金正恩、病院視察報道に秘められたウソとホント

■9枚の写真のみで動画はナシ


 7月20日、北朝鮮の労働新聞などのメディアは一斉に、金正恩が建設中の平壌総合病院を現地視察したと報じた。4月から続く雲隠れ期間中、側近らとしか会っていなかった金正恩が外部現場視察を行ったのは、5月1日の肥料工場竣工式以来、2度目。この報道からわかる北の真意とは? 北で博士号を取得した著名専門家による分析。

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 労働新聞は記事と一緒に9枚の写真をアップしましたが、動画はありません。そこでニュース記事と写真に登場する面々について検証し、北朝鮮が伝えようとするメッセージの核心は何か、なぜこの時期に金正恩が平壌総合病院を視察したニュースを報じたのか、その意図を考えたいと思います。

 平壌総合病院は今年3月に着工。党の創建75周年となる10月10日までの完成が至上命令となっているものの、新型コロナウイルス対策の国境封鎖によって工事に遅れが出ているといわれています。だから今回、金正恩は建設責任者ら幹部を怒鳴りつけたということです。

 それから幹部は工事の遅れを取り戻そうと、地元住民らに労働動員をかけました。これは過去に幾度となくなったもので、普段仕事のある住民らは無報酬で工事に協力しなければなりません。

 私のYouTubeチャンネルでは数日前、平壌総合病院の深刻な建設遅延状況を報じる中で、当局からタダ働きを強要されている北朝鮮住民の悲鳴と嘆きをお伝えしました。平壌総合病院がオープンしたら、その病院で、市民の利益を無視して保身しか考えないヒラメ幹部たちの「既得権益病」から治すべきだという声が上がっています。

 おそらく住民らの声や実態が金正恩の妹で権力を掌握しつつある金与正に報告されたのでしょう。金与正は7月10日、非公開で病院の建設現場を視察しており、今回はその対策を金正恩名義で発表したのではと考えられます。

 日に日に高まる北朝鮮住民、特に平壌市民の不満をそのまま放置しておけば、反発を買う恐れが排除できないということでしょう。

■35度なのに上着を脱がない


 チュニジアで勃発した中東のジャスミン革命(民主化運動)はどのように起きましたか。行商を営んでいるチュニジアのある青年が、「街中で行商をするな」と他の雑貨商に邪魔され、家族の生活を支えられなくなったのを悲観して焼身自殺します。それに触発されて民衆が蜂起したのではありませんか。この青年のことがSNSによって拡散し、青年と同じ境遇にある、当局から乱暴を受けてきた住民たちが立ち上がったのです。

 人は大切なものを奪われるとき、理性を失って死に物狂いで対抗するのです。

 ところで、このニュースと写真をよく見ると、金正恩の病院視察について、また疑問が湧いてきました。

 まず言えるのは、金正恩が現地で幹部とだけ話をしたことです。金正日が視察する場合、幹部のみならず住民たちと触れ合うことにしていました。そうすることでカリスマ性を示していたわけです。しかし今回はそういった堂々とした態度ではなかった。視察にやってきた金正恩が偽物だから、独裁者然として振舞うことはできなかったと指摘されるわけです。コロナだから人を減らしたのではと見る向きがあるかもしれませんが、北にコロナはないことになっているのです。

次に、金正恩が上着を脱がないことです。現在の平壌の気温は30度前後であり、数日前には35度まで上昇する猛暑に見舞われました。ですが、最近の金正恩の写真と動画は、一様に黒いスーツを着るのみ。彼が12月の寒波でも上着を着用せず、白いシャツを着ているのを幾度となく見てきました。なぜ普段とは違う行動を続けるのか理解できません。

 また、写真の金正恩の顔は、他の人とは違い、かなり加工が施されています。雲隠れして以降、彼の動静を伝える報道では常に画像処理のあとが見え隠れするのです。周りの人々は自然な感じなので、なぜ金正恩の顔だけ画素が歪んでいるのでしょうか。それに動画もまだ公開していないのも不審に思われます。軍部隊や特殊な状況での現地視察を除き、ほとんどの場合、必ず動画は公開されるものです。

■金与正にとっては10月10日がデッドライン


 加えて、幹部に対しては、「党が定めた10月10日までに竣工式を必ず行わなければならない」などと強調しませんでした。強調できなかったと言うべきかもしれません。金正恩が本物ならそう主張したのは間違いない。普通ならそうするはずなのに、フェイクだから遠慮したりするわけです。

 今回もですが、金正恩の挙動はかなり怪しいと言わざるをえません。

 金与正は国際世論が騒ぎ立てるのではないかと、金正恩の健在ぶりを示すために嘘に嘘を重ねているのでしょう。それは見苦しいとしか言いようがない。

 金正恩が健在でないなら、金与正はその事実を明らかにすべきです。彼の健康悪化と関連し、これ以上隠しきれないデッドラインが近づいています。それこそ、10月10日の党創建75周年の行事なのです。

 これまで金正恩の健在ぶりをアピールしてきた北朝鮮と、金正恩の実際の状況を知っているのに知らないフリを決め込んで、北を擁護して追い詰めない韓国の従北左派。そういった勢力と、金正恩の健康不安説を提起してきた人々との「攻防戦」が終わる日はそう遠くありません。

金興光(キム・フンガン)
北朝鮮の平壌金策工業総合大学電子工学卒業後、咸興共産大学で博士号を取得。2003年に韓国へ脱北し、2006年には韓国政府内の統一部北朝鮮離脱住民後援会課長を経て現在、(社)NK知識人連帯の代表を務めながら韓国内で対北専門家としてTV、新聞、YouTubeなどで活躍中。http://www.youtube.com/c/NKtv3

週刊新潮WEB取材班編集

2020年7月23日 掲載

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