「この壁を壊しなさい」 レーガン大統領の名演説を振り返る

【新唐人2017年6月14日】
今年6月12日、当時のレーガン米大統領が行ったベルリンの壁の演説から30周年を迎えました。レーガン大統領は当時のソ連のゴルバチョフ共産党書記長に対し「この壁を壊しなさい」と呼びかけました。この歴史的な大事件を思い起こすとともに、長い間中国国民を閉じ込めてきた共産主義の壁が今にも解体寸前であることを確認しました。

レーガン大統領(当時):「ゴルバチョフ氏よ、もしあなたが真に平和を求め、真にソ連と東欧の繁栄を追求し、真に自由になりたいなら、この門の前に来ればよい。ゴルバチョフ氏よ、この門を開きなさい。ゴルバチョフ氏よ、この壁を壊しなさい!」

1987年6月12日、レーガン大統領はブランデンブルク門の前でベルリンの壁に向き合い、この歴史的な演説を行いました。1961年に建設されたベルリンの壁は冷戦時代の重要な象徴で、その目的は共産主義体制下にある東ドイツ人が自由主義の西ドイツへ逃げることを防ぐためのものでした。

1980年代に入って共産主義陣営が衰退していくとともに、自由と民主主義を求める人々の声は高まっていきました。こうした背景をふまえて、レーガン大統領の当時の演説を書き上げたのがピーター・ロビンソン氏でした。

レーガン大統領のスピーチライター ピーター・ロビンソン氏:「壁の向こうにいる共産主義体制下の民衆に対して何か言いたいことはありますかと尋ねると、ロナルド・レーガンは少し考えてから言いました。『この壁を壊しなさい』と彼らに言いたいと。あの壁は押し倒されなければならないと。」

演説を書くに当たり、ロビンソン氏は実際に西ベルリンに行き、この壁の向こうに閉じ込められた人々がこの壁をどれほど憎んでいるかを実感しました。しかし、当時の政府高官や幕僚は東西の緊張を高めるのを懸念して、演説からこの言葉を削除するよう求めましたが、レーガン大統領はこの言葉を残すことを堅持しました。

レーガン大統領のスピーチライター ピーター・ロビンソン氏:「レーガン大統領はリムジンに乗ってベルリンの壁に向かう途中、最終的な決定を行いました。大統領次席補佐官は、演説原稿について話し合った時、レーガン大統領が彼の方に身を傾けてその膝を軽くたたき、『国務省はこの一言に猛反発するだろうね。だがこうすることが正しいのだよ』と言ったと語っています。」

当時、レーガン大統領のこの名演説はそれほど多く報道されませんでしたが、その2年後に東ドイツの民衆によってベルリンの壁は倒されました。1990年に東西ドイツが統一され、間もなくソ連も解体しました。

共産主義犠牲者追悼基金会主席 リー・エドワーズ氏:「自由の炎が我々一人一人の中で燃えていました。自由が必ず勝つと私は信じています。」

今日、この歴史的な大事件を振り返ると同時に、長い間中国の民衆を閉じ込めてきた共産主義の高い壁が今にも倒れそうになっているのを見ることができます。

共産主義犠牲者追悼基金会主席 リー・エドワーズ氏:「独裁政権は一見強大に見えます。最期を迎える直前まで強大ではあっても、崩壊します。今、中国共産党内部も崩壊の前兆が現れているのを見ることができます。」

新唐人テレビがお伝えしました。               

(翻訳/白白 ナレーター/佐藤 映像編集/李)