【コラム】タイ人に愛された日本兵〜第7回〜終戦の日にチューチャイさんに捧ぐ(全7回)

【コラム】タイ人に愛された日本兵〜第7回〜終戦の日にチューチャイさんに捧ぐ(全7回)

著者チャーチャイ・チョムタワット元警察大佐、元クンユアム警察署長

 「第2次世界大戦でのクンユアムの人々と日本の兵隊さんの思い出」に書かれていたように、クンユアムでは日本兵とタイ人が深く交流していた。それは運命だったのか、本人たちはどうのような思いで受け入れていたのか。今となっては想像するしかない。戦争とは、かくも人の人生を変えてしまい、時には断ち切ってしまう。悲惨で悲劇的な側面があまりにも大きい。それでも、まるで濁流のような時の中で、助け合い、愛し合おうとした人々が確かにいた。「第2次世界大戦でのクンユアムの人々と日本の兵隊さんの思い出」には、人間とは、最後まで、国も言葉も超えて慈しみあうことができるということが書かれている。

 カンチャナブリーの戦争博物館に展示されているように、旧日本軍が蛮行と極悪非道を繰り広げたかのようなことばかりが行われていたとすれば、タイの人々はなぜ今も親日国なのだろうか。すべてを否定するわけではないが、これらが事実なのであれば、某国のように未だに謝罪を求め続けてもおかしくないだろう。しかし、タイ人が今でも親日なのは、この著書にあるようなことが、このクンユアムだけでなく人知れずに、複数の場所で繰り広げられていて、それらが口コミ社会だったタイの中で語り継がれていたのだろう。それが小説「メナムの残照」という形として結実。1970年に初めて映像化されて以降、9回もドラマや映画としてリメイクされてきた。これは、タイが親日国ということと無関係ではあるまい。そして、今でも日本人の礼儀正しさや義理堅さを、タイ人はリスペクトし、憧れている。しかし、残念なことに近年ではこうしたタイ人が抱く日本人像を破壊してしまうような、品性に欠ける日本人がタイにも増えてきているのは残念なことだ。

 また、クンユアムで起きたようなことは、タイの他の地やラオスなどでも散見されている。戦争直後、タイだけでなくラオスやミャンマーなどでも、多くの日本兵が現地に残って密かに暮らしていた。旧日本陸軍参謀であり、戦後は参議院議員だった辻政信が、戦後タイからラオスへ潜航したのは、現地に残された兵士たちを統率して帰国させるためでもあったというのは有名な話だろう。わたし自身も、世界遺産となったジャール平原にも近いムアンクーンの町で現地に伝わる話として、辻に引き連れられた彼らが、僧侶の姿になって町を出て行ったと、村人から直接聞いたがある。他にもラオス北部の中国ベトナム国境近くには、日本から何度も派遣された捜索隊との接触を拒み続けた元日本兵と思われる人がいるという話も聞いた。

 今年は終戦から77年。チャーチャイ・チョムタワット氏が2003年に著書「第2次世界大戦でのクンユアムの人々と日本の兵隊さんの思い出」を発刊してから19年。本コラムは、タイ北部ミャンマー国境メーホンソン県のクンユアム警察署長だったチャーチャイ・チョムタワット氏が、村人から日本編の遺品を収集して博物館を建造し、聞き取った話などをまとめた著書の中からここまで6回に渡って、そこに書かれていることを転載してきた。これはこの本が一般には非常に手に入りにくいこともあり、できるだけ多くの人に知ってもらいたい。知るべきだと思ったからに他ならない。そして、同名ホームページを管理をされていて、著書の日本語訳をされた武田浩一氏と連絡を取り、転載の許可をいただいて書かせてもらった。そして、その返信では武田氏からは今回の連載は、チューチャイさんも喜ぶでしょうとのお言葉をいただいた。

 わたし自身は、タイで発行されている雑誌の特集記事の取材で2013年6月にクンユアムを訪れ、同時にチューチャイ氏に会ってインタビューさせていただいた。その際に「日本兵の遺品はまだまだたくさんあります。今の博物館は、わたしが思っているものと違うものになってしまった。だから、もう一度、前のような博物館を作りたいんだ。」と言っておられました。そして、それは若い人たちに戦争の時代に何があったのかを正しく伝えることができる。あの戦争は、悲惨だった。しかし、その現場では日本人とタイ人は助け合い、愛しあっていた。そして、カンチャナブリにあるような悲惨さばかりを訴える博物館ではなく、そこであった生活とか交流をきちんと伝えなければいけない。それを伝えていくのが、わたしの余生をかけた仕事です。」と老いてなお、かくしゃくと抱負を語っていた顔が今でも脳裏に焼き付いている。

 しかし、その志半ばの2016年1月にチューチャイ氏は天に召された。チューチャイさんの話を直接聞いたものとして、後世に伝えるというその志を自分なりに果たしたいと思い続けて、これまでも時折、記事として寄稿してきた。今回思い切って著書をストーリーごととは言え、ほぼ丸々を転載したが、まだまだ書ききれていないし、伝えるべきことはわたしが知っているだけでも、他にもまだまだある。それらは今後も機会をみて寄稿していきたいと考えている。それはチューチャイ氏から託されたことであり、ライターとしての責務としてできる限り続けていく。この中から何を感じ取るかは、読者のご判断に委ねることになるのだが、この著書に書かれていることは、日本人として正しく知ってもらうべきものだと信じている。

 戦争という異常な事態は、忌むべきものであり、無くすべきだと誰もが信じている。それなのにいつまで経っても無くならない。それは、お互いに理解し合い、リスペクトしあい、許しあい、愛しあうという人としての本能よりも、自己満足な欲望を優先させてしまうことにあるのだろう。日本人にとっては、チューチャイさんが書き遺してくれた過去の事実を知り、一方的に卑下するだけの戦後教育とは違う視点で、戦争を捉えることも必要だ。
【執筆:そむちゃい吉田】

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