新型コロナウイルスは生物兵器になり得るのか? 致死率が低くても敵の戦力を低下させることは可能

新型コロナウイルスは生物兵器になり得るのか? 致死率が低くても敵の戦力を低下させることは可能

(写真はイメージ)

(数多 久遠:小説家・軍事評論家)

 新型コロナウイルスは生物兵器なのではないか、という言説は、日本での感染が広がり始める前から目にするようになり、それは今も続いています。

 その大きな理由とされるのは、危険度が高い病原体を扱うことができるBLS-4(バイオセーフティーレベル4)」の研究施設が武漢に存在しているから、というものです。ウイルス兵器を開発するならば、BLS-4施設は必須です。

 そして、この事実に加えて、中国共産党政府の隠蔽体質と研究者を含めた中国人全体の衛生意識が低いというイメージから、新型コロナが生物兵器なのではないか、それが管理体制の不備で漏れ出してしまったのではないか、という疑念が沸き起こったのではないかと思います。

 私は医療やウイルスの専門家ではないので、医学的見地からこの問題を語ることはできません。しかし、自衛隊在職時に特に弾道ミサイル防衛に携わる中で、その弾頭としてNBC(Nuclear=核、Biological=生物、Chemical=化学)兵器が使われる可能性が高いことから、自衛隊内で教育も受け、独自に研究もしてきました。

 そこで以下では、新型コロナウイルスが生物兵器として価値があるのか否か、という点から、この問題を考察してみます。

生物兵器として威力・効果は十分か?

 新型コロナウイルスが生物兵器であることに否定的な論拠は、その致死率が兵器として考えた場合に低いという点にあります。

 生物兵器として警戒されている病原体、2001年に発生したアメリカ炭疽菌事件で使用された炭疽菌や、エボラ出血熱、それに以前、筆者が小説(『半島へ 陸自山岳連隊』祥伝社)で取り上げた天然痘などは、致死率が50%を超える可能性もある極めて毒性の強い病原体です。

 致死率は、母数となる罹患者の認定や医療レベルによる救命率によって変動します。また中国政府が発表する数値に信用が乏しいため、新型コロナウイルスは、現時点で言われている2%程度という数字よりも高い致死率である可能性が高そうです。とはいえ、それでも上記の警戒すべき病原体と比べれば、かなり低い致死率であることは間違いなさそうです。従来の考え方に則れば、致死率の低い新型コロナは生物兵器とは考え難い、と言わざるをえません。

 しかし、戦争のあり方も、そこで使用される兵器も、変わってきています。生物兵器に関しても、致死率が低くても有効な兵器になり得るケースがあります。

 ベトナム戦争時、アメリカが小銃弾を威力の大きな7.62mm弾から、小口径の5.56mm弾に変更した理由は、携行弾数の増加や連射時の精度向上が大きな理由でした。威力が低下することで致死性が下がっても、軍事行動においては、それがメリットにもなることもあるのです。たとえば、敵兵を銃撃した際に死亡させてしまうよりも負傷に留まらせた場合の方が、応急治療、後送に手間をかけさせることができます。つまり、銃弾の致死性を下げることで、敵側の前線の戦力を効率的に低下させることができるというわけです。

 生物兵器による攻撃でもこれと同じことが言えます。致死率の高い病原体を用いるよりも、致死性が必ずしも高くない病原体の方が、長期にわたって大量の患者が存在することになるため、医療リソースを食いつぶし、敵に負荷をかけることができます。新型コロナウイルスが、こうした企図を持って開発されたものだとすれば、致死率が高くないことをもって生物兵器ではないと結論してしまうのは誤りだということになります。

 ただし、そのような、そこそこの致死率と高い感染力をもつ病原体を用いた生物兵器は、戦場を選んで使用する必要があります。これは化学兵器でも同じようなことが言えますが、効果の持続性が長すぎるNBC兵器は前線では使用しにくいのです。理由は、眼前にいる敵部隊を化学兵器や生物兵器で打倒しても、その効果が残っている間は部隊を前進させることができないためです。

 化学兵器は一般的には毒ガスと呼ばれているため、空気のようなモノだと思っている方が多いかもしれません。しかし、ほとんどの化学兵器は、ミスト状に散布された液体です。サリンのように、単体では揮発して拡散してしまいやすい化学兵器は、添加物を加えて容易に拡散してしまわないように作られます。そして、この添加剤を調整することで、化学兵器の場合は持続性をコントロールすることができます。敵兵を殺傷した後、すばやく前進したければ持続性を抑えます。一方、後方地域の活動を長期間にわたって低下させたければ、持続性を高く調整した化学兵器を使うということです。

 生物兵器の場合、この持続性のコントロールが極めて困難です。それは基本的に使用される病原体に依存してしまうためです。また、敵の医療能力によっても持続力が大きく変動してしまいます。このため生物兵器が使用された実例は少なく、使われたケースでも、炭疽菌のように人から人には感染せず、持続力が低いものが使いやすい生物兵器となります。この点からみると、新型コロナウイルスは生物兵器としては極めて不適なものと言わざるを得ません。感染力が高いため、影響が及ぶ範囲が、時間的にも空間的にも、コントロールしにくいためです。

 しかし、武漢をはじめとした大都市が封鎖されるなど、今回の影響力の大きさを見ると、従来の考え方に基づいた、戦争におけるNBC兵器の使用とは異質な使用方法を想定することができます。つまり、平時において、敵の首都など経済活動の中心地で使用し、敵の国力を削り取るために使用するものだと考えれば、極めて効果的な兵器と言えるのです。

 2001年に発生したアメリカ同時多発テロ事件の死者は2996人、負傷者は6000人以上でしたが、新型コロナウイルスでは中国での死者が2300人(2月22日現在)を超えたことを考えれば、直接的な人的被害が同時多発テロを上回るのは確実でしょう。同時多発テロの物理的損害額は、100億ドルを超えますが、中国だけを考えても、今回の新型コロナウイルスの被害額は、これを余裕で超えそうです。効果という点では、極めて優秀であると言えます。中国だけでなく、水際阻止が不十分であった日本でも2020年のGDPは大幅に低下することになりそうです。

 以上のことから、新型コロナウイルスの生物兵器としての可能性については以下のように整理できるかと思います。

(1)その性能においては、従来型の戦争で使用することを考えた生物兵器だとは考え難い。

(2)ただし、平時を含めて対象国の政経中枢で使用することにより、対象国の国力疲弊を目的とする(国力漸減型)、テロ的な使用をされる生物兵器にはなり得る。

生物兵器としてオペレーションは容易か?

 次に、新型コロナウイルスが生物兵器だと考えた場合の運用性、つまりオペレーションの容易さを考えてみたいと思います。

 兵器としての生物兵器の運用を考えた場合、問題は「投射能力」(兵器を攻撃対象にまで到達させる能力)です。核であれば弾道ミサイルなどが投射能力と呼ばれますし、戦略的な観点では空母の保有数・能力が投射能力と言われることもあります。

 生物兵器をテロ的に使用する場合、まずは攻撃対象に接近する必要性、ありていに言えば、ウイルスを携行して入国する必要性があります。ウイルスはX線検査にも金属探知機に引っかかることもないため、保安検査をくぐり抜けるのは容易です。つまり、警戒網を突破することは容易です。

 次は、パンデミックに至らせることができるかどうかが問題となります。

 新型コロナウイルスをテロ用生物兵器として考えた場合、発症前にも感染力を持つという特質は、とても効果的です。

 自著のネタバレになってしまいますが、生還を意図しなければ、テロ実行犯自身がウイルスに感染して入国し、発病前に攻撃対象国内をスプレッダーとして動き回ることで、感染を一気に広めることさえ可能です。

 ウイルスは、初期の感染部位で増殖したウイルスが、血液によって全身に広まる1次ウイルス血症という状態になります。この後、それぞれのウイルスにとって増殖しやすい部位(自然宿主細胞)でさらに増殖し、正常な細胞を破壊、ウイルスによっては毒物を放出するため、病気として発症します。

 従来のウイルス性肺炎を起こすコロナウイルス(SARSなど)の場合は、肺で増殖し呼吸を困難にします。狂犬病では中枢神経系で増殖し、精神錯乱などの神経症状を呈します。この自然宿主細胞において、ウイルスは活発に増殖するため、血中、さらにはリンパ液などにもウイルスが大量に放出される2次ウイルス血症の状態になります。多くのウイルスでは、この段階で体外にウイルスが大量排出され、感染力を持つということになります。

 インフルエンザの感染力が強いのは、病気の治りかけから治った後だと言われます。それは、初期の感染部位(粘膜)でのウイルス増殖では、体外に排出されるウイルスが多くないためです。新型コロナウイルスの場合、初期の感染段階ですでに体外への排出が多くなるのでしょう。すなわち、ウイルスが自然宿主細胞での大量増殖を始める前の初期感染部位での増殖と、一次ウイルス血症での段階で、ウイルスの体外放出が始まるのだろうと思われます。この点は今後の研究で明らかになるでしょう。

 新型コロナウイルスでの生物兵器テロを考えた場合、この点は非常に重要です。誰もが、スプレッダーとなってしまい、無警戒の場合は、容易にパンデミックを引き起こすことになるからです。

 感染拡大という観点で、もう1つ注目すべき点は、前述した新型コロナウイルスの致死率の低さです。

 生物兵器として使用される可能性が高く、極めて致死率の高いエボラウイルスは、最近でもアフリカでたびたび発生しています。WHOなどの努力もあって、世界的な流行となることなく封じ込めに成功していますが、エボラの感染は、医療技術が低かった過去においても発生していたと思われます。それでも感染が世界的に広がらなかったのは、感染力に比較してエボラの致死率が高かったからだという推測があります。つまり、感染力に比して致死率が高いウイルスは、宿主である感染者を死亡ないしは重篤な状態にしてしまうため、感染が広がらない結果になるためです。

 新型コロナウイルスの場合、「致死率が低く、感染者が2次ウイルス血症となって大量のウイルスを体外に放出させつつ、医療機関での受診を求めて動き回った」ことが、感染を広めたのだと思われます。

生物兵器として開発は容易か?

 病原体を用いて生物兵器テロを企てる場合、困難が予想されるのは病原体の開発です。新型コロナウイルスの場合はどうでしょうか。

 BLS-4施設のような高度な研究施設の建設維持は、ISIS(いわゆるイスラム国)のような組織には不可能でしょう。ただし、ネズミなどの実験動物を使用して、自然発生的、あるいは放射線などを使用して変異ウイルスができることを期待する手法は可能です。

 信憑性に欠ける情報ですが、今回の新型コロナウイルスでも、似たような事象があった可能性が懸念されています。中国では、過去に研究施設の関係者が実験動物を食用として不正に横流ししていた事件があったそうです。今回も、武漢病毒研究所から病原体を宿したままのネズミ等が市場に流れたのではないかとの見方があります。こうした手法であれば、費用対効果には疑問が残りますが、テロ組織でも開発は可能です。

 この場合、研究場所が感染源となってしまう可能性もありますが、逆に攻撃対象国内でこうした意図的な病原体の発生を期待して、動物を感染させることはできるでしょう。たとえば鳥インフルエンザウイルスを、攻撃対象国の養鶏場に意図的に散布することは、極めて容易で効果的だろうと思われます。また、自然に生息しているネズミやコウモリに、元となる病原体入りの飼料を与え、意図的な繁殖と変異病原体の発生を期待することも可能です。人への感染を作為するには、現地の人間が食べるなど何らかの接触をする動物である必要がありますが、ペットともなるハムスターが宿主になれそうなウイルスであれば、日本などでは使える手法かもしれません。

 このように考えると、極端なことを言えば、毎年のようにアメリカで季節性インフルエンザが流行するのは、誰かが意図的に流行を作り出している可能性もあり得るわけです。

国としての防疫体制の強化が必要

 以上のように、新型コロナウイルスは、従来考えられてきた“戦場で使用される生物兵器”とは考えられませんが、攻撃対象国の経済・国力にダメージを与えることを目的とするテロ的兵器としては、可能性を排除することはできないでしょう。

 今後、世界各国は、そうした国力漸減型生物兵器を開発・使用しようとする国家やテロ組織が出てくることを警戒する必要に迫られます。もちろん日本も、厚生労働省はもとより、自衛隊の防疫能力の強化が必要でしょう。医療従事者だけでなく、防疫の知識と装備を持った”動ける人間”を多数準備しておくことが求められます。

 幸か不幸か、自衛隊は、鳥インフルのような人には脅威の低い病原体で経験を積んでいたため、今回、それほど混乱もなく対応しているようですが、外には聞こえてきていない問題も発生しているでしょう。

 新型コロナウイルスとの戦いは、これからが本番だと思いますが、まだ準備のできていない部隊にも早急に教育を施すなどして、緊急の体制強化が必要です。

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