ついに逮捕、アサンジは「抹殺」されてしまうのか ウィキリークス創設者・アサンジの逮捕劇を読み解く

(山田敏弘:国際ジャーナリスト)

 内部告発サイト「ウィキリークス」の創設者、ジュリアン・アサンジ容疑者が英国で逮捕された。

 世界的にも大きな騒動になっているこのニュース、アサンジの逮捕についてこれまでの経緯をまとめてみたい。

アサンジを保護するエクアドルに米国からの「報復」

 アサンジは、2010年8月、スウェーデンで女性に対する性的暴行を働いた容疑で国際手配され、12月に滞在先のイギリスで逮捕されている。その後、仮釈放となったアサンジは、2012年6月に反米の大統領がいるエクアドル大使館に駆け込み、政治亡命を申請。以降、7年以上にわたり同大使館に籠城していた。

 アサンジが恐れていたのは、英国で逮捕された後に、米国に身柄を引き渡されることだった。というのも、アサンジは米国で、米政府の機密情報をウィキリークスで公表したかどで、起訴されそうだったからだ。米国に身柄を送られることになれば、死刑になる可能性すらある。そんなことからアサンジは、保護されていたエクアドル大使館のバルコニーに姿を現し、「米国は魔女狩りをやめるべきだ」と声明を発表することもあった。

 一方、アサンジを保護するエクアドルに対して、米国はあからさまに「報復」を行ってきた。米国のエクアドルへの貿易は2015年には前年比で24億ドルも減少。エクアドルから米国への輸入も、34億ドルも減ってしまった。

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