“米軍基地の町”青森県・三沢で暮らす人々と沖縄の温度差──「北朝鮮は攻撃したら最後だ」

“米軍基地の町”青森県・三沢で暮らす人々と沖縄の温度差──「北朝鮮は攻撃したら最後だ」

「基地の町」として語られる青森県の三沢

「在日米軍基地の町」として語られるのはほとんどが沖縄だが、近くの空を北朝鮮のミサイルが平然と通過している「基地の町」がある。三沢だ。

地元の人に危機感は高まっていないのか。三沢を訪ね、話を聞いた。

■同じ滑走路を米軍と自衛隊とJALが使う

青森県の太平洋に面する人口約4万の町、三沢。2月某日の正午頃、エレベーターで3階に昇ると視界が開けた。ここは、1qほど先に滑走路が見渡せる三沢航空科学館の展望デッキである。

青空の下に除雪が施された滑走路があり、奥にはジャンボジェットをずんぐりさせたアメリカ空軍の大型輸送ジェット機(C−17グローブマスターV)、円盤型のレーダーがついた航空自衛隊の早期警戒用のプロペラ機(E−2C)。その背後にはかまぼこ形の格納庫が連なっていた。ここは軍民混在、つまり、アメリカ空軍、航空自衛隊、そしてJALが共同で使用する滑走路なのだ。

手前の誘導路を迷彩柄のジェット戦闘機が4機、ゆっくり動いている。航空自衛隊のF−2だ。数十mの間隔で、木々で覆われた滑走路の端へと向かう。1機が端まで到達すると、滑走路にコースを変え折り返して急加速する。

グォ〜〜オオオオ〜〜。

隣の人の話し声さえ聞こえにくくなるほどの爆音とともに、3kmに及ぶ滑走路を一気に駆け抜け、離陸。さらには後続の3機も次から次へと離陸していった。

しばらくすると、その4機が滑走路に連続で戻ってきて、誘導路を移動し、再び30秒ほどの間隔をあけて連続で離陸したりする。

すると今度は「J−AIR」とボディにペイントされた日本航空グループの小型旅客機が、自衛隊の訓練の隙間を縫って着陸してきた。

* * *

昨年、北朝鮮はミサイル発射実験を繰り返した。

8月29日午前6時2分に12道県でJアラートが発令され、北海道・襟裳(えりも)岬の東約1180km付近の太平洋上に着水。続く9月15日の発射では、襟裳岬の東約2200kmの太平洋上に着水した。

政府はどちらも「北海道・襟裳岬の上空を通過」と発表したが、つまりは「津軽海峡を通過」ということだ。「日本への刺激を抑えるために、陸上を避け海峡の上空を飛ばした」との見方もされているが、その津軽海峡の南側には、アメリカ空軍と航空自衛隊の部隊が常駐する、青森県・三沢基地がある。

北朝鮮からも比較的近い、この米軍基地を北朝鮮は狙うつもりなのか。そして、相次ぐ北の実験を、三沢に暮らす人々はどう感じているのか。やはり緊迫感は増しているのか?

そんな素朴な疑問を持って、三沢に暮らすさまざまな職業の人に話を聞いてみた。しかし、返ってきたのはこちらが拍子抜けするような答えばかりだった。

「特に何も気にしてねえ。トランプ政権に代わったからって基地の様子が変わった様子もねえし」(30代男性・板前)

「最初にJアラートの音を聞いたときはビクッとした。だけどどうしろっていうのよ。気にしないようにするしかない」(50代・スナックママ)

では自治体としては、ミサイル発射を受けて、なんらかの準備をしているのか。

「国からの情報を受けて、情報収集を行ないます。そして防災無線やホームページ、市の広報紙で伝えます。市内の学校では避難訓練を行なっていますが、市民の避難訓練は特にやっていません」(三沢市役所総務部防災管理課)

語弊はあるが、意外とのんきに思えた。確かに、先のスナックママの言うように、心配しても市民がやれることは限られているが…。

そして、三沢市民と話していて気がついたのは「米軍基地に対しての反感」がまるで感じられないということだ。

「私もアメリカ人とは小さいときから付き合ってる。クラスにはハーフの子がいたりして身近だよ。それに、三沢の米兵は飲み方がスマート。町では日米友好のサークルがあったり、日米合同の航空祭をやったりして仲良くやってますよ」(前出の板前さん)

「三沢に基地反対派はいない。いるとすれば外から来る連中。基地反対とか言ってわいわいやられて迷惑。この町はアメリカさんがいてお金を落としてもらって経済が成り立ってる。共存共栄だ」(70代男性・商工会関係者)

でも、毎日の爆音は気にならないのか。

「気にしねえ。赤ん坊も最初はビクッてするけど、そのうち慣れて爆音がしてもすやすやとねんねしてる」(前出の商工会関係者)

「爆音がお金の音に聞こえるわ」(40代女性・飲食店勤務)

■なぜ三沢基地は地元に受け入れられているか

では、なぜこんなにも三沢基地はすんなりと地元に受け入れられているのか。東奥日報の編集局次長、斉藤光政さんに話を聞くため、雪の降り積もる青森市内にある同紙本社を訪ねた。斉藤さんは『米軍「秘密」基地ミサワ』(同時代社)などを発表している、三沢基地に最も精通しているジャーナリストだ。

「太平洋戦争当時、三沢は日本海軍の爆撃機の基地で、それを目当てに人が集まってきた町でした。そして終戦後にアメリカ空軍の基地となると、米軍の富を求め、さらにいろんな人が集まってきた。三沢はずっと基地の門前町。つまり最初に基地ありき。反対運動が起こるはずがない」

犯罪が少ないことも、米兵が受け入れられている理由のようだ。

「沖縄のような婦女暴行事件は三沢にはまずない(2月12日には『住居侵入容疑で三沢の米軍人逮捕』と報じられたが、それほど大きな問題には発展していない)。沖縄の海兵隊がマッチョな気風なのに対し、三沢の空軍は洗練されているし家族で来ている人が多い。三沢基地の司令官から、日本人との付き合い方について厳しく言われていることも関係しているはずで、実際、三沢の司令官は出世コース。司令官たちは自分たちの出世のためにも厳しく締め上げるんです」

なんらかの米兵の事件が起きた後の住民の反応も、沖縄とは対照的だという。

「米兵が犯罪を起こすと米軍は夜間外出禁止令を発令しますが、禁止令が長びいたら、三沢では『早く解除してほしい』と請願書が基地に寄せられるほどです」

三沢の米兵の「紳士らしさ」を確かめるべく、週末の夜、「TUBES」という米兵御用達のバー&レストランに出かけ、何人かの米兵に話を聞いた。

そのうちのひとりが、カウンター席で隣り合わせになった20代半ばの男性だった。『スターウォーズ』の新シリーズに出ているジョン・ボイエガに似た実直そうなアフリカ系の男性だ。

「各地を転々として三沢には半年前に来ました。北朝鮮のミサイル実験の影響? ないですね。北朝鮮が日本を攻撃するか? 一発も撃てないでしょう。その前に戦いは終わるでしょうから。(米軍の攻撃力が)それだけ強いから? そうですね。北朝鮮有事に備えて部隊ではどんな準備をしているか? それはコンフィデンシャル(機密)です」

来てまだ半年だというのに“ボイエガ”くんはカタコトの日本語を話した。平仮名の読み方はすでにマスターしたそうで、「今はカタカナの読み方を覚えている」と料理が来るまでの間、スマホの読み方練習アプリを操作していた。私が過去に目撃した、沖縄の基地の周りの飲み屋でハメを外す米兵とは印象が大きく異なる。

店にいるほかの米兵グループもスマートにお酒を飲み、会話を楽しんでいる。午後9時頃に店を出ると、湿った重い雪が降りしきるなか米兵たちは連れ立って歩いている。「この町にいる外人さんで犯罪沙汰を起こすような人はいないです」とTUBESの店主は話した。

■すぐそこにあった「第3次世界大戦」と、三沢基地

引き続き、斉藤さんに三沢基地の戦後史を聞いた。

「1950年代から70年代初頭という冷戦期の前半から中盤までの三沢基地は、ソ連の極東の軍事拠点であるハバロフスクやウラジオストク、中国の旅順、北朝鮮の元山(ウォンサン)といった場所を主なターゲットにした、核爆弾を投下する戦闘爆撃機の出撃基地でした。戦闘爆撃機のパイロットたちは出撃に備え、三沢市北部の天ヶ森(あまがもり)射爆場で、模擬弾を使った核爆弾の投下訓練を当時ひたすらやっていたんです」

ベトナム戦争が激化し、主力の戦闘爆撃機や偵察機が現地へ移動していた時期もあったが、基本的に三沢の役割は変わらなかった。

では、なぜ北海道ではなく、本州の北端である三沢に重要な拠点が置かれたのか。

「戦況によっては、北海道を放棄することもありうる。だからこそ米軍や自衛隊は陸海空それぞれの重要な司令部機能を海峡の南に置いた。いわば青森はソ連、中国や北朝鮮との有事を見据えた北の要衝だったんです」

一瞬にして世界が火の海と化す第3次世界大戦が本当に起こりえた時代、三沢は戦いの序盤を担う責任を戦後ずっと負ってきたのだ。

そして冷戦期の終盤となる80年代、三沢基地も転機を迎える。ソ連がオホーツク海に潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)を積んだ潜水艦を配備し、米本土を狙い始めたのだ。対するアメリカは当時最新鋭のF−16を各地に配備し始める。F−16は現在に至るまで三沢に常駐し続け、その数は44機に上る。

「三沢には『Wild Weasel(野生のイタチ)』と呼ばれる対地攻撃を専門とする航空団があって、東アジアや中東で戦争が起こると、最初に攻撃する“一番槍”として駆けつけます。湾岸戦争やイラク戦争の開戦日にバグダッド上空にいたのも、普段は三沢に常駐するF−16の部隊でした。

94年には『寧辺(ニョンビョン)核施設の核開発を止めろ。止めないと爆撃する』という第2次朝鮮戦争の一歩手前まで行ったことがあります。その際も、三沢のF−16が十数機、韓国の烏山(ウサン)基地に飛んでいって待機していました」もっとも、斉藤さんは、「沖縄より三沢のほうが重要な在日米軍基地だ」などと単純な話をしているわけではない。

「例えば嘉手納(かでな)をはじめとする沖縄の基地には、軍用機の中継や、海兵隊の出撃などの役割がある。一方、三沢は対地攻撃やミサイル防衛、情報収集という役割を有している。どの基地が優れているとか重要かという話ではなく、機能が違うのです」

■世界の機密情報を盗むシステムが三沢に!

斉藤さんは先の話の最後に、三沢基地には「情報収集という役割」もあると語っている。どういうことか。

新たに雪が10cmほど積もった朝、筆者は、三沢市街地中心部から車で約15分の姉沼という淡水湖で、氷上ワカサギ釣りをしていた。

単に釣りをするために来たのではない。森の向こうに、「姉沼通信所」というレーダー施設がある。グーグルマップで確認すると、ゴルフボールのような形をしたレーダードームが十数個確認できる。そのうちのいくつかは「エシュロン」だといわれている。それをこの目で見たかったのだ。

エシュロンとは「ハシゴの段」を意味するフランス語で、世界的な通信傍受システムのことだ。米、加、英、豪などの英語圏5ヵ国が共同運用し、そのネットワークで電話やFAX、Eメールやウェブサイトなど、世界中の通信をほぼすべて傍受することができるという。米国家安全保障局(NSA)主体で運営されているというが、アメリカ政府はいまだ存在そのものを認めていない。日本では2002年の『ゴルゴ13』に登場しているが、こうした施設があること自体、地元でもあまり知られていないようだった。

氷上で釣り糸を垂らしながら対岸にある森と空との境に目を凝らしたり、一眼カメラを望遠モードにして凝視したりしてみる。見張り塔なのか、四角い塔が森から顔をのぞかせているのに気がついた。こちらが見えているのだから相手も見えているだろう。そう思うと少し緊張した。

約4時間、氷上にいたが、結局、レーダードームは確認できなかった。

この施設と関係あるのかわからないが、地元の住民からこんな証言もあった。

「9.11の直後、実家に電話して『ビン・ラディン』とか『アルカイダ』とかいう名前を口にしただけで、電話にジーってノイズが入ったんです。これは三沢だけ。近隣の十和田では『そんなことはなかった』って聞いた」

何をどこまで傍受しているか定かではないが、この「エシュロン」も三沢基地の重要な機能とされている。

最後に、今後の三沢基地の動向についても、前出の斉藤さんに聞いた。

「昨年9月の三沢航空祭では、グアムのアンダーセン空軍基地から来たB−1爆撃機が、東シナ海上空で航空自衛隊のF−15戦闘機と訓練した後、三沢にやって来た。B−1のほかは最新鋭のF−35に電子戦機のEA−18グラウラー。『EA−18で防空網を攪乱(かくらん)し、F−35とF−16で司令部機能を破壊、最後はB−1で絨毯(じゅうたん)爆撃できるぞ』ということを北朝鮮に対してアピールしているわけです。

今年1月には、北朝鮮有事に備えて激しい訓練をやっている、と三沢の司令官がCBSの取材で語っていました。『開戦したらわれわれが一番最初に行きます。いつでも攻撃する用意はできています』と。過去の戦争と同様、三沢からF−16が姿を消したときは開戦間近だと考えてよいでしょう」

昨年、空自の地対空誘導弾パトリオット(PAC3)が北海道から沖縄までの各地で訓練を行なったり、12月に地上配備型の新たな迎撃ミサイルシステム「イージス・アショア」の導入を日本政府が決定したり、今年1月26日には次期主力戦闘機F−35が航空自衛隊三沢基地に初めて配備されたりと、北朝鮮の攻撃に備える動きは活発だ。

しかし、斉藤さんは北朝鮮が三沢基地にミサイルを撃ってくる可能性は低いのでは、と予想する。

「ミサイル攻撃は北朝鮮にとって軍事的にも経済的にもリスクが高すぎる。一番現実的な手段はテロでしょう。私が以前取材した脱北将校は『一番最初に攻撃するのは在日米軍基地。原発も攻撃する』と話していました。ちなみに彼は、三沢を攻撃する特殊部隊にいたと語っていました。

当然、三沢の米軍は対テロの訓練は相当やっています。例えば、生物化学兵器や爆弾を積んだ車が突っ込んできたといった想定です」

こうして情勢が変わるなかでも、三沢の人たちは泰然と構えているように見えた。

「北朝鮮が一発でも撃ってきたらアメリカが総攻撃する。北朝鮮は攻撃したら最後だ」(エスニック料理店店員)

「何も変わらねえ。三沢は大丈夫」(前出の商工会関係者)

* * *

ここまで原稿を書き終えたところでひとつの事故が起きた。2月20日、三沢基地を離陸したF−16がエンジン火災を起こし、燃料タンクを近くの小川原(おがわら)湖に投棄。当時、現場付近では26隻がシジミ漁中だった。地元の漁協(東北町)によると被害は5年で40億円に上るともいう。

「漁師たちはカンカンです。しかし、基地反対には至らないはず。あくまで漁業補償の交渉になると思います」(地元の関係者)

「事故後、近所で『地元のシジミが食べられなくなる』って話題にはなったけど、反対運動みたいな話は聞きません」(三沢の40代・主婦)

三沢に暮らす人々の価値観に特に影響はなさそうだが、三沢と近隣の町では多少の温度差は当然あるはずだ。この点は、あらためて取材してみたいと思う。

(取材・文・撮影/西牟田靖)

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