来世で動物に生まれ変わるなら「幸せの国・断然ブータン第一希望」

来世で動物に生まれ変わるなら「幸せの国・断然ブータン第一希望」

フォブジカ谷を見下ろす

 2019年4月11日、経済的な豊かさに向かい、心が病んでいる人類。さまざまな発展と引き換えに失うものも少なくない。カンボジアでも「うつ病」にかかる人がいる。ブータンやラオスは、まだ大丈夫なようだ。CZさんがブータンを旅した。
 
 2018年12月、70代後半の母の希望でブータンへ向かった。乗り換えのタイから搭乗した飛行機で隣席になった、モルジブのホテルで働いているという人懐っこいブータン人女性にいろいろと教えてもらう。彼女のお爺さんの村には時に豹が現れるけれども、お爺さんによれば豹は人の額に燃えている炎を恐れるため、人を襲うことはめったにないとのこと。私は本当にそうなのか分からないけど。と微笑んでいた彼女は、ブータンはとても良いところなので、いつかは戻りたいそうだ。

 近年、若年層の失業率の高さなど、社会問題がない訳でもないらしいのだが、ふと目が合うとふんわりと意味のない笑顔を見せる、どこか昔の日本を思わせるブータンは、やはりまだまだ幸せの国という言葉がぴったりで、勝手な願いながらこのままずっと変わらないことを祈らずにはいられない。

 8日間の旅行中、誰かが誰かに偉そうな態度を取るような場面には一度も出くわさなかった。現地の英字新聞の求人欄を見ていると、ホワイトカラーとブルーカラーの給料の差が極めて小さく、それもこのような互いを尊重する雰囲気の一因かもしれない。

 ブータンで気に入ったのは、動物にとても優しいこと。こんなに野良犬の毛艶のよい国は見たことがない。町から町への移動中、時にお弁当を誂えて、景色の良いところでピクニックをするのだが、私たち、ガイドさん、ドライバーさんの4人分としては多すぎる量をいつも用意するので「もったいない!」と最初は思ったのだが、残した分は野鳥や放牧されている馬、野良犬などに振舞われ、しかも必ず餌にありつけることを知っているそれらの動物が、我先に争うこともなく順番で食べているのを見た時には心底驚愕した。

 そして街を歩いている時、袋菓子を開けた子供が、自分が食べるより先に、まず一掴みのお菓子を道にばらまいたので、ガイドさんにあの子はなんであんなことをするの? と聞いたところ、土地の神様に最初の一口を差し上げる習慣があるとのこと。そういえば屋外で食べる時にドライバーさんがまず一掴みのご飯を地面にばらまいたのを思い出した。

 宗教から来る生き物を大事にする精神は、フォブジカと言う鶴の飛来する村が、村に電気を通すかどうかを決定する際、自分たちの生活の便利さより、それが鶴にどのような影響を与えるかをまず考えたという話でも感じられる(現在はおそらく太陽光発電による電気が通っている)。

 「幸せの国で幸せになるヒントを!」と思って旅していたのだが、ごくごく普通に他者や社会全体の幸せを自分の幸せと感じるゆとりが、ブータンという国の豊かさなのだろう。
【編集:CZ】

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