状況で在韓米軍の撤収につながるおそれがある。最悪のシナリオだ。

 何度も申し上げますが、中央日報が「在韓米軍撤収」に警鐘を鳴らしたことが興味深いのです。保守の牙城である朝鮮日報は前から同盟の危機を訴えてきた。一方、ハンギョレなど左派系紙は、普通の人の不安をかき立てるそうした視点では書かない。

 10月3日の文在寅退陣要求デモに数十万もの人が加わったのも、「タマネギ男」への怒りだけでは十分な説明がつきません。

 中央日報が訴える「同盟消滅」への恐怖が普通の人に共有されたから、と見るべきです。実際、デモでは「米韓同盟死守」というシュプレヒコールも叫ばれました。


■米国の「新提案」は米軍撤収か


 10月5日、米国と北朝鮮はストックホルムで首脳会談の布石となる実務協議を開きました。国務省は記者発表で「米国代表団は(2018年6月の)シンガポールでの米朝首脳会談で約束した4項目合意を進めるためのいくつかの新たな提案を示した」と明かしました。

 国務省の言う「新提案」とは北朝鮮の求める、安全を担保する米国側の措置――例えば、在韓米軍の撤収を意味すると見られています。

 10月6日夕、北朝鮮外務省は「(北)朝鮮への敵視政策を完全かつ不可逆的に撤回するための措置をとるまでは、今回のような協議はしない」との声明を発表しました。これからも敵視政策の完全な撤回――在韓米軍撤収や米韓同盟廃棄が米朝協議の焦点になっていることが伺えます。

 北朝鮮側は10月5日に「実務協議は決裂した」と発表していますが、交渉を優位に進めるためのブラフでしょう。今後、3回目の米朝首脳会談が開かれれば、「在韓米軍撤収」が可視化する可能性が高い。韓国人の「見捨てられ」への恐怖は増すばかりです。


■「駐留なき安保」は不可能


 見落としてならないのは「在韓米軍撤収」が「米韓同盟消滅」につながっていくことです。この同盟には自動介入条項がない。その代わりが在韓米軍の存在です。

 北朝鮮が韓国の領土を軍事力で侵すと在韓米軍も危険に直面する。そこで米軍も反撃に加わる――という仕組みです。在韓米軍が存在しなくなれば、米軍参戦の「引き金」がなくなってしまうのです。

 韓国にとって警戒すべきは北朝鮮だけではありません。在韓米軍がいなくなれば、韓国が実効支配する東シナ海の暗礁、離於島(イオド)に、いつ中国が侵攻するか分かりません。独島(竹島)にも日本が攻めてくる、とも多くの韓国人が信じています。


■「民族の核」に突き進む南北朝鮮


――韓国はどうするのでしょうか。

鈴置: 文在寅政権は大声では言いませんが、「核を持つ北朝鮮と手を組めば『民族の核』を当てにできる」と考えています。2020年から韓国海軍は垂直発射管を持った3000トン級の潜水艦を実戦配備します。

 10月2日に北朝鮮はSLBM(潜水艦発射型弾道ミサイル)を試射しました。ただ、弾道ミサイルを発射できる垂直発射管を備えた潜水艦はまだ、配備していません。建造中と北朝鮮は発表していますが、その技術・資金力から見て実際に運用できるかは怪しい。

 敵の核先制攻撃に耐え、核で反撃できる第2撃能力――弾道ミサイル発射型の潜水艦を持たねば、本当の意味で核武装国にはなれません。

 文在寅政権は北朝鮮に対し「南の弾道ミサイル発射型潜水艦と、北の核弾頭・ミサイルを組み合わせれば『民族の核』を完成できる」と持ちかけるつもりでしょう。

 すでに、北朝鮮は韓国に対し「北の核と南の経済力を合わせ、民族を興そう」と提案しています(『米韓同盟消滅』第1章第4節「『民族の核』に心躍らせる韓国人」参照)。

 文在寅政権は大統領以下、「米韓同盟こそが諸悪の根源」と考える人たちで占められています。「同盟廃棄」と「北の核武装維持」をセットで実現したい。そんな彼らにとって「同盟廃棄」に抵抗感を持たないトランプ大統領の登場は千載一遇のチャンスなのです。


■保守への期待は禁物


――日本としては「文在寅退陣運動」に期待すべきですね。

鈴置: 韓国の核武装を阻止する観点からは期待できません。仮に、文在寅政権が退陣して保守が政権をとったとしても、彼らも核武装に動く可能性が高いからです。

 保守政権に対してはある程度、米国のグリップが効くでしょう。が、それでも在韓米軍が撤収すれば、韓国は強引に自前の核を持とうとするはずです。

 韓国が来年配備する弾道ミサイル潜水艦だって、自前の核をいつでも持てるよう、保守政権の時に建造を始めたのですから。

 米国の圧力で核武装を阻止できたとしてもその時、韓国は「中国の核の傘に入る」という選択をしかねない。保守を含め韓国人には、中国に逆らう根性はないのです。

 そもそも、「文在寅退陣」は容易ではない。左派だって9月28日、10月5日と「゙国擁護と文在寅支持を訴える集会」を開きました。10月3日の保守のデモほどではなかったようですが、かなりの人数を集めたのです。

 結局、韓国の保守に期待すべきではない。自分の国の安全保障に関わることを、他国の特定勢力に期待すること自体が危い発想と思います。

鈴置高史(すずおき・たかぶみ)
韓国観察者。1954年(昭和29年)愛知県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。日本経済新聞社でソウル、香港特派員、経済解説部長などを歴任。95〜96年にハーバード大学国際問題研究所で研究員、2006年にイースト・ウエスト・センター(ハワイ)でジェファーソン・プログラム・フェローを務める。18年3月に退社。著書に『米韓同盟消滅』(新潮新書)、近未来小説『朝鮮半島201Z年』(日本経済新聞出版社)など。2002年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。

週刊新潮WEB取材班編集

2019年10月7日 掲載

関連記事(外部サイト)