2020年の朝鮮半島 「帰らざる橋」を渡り始めた韓国 南北クーデターの可能性に注目

2020年の朝鮮半島 「帰らざる橋」を渡り始めた韓国  南北クーデターの可能性に注目

(12月13日)左派の運動家による糾弾大会。ハリス米大使の“髭”を抜く嫌がらせも。

 2020年の朝鮮半島は大荒れしそうだ。米韓同盟の存続に黄信号が灯ったからだ。北朝鮮の体制の揺れも見逃せない。韓国観察者の鈴置高史氏が分析する。


■共通の敵を失い、離婚寸前


鈴置:朝鮮半島情勢がいよいよ煮詰まってきました。米中の覇権争いが激しくなる中、韓国の「離米従中」が露骨になってきたのです。

 文在寅(ムン・ジェイン)大統領の「本音」を語ると見なされる文正仁(ムン・ジョンイン)大統領統一外交安保特別補佐官が、韓国は中韓同盟を結ぶ手がある、と言い出しました。

 トランプ大統領も北朝鮮包囲網で米国に協力する国を挙げた際、ロシア、中国、日本とNATOに言及しましたが、韓国は除きました。韓国をロシア、中国よりも疎遠な国として取り扱ったのです。米韓は離婚寸前です。

 こうした動きに関しては「ついに『中韓同盟』を唱え始めた文在寅政権 トランプ大統領は『韓国は北朝鮮側の国』と分類」でご覧になれます。

 米国と韓国は共通の敵を失った。韓国は台頭する中国を絶対に敵に回したくはない。北朝鮮も今の左派政権にとっては和合の対象です。韓国にすれば米韓同盟は不要な存在です。

 ことに米中の覇権争いが露骨になった2018年以降、中国から「米国と別れろ」と脅されています。米国との同盟は不要どころか「危険物」になったのです。


■大統領補佐官が「嫌がらせ作戦」


――でも、そんなに簡単に同盟を壊せるものでしょうか?

鈴置:左派は米国に対する「嫌がらせ作戦」を展開しています。「中韓同盟」発言の文正仁特別補佐官が音頭をとっています。

 まず9月9日、文正仁特別補佐官は高麗大学の講演で「傲慢な米国」に抗するため米大使館にデモをかけろ、と呼びかけました(「韓国は元々中国の属国――米国で公然と語られ始めた米韓同盟の本質的な弱点」参照)。

 すると10月18日、ハリス(Harry Harris)米大使の公邸に左派の学生ら19人が侵入しました。在韓米軍経費の分担引き上げに反対し「ハリスは出て行け」「米軍は撤収しろ」と叫んだのです(「文在寅のせいで米国に見捨てられる 核武装しかないと言い始めた韓国の保守派」参照)。

 塀に梯子をかけ、乗り越えて公邸に侵入したのですが、警備の警察官は見ているだけで止めませんでした。青瓦台(大統領府)の高官の呼び掛けに応えた「愛国者」に手は出せなかったのでしょう。

 当然、この手抜き警備に米政府は強く抗議しました。が、韓国の警察は関係した警察官の誰にも責任を問いませんでした。「反米運動」をそそのかす青瓦台に忖度したと思われます。


■米国大使の髭を引き抜く


 12月13日、調子に乗った左派の運動家は米大使館前でハリス大使の糾弾大会を開きました。ハリス大使の写真にぶら下げた髭代わりの紐を引き抜いたり、大使の写真を貼ったボールを蹴り飛ばすなど、嫌がらせを尽くしました。

 韓国側に分担金の引き上げを求めた際、大使の態度が「植民地の総督」のように傲慢だった、と彼らは主張しています。「植民地」を持ち出したのは、ハリス氏の母親が日本人だったからです。

 なお、「植民地の総督」は北朝鮮が使い始めた表現です。韓国の左派が北朝鮮の指示の下、動いているのがよく分かります。

 この日の集会のスローガンは「ハリスを追放せよ」に加え「在韓米軍は要らない。出て行け」でした。米メディアもロイター電「South Korean Protesters destroy portraits of U.S. ambassador」(12月13日、英語版)などを使い、一斉に報じました。


■「米軍撤収」に誘導


――結局、「米軍は出て行け」との要求なのですね。

鈴置:その通りです。それが北朝鮮の長年の「願い」です。文正仁特別補佐官の「中韓同盟」発言の目的もそこにあります。

「在韓米軍がいなくなる、あるいは米韓同盟が消滅すれば、我々は誰に守ってもらえるのだろう」と不安になる韓国人が多い。

 文正仁発言は「中国が核の傘で守ってくれるから米韓同盟がなくなっても大丈夫だ」と国民を安心させる効果があります。もちろん、米国に対する当てつけも狙ったのでしょうが。

――「出て行け」と言えば出て行くのですか、米軍は。

鈴置:韓国政府が仕掛けるのは反米集会などの嫌がらせだけではありません。制度的にも米軍撤収の準備を進めています。韓国軍の戦時の作戦統制権を引き渡すよう求め、米国に呑ませ済みです。

 これに伴い、米韓連合司令部のトップも韓国側が出すようになります。すると、米国は韓国から軍を撤収する可能性が高まります。一定規模以上の部隊の指揮は他国に任せない、との原則を米国は持つからです。

 米韓の間では明確な期日を確定していませんが、文在寅政権はその任期が終わる2022年5月までに実現するつもりです。


■日本が独島に攻めてくる


――在韓米軍がいなくなっても同盟は続くのでは?

鈴置:「駐留なき安保」論ですね。韓国の場合、それは難しい。在韓米軍の撤収とともに、同盟も壊れる可能性が高い。米韓同盟には自動介入条項がないからです。今は在韓米軍が存在するからこそ、自衛の意味から侵略者に対し米軍は戦います。

 しかし米軍撤収後に北朝鮮や中国が韓国を攻めた際、米国が軍を送るかは疑問です。その義務はないからです。これまでなら他の同盟国が米国を信頼しなくなる、との懸念から米国は介入したと思います。

 でも、これだけ露骨に韓国が「離米従中」に走った以上、その懸念は薄れます。同盟国は「韓国は不実だったから見捨てられた」と考えるからです。むしろ米国は「裏切り者の末路」を示すことができるのです。

――在韓米軍が撤収したからといって、侵略されるとは限らない……。

鈴置:もちろんそうです。でも、侵略の可能性が増すのは事実です。例えば、日本。米軍がいなくなれば日本が竹島(韓国名・独島)を取り返しにくると多くの韓国人が信じています。それ以上に北朝鮮、中国、ロシアからの攻撃に備えた方がいいと思いますが。

 結局、そうした可能性に備え、韓国人は新たな同盟国が必要になります。核保有国に囲まれていますから、新たな同盟の相手も核を持っていなければ意味がありません。

 左派は同胞である北朝鮮の核の傘を頼ろうとします。ただ、「北の非核化」が叫ばれている最中ですから、露骨には言えない。そこで中国の傘に入るフリをしつつ「民族の核」を頼るわけです。

 文正仁特別補佐官の「中韓同盟論」も、その臭いが濃い。「中国との同盟」を示唆しつつ、最後は「民族の同盟」に持って行くつもりと思われます(「ついに『中韓同盟』を唱え始めた文在寅政権 トランプ大統領は『韓国は北朝鮮側の国』と分類」参照)。


■左派に勝てない親米保守


――韓国の親米保守派は同盟を守ろうと立ち上がらないのですか?

鈴置:保守は連日のように大衆集会を開き、文在寅政権を糾弾しています。掲げる罪状の1つが「同盟破壊」。集会には太極旗とともに星条旗も掲げられるのが普通です。

 保守は死に物狂いです。左派が北朝鮮と組むことにより「民族の核」を持てば、左派が永久に天下をとることになります。

 北朝鮮と関係の良い南の政権だけが「核のおすそわけ」を享受できるからです。左派の天下の下、保守に生きて行く余地は与えられないでしょう。

――保守の政権打倒運動は成功するのでしょうか?

鈴置:その可能性は低い。文在寅政権の任期はまだ、2年半も残っている。政権半ばで倒すには、弾劾して罷免するしかありません。

 それには2016年の朴槿恵(パク・クネ)打倒運動の背景にあった国民的な反政府感情の高まりが必要ですが今の韓国に、そんな空気はありません。

 不正入学やインサイダー投資など、大統領と近い法相一家のスキャンダルが発覚しても政権の支持率はさほど落ちませんでした。その後も、選挙介入や捜査妨害など青瓦台(大統領府)がらみの疑惑が相次ぎ発覚しましたが、国民的な怒りには高まっていません。

 そもそも弾劾には国会で3分の2の議席が必要です。野党第1党の自由韓国党に、その他の保守・中道政党を足しても3分の2に届きません。

 2020年4月に総選挙がありますが、自由韓国党はそこで3分の2をとるどころか、現在の50%弱の議席を守るのも難しいと見られています。与党の「共に民主党」が小政党を味方に付け、比例代表議員の比率を増やした選挙制度改革に成功しかけているからです。


■3度目のクーデターは可能か


――残るはクーデターですね。

鈴置:確かに「左派を倒すのはクーデターしかない」と言う韓国人が増えています。ただ、「今の軍部にクーデターを敢行する根性はない」と言い切る人が多いのも事実です。

 建国以来、韓国軍は2度にわたってクーデターに成功しました(「゙国法務長官が突然の辞任 それでも残るクーデター、戒厳令の可能性」参照)。

 いずれも独裁政権が倒れ、民主化ムードが高まった時でした。共通したのは「民主化はいいけど、国が混乱すると北朝鮮に付けこまれる」と、国民が不安になった時でもありました。

 軍事力を行使するクーデターといっても、名分と共感が必要です。当時と比べ、今は北朝鮮に対する敵愾心と警戒感が極度に薄れていますから、クーデターは容易ではありません。「軍人の根性」だけの問題ではないのです。

――では、韓国では絶対にクーデターは起きない?

鈴置:世の中に「絶対」はありません。保守がさらに追い詰められれば、例えば、検察に代わって上級公務員の不正を取り締まる「高官不正捜査庁」が発足すれば話は変わってきます。

 「上級公務員」には検察官や軍人も含まれます。保守政権を守ってきた2つの勢力を狙い撃ちにして左派の永久執権を図る組織、と保守は見なしています。

 だから現在、文在寅大統領に近い前の法務長官の゙国(チョ・グッ)氏に捜査の手を伸ばすなど、検察が政権打倒に立ち上がったのです。「検察だけが左派と闘っている」との声も保守からはあがっていますから、「軍も立つ」可能性を完全には否定できないのです。


■65%が「米軍削減やむなし」


――でも、ざっくり言えば、2020年にはずるずると米韓同盟の解体が進む……。

鈴置:そう思います。まずは、在韓米軍の分担金問題が加速するからです。一気に約5倍の、47億ドルとされる分担金要求には韓国の保守も苦い思いで見ています。

 シカゴ国際問題評議会が12月9―11日に韓国人1000人に聞いた世論調査によると、56%が「北朝鮮との武力衝突の際、韓国だけで勝てる」と信じていることが明らかになりました。半分以上の韓国人が、在韓米軍は不要と考えているのです。

 分担金交渉で合意できなかった場合について聞いたところ、54%が「同盟は維持すべきだが、在韓米軍削減やむなし」、9%が「同盟は維持すべきだが、米軍は撤収するべきだ」、2%が「同盟を終えるべきだ」と答えました。一方、「同盟も在韓米軍も現状通り続けるべきだ」と回答したのは33%でした。

 要は65%、約3分の2の韓国人が「自分の気にいらない分担金を払わされるくらいなら在韓米軍を削減しても、完全撤収しても、あるいは同盟を打ち切ってもいい」と考えているわけです。

 この世論調査の結果は「While Positive toward US Alliance, South Koreans Want to Counter Trump’s Demands on Host-Nation Support」(12月16日)で読めます。

 分担金交渉を機に、在韓米軍の削減・撤収が始まる可能性がかなりあります。米国側だって、トランプ(Donald Trump)大統領自身が「在韓米軍の兵士を故郷に返す」と公約しているのですから(『米韓同盟消滅』第1章第1節「米韓同盟を壊した米朝首脳会談」参照)。


■文在寅を脅しあげた習近平


 もう1つの同盟破壊要因が「中国の圧迫」です。米韓の間の亀裂を見て、そこに中国がくさびを打ち込み始めました。

 12月23日の北京での中韓首脳会談で、習近平主席は文在寅大統領に対し、米軍が韓国に配備したTHAAD(地上配備型ミサイル迎撃システム)について「妥当な解決を望む」と語りました。撤去を要求したのです。

 朝鮮日報の「習近平、文大統領に『THAADは妥当な解決を望む』」(12月23日、韓国語版)が伝えました。

 2017年10月31日、韓国は「これ以上はTHAADの配備を認めない」との条項をふくむ3つのNO(三不)を中国に約束しました。文在寅政権は「これでTHAAD問題は解決した」と発表しましたが、今になって中国は完全な撤去を要求し始めたのです。

 中国外交部のサイト(12月23日、中国語)によると、習近平主席は「保護主義、自分勝手なやり方、強圧が世界に逆行して混乱を呼び、平和と安定を脅かしている」とも強調しました。

「保護主義、自分勝手なやり方と強圧」とは、米国による中国包囲網を指します。習近平主席は「その一環たるインド太平洋戦略に加わったり、中距離ミサイル配備に同意したら承知しないぞ」と、韓国を脅しあげたのです。


■ヘビに睨まれて「香港は内政問題」


 文在寅大統領は「ヘビに睨まれたカエル」でした。「香港、新彊ウイグル自治区に関わる問題は全て中国の内政だと韓国側は認識している」と述べました。

 香港などでの中国の人権弾圧に対し西側が批判を強めている中で、徹底的に習近平主席にゴマをすったのです。中国政府が外交部のサイト(12月23日、中国語)に載せました。

 韓国政府は「そうは言っていない。習近平主席の内政問題との発言に文在寅大統領が『承った』と答えただけ」と説明しました。

 しかし、仮に韓国側の説明が本当だったとしても、その場で習近平主席に反論しておらず、中国の発表に関しても訂正を要求していません。世界からは見苦しい弁解と受け止められるでしょう。

――すっかり、中国の言いなりですね。

鈴置:韓国人はついに、「帰らざる橋」――ノー・リターン・ポイントを渡り始めました。在韓米軍の削減、撤収の動きと絡んで、THAADを追い出しにかかるかもしれません。そうなれば、米韓関係は完全に破綻します。

 2020年、もう1つ見過ごせないのが、北朝鮮の体制の動揺です。米韓同盟の揺れと共振すれば、半島には間違いなく巨大な地殻変動が起きます。


■外貨準備の枯渇に悩む金正恩


――北朝鮮の動揺とは?

鈴置:金正恩(キム・ジョンウン)委員長の焦りが目立ちます。米国が主導してきた経済制裁の2019年末までの解除を求め、ミサイルは撃ちまくるは口頭では脅すは、挑発の度を高めています。

 2017年末、核・ミサイル実験を繰り返す北朝鮮に国連は経済制裁を課しました。その柱の1つが朝鮮人の出稼ぎ労働者の受け入れ禁止です。2年間の猶予期間が付いていましたが、それが2019年12月22日に切れました。

 大量の出稼ぎ労働者を受け入れていた中国とロシアは、米国の顔色を見て北朝鮮に送り返す姿勢は見せています。もし本当に実行すれば、年間5億ドルと推計される外貨が北朝鮮に入らなくなります。

 これにより、北朝鮮の外貨準備は危険な状況に陥ると思われます。2017年末から発動されている北朝鮮産石炭などの輸入禁止などで、2018年以降の北朝鮮の輸出はそれまでと比べ、約半分に激減している模様です。

 一方、食料品など北朝鮮の輸入はさほど減っていません。下手すれば体制を揺らす暴動が起きかねないからでしょう。それを恐れて金正恩体制は、乏しい外貨準備で貿易赤字を補填してきたのですが、ついに底を付き始めたということでしょう。

――だから必死でミサイルを撃つなど挑発している……。

鈴置:でも、それは逆効果です。北朝鮮が逆上するほどに、米国や日本は「制裁の効果はあがっている。これを続けて行けば北朝鮮は音を上げるぞ」と考えるからです。


■「金正恩打倒」と米国が唆せば……


――ではなぜ、金正恩委員長は弱点を見せてしまうのでしょうか?

鈴置:体制崩壊への恐れから、冷静な判断ができなくなっているのだと思います。制裁が続けば外貨準備が枯渇する。すると食糧を輸入できなくなり政権への批判が高まる――との恐怖です。

 厳しい監視体制の下、組織的な反体制運動は起きないかもしれません。でも、国民の不満の高まりを見て、軍が金正恩委員長を見限り、クーデターを起こす可能性は排除できません。

「お前と家族の面倒は見てやるぞ」と米国からささやかれれば、先細りの金正恩体制を裏切る軍人が出てくるだろう、と見る専門家がけっこう多いのです。

――クーデターは韓国だけではない……。

鈴置:そう、南と北の「2020年のクーデター」に目配りする必要があります。原因は南北それぞれにありますが、ひょっとすると、南から北、あるいは北から南へと伝染する形となるかもしれません。

鈴置高史(すずおき・たかぶみ)
韓国観察者。1954年(昭和29年)愛知県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。日本経済新聞社でソウル、香港特派員、経済解説部長などを歴任。95〜96年にハーバード大学国際問題研究所で研究員、2006年にイースト・ウエスト・センター(ハワイ)でジェファーソン・プログラム・フェローを務める。18年3月に退社。著書に『米韓同盟消滅』(新潮新書)、近未来小説『朝鮮半島201Z年』(日本経済新聞出版社)など。2002年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。

週刊新潮WEB取材班編集

2019年12月25日 掲載

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