ガーナ共和国にはまだ「王様」がいた 旅の形、国の形(ガーナ・クマシ)

 中南部クマシの町はずれに怪しげな呪術師の管理する自称「世界遺産」というものがあり、それに行ってみたのだが、看板は外れて道に打ち棄てられており、質素なあばら家があるのみだった。世界遺産らしきものは見当たらなかった。

 落胆したままクマシの町に入ると、なんとなく町全体がざわついているように見えた。街路はごった返し、道行く人々はよく着飾っている。みなどこかに向かう途中のようだ。

「今日はお祭り?」とガーナ在住の友人に聞くと、「そのようだね」と言う。「でも何のお祭りなんだろう。特に祝日というわけでもないし」

「行ってみようか」

 人々が行く先を追っているうちに、大きな広場に行き着いた。着飾った人々はその中に吸い込まれていく。男たちは白や金を基調にした布でざっくりと裸の身体を覆い、太鼓を持っている者もいる。同系統の布でそろえた一団も見える。女たちは上下・帽子のセットになったスリーピースを纏い、こちらも白地や金地が多いが、男たちに比べるとはるかにカラフルで、彼女らのいかにもアフリカ風な色鮮やかさに少しワクワクする。

 人々は、赤や金の布を張った大きな傘を持っていた。その傘の大きさといえば仮設テントほどもあった。広場の片隅に傘を休ませつつ、自らもその傘の下に腰掛けて休む男たちの姿が見える。ざわざわと賑やかな広場が何か大事な祭りの会場であるということが、彼らのうやうやしく傘を扱う姿から分かった。その中には私たちのほかにアジア人などおらず、私たちはそれなりに注目を集める。好奇心を持った祭り風情の女が近づき、男は携帯で写真を撮ろうとする。そこでやっと、これは何のお祭りかと聞く。ひとりの男が広場の片隅に、立て看板を指さす。そこには「ハッピーバースデー」とあった。「アシャンティのオセイ・トゥトゥ2世陛下、誕生日おめでとう」と。

 どうやら私たちは王様の誕生日祝いの祭りに迷い込んでしまったようだった。

続きはJBpressで

関連記事(外部サイト)