ロシアの無駄に広い空港では、コーヒーすら飲めない <下川裕治のどこへと訊かれて>

ロシアの無駄に広い空港では、コーヒーすら飲めない <下川裕治のどこへと訊かれて>

チェックインフロアもジョギングができるほど空いている

 さまざまな思いを抱く人々が行き交う空港や駅。バックパッカーの神様とも呼ばれる、旅行作家・下川裕治氏が、世界の空港や駅を通して見た国と人と時代。下川版、「世界の空港・駅から」。第12回はロシア・モスクワのブヌコボ空港から。

*  *  *
 日本という山がちな島国に育ったからだろうか。ひたすら広い平原というものへの憧れがある。地平線に沈む夕日というものを夢想していた時期もある。

 これまでシベリア鉄道には3回乗った。ロシアという国の広さを体験したい、などと原稿では書いているが、広大な大陸を走り続ける列車旅の日々は、ひたすら暇である。前日とまったく同じ風景をまた1日見続ける。そしてまた翌日も……。暇なのだ。

 シベリア鉄道の平原部分は、列車なら4泊5日ぐらいの距離だと思う。こういう広さを、小さいころから体で覚えてしまった人が設計すると、こうなるのだろうか。

 モスクワのブヌコボ空港にいた。モスクワにはほかに、シェレメチェボ空港とドモジェドボ空港があるが、そのなかで、日本人にいちばんなじみが薄いのが、このブヌコボ空港だろう。

 以前は、モスクワの空港といえばシェレメチェボ空港だった。僕も薄暗いこの空港で何回か飛行機を乗り換えた。シェレメチェボ空港の老朽化を受けてつくられたのがドモジェドボ空港だ。いまでは国際線の離着陸便が最も多い。だからなのか、ブヌコボ空港という名前はあまり耳にしたことがなかった。年間90万人ほどしか利用しないのだから無理もない。

 ブヌコボ空港はなんでも、モスクワでいちばん古い空港だという。ロシアへの離着陸便が増えたことで、この空港も使わざるをえなくなったのだろうか。きっとこぢんまりとした空港だろうと思っていたのだが……。無駄に広いのだ。

 人も少ないチェックインフロアから出国審査を受け、搭乗フロアに出たのだが、そこから搭乗口まで歩くこと30分、いや40分。1941年につくられたというが、なぜ、こんなにも大きな空港をつくってしまったのだろうか。

 無駄な広さに、昨今のロシアの不景気が追い打ちをかけてしまった。搭乗フロアにある免税店などで開いていたのは4店ほど。搭乗口までの通路は、日本の地方都市のようなシャッター通りなのだ。

「この先にはなにもない」

 そういわれても、搭乗口までの通路をとぼとぼと歩くしかない。僕の前にも後ろにも、人の姿はなかった。

 広い国土で育った人の発想なのだろう。

 シベリアのタイガの森を、延々と歩き続けることができる人たちの空港である。

 飛行機の出発が遅れるという案内があった。どこかでコーヒーでもと思ったが、店が開いているエリアまでは往復で40分はかかる。乗客たちも、搭乗口でただ待ち続ける。皆、この空港の無駄な広さに身を委ねていた。

下川裕治(しもかわ・ゆうじ)
1954年生まれ。アジアや沖縄を中心に著書多数。ネット配信の連載は「クリックディープ旅」(隔週)、「たそがれ色のオデッセイ」(毎週)、「東南アジア全鉄道走破の旅」(隔週)、「タビノート」(毎月)など

関連記事(外部サイト)