中国メディアが大挙来日し過熱報道…東京で起きた「中国人留学生殺害事件」の狂騒

中国メディアが大挙来日し過熱報道…東京で起きた「中国人留学生殺害事件」の狂騒

東京・東中野で起きた中国人留学生殺害事件の裁判の様子を、東京地裁前から中国に向けてレポートする李氏

日本ではほとんど注目されていないが、中国で社会現象となっている、2016年に東京で起きた中国人留学生同士による殺害事件がある。

昨年12月11日に東京地裁で開かれた初公判には中国メディアが大挙して押し寄せ、35席の傍聴券を求めて300人近い行列ができたという。

この事件を最も精力的に報道したのが、中国唯一の民間放送局「フェニックステレビ」東京支局だ。同局による地裁前生中継は中国で合計5千万もの人々がオンライン視聴し、支局長の李E(リ・ミャオ)氏のミニブログへのアクセスは1日で1億を超えたという。

なぜ、この事件は中国でこれほど桁違いの注目を集めたのか? そして、この現象から見えてきた様々な問題とは? 「週プレ外国人記者クラブ」第104回は、李氏にその詳細を聞いた──。

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─2016年に東京・東中野で中国人の女性留学生が殺害されたこの事件、そもそもどんな事件だったのですか?

 日本にやって来る外国人留学生は1983年に1万人を超え、現在では20万人を超えています。その半分以上が中国からの留学生で、これだけの人数になると当然、留学生が刑事事件の犯罪者や被害者になるケースも増えてきます。今回の事件は殺人という最も重大な犯罪ですが、日本で中国人が殺害されること自体はそれほど珍しいことではありません。

─日本のメディアでは、2017年に中国人姉妹が日本人に殺害された事件のほうが大きく取り上げられました。

 その事件は私も中国に向けて報道しました。しかし、中国国内での注目度は今回の事件のほうが圧倒的に高かったのです。私は初公判から昨年12月20日の判決(その後、被告は上告を取り下げ懲役20年の刑が確定)までを詳細に取材しながら、日本と中国の司法制度の違い、またネット・コミュニティやジャーナリズムの文化の違いを痛切に感じました。

まず、事件の概要をお話しましょう。被害者となった江歌さんは法政大学に留学し、ルームメイトの劉シンさんと一緒に東中野のアパートに住んでいました。犯人の陳世峰は、劉シンさんと交際していましたが、破局後も彼女に脅迫紛いのメールを送るなどストーカー的行為を繰り返していました。

事件が起きたのは2016年11月2日。この日、犯人は彼女たちが住むアパートの外階段に潜んでいましたが、劉シンさんはすでに帰宅していて室内にいました。その後、江歌さんが帰宅したところに犯人が現れ、彼女の口を塞ぐなどしたため、ふたりは揉み合いになりました。

そして、最終的にナイフで彼女の頸部を刺して死亡させた…というのが事件の顛末です。裁判では、江歌さん殺害と併せて、劉シンさんへの脅迫の罪も問われました。

─そんな「痴情のもつれ」とも思える事件が、なぜ中国で大きな注目を集めるようになったのでしょう?

 最大の理由は、殺された江歌さんの母親が取った事件後の行動にあります。彼女は以前からブログをやっていましたが、事件後にはまず「犯人に死刑の判決が下ることを求める!」という主旨の署名活動をネット上で展開しました。最終的に約450万人の署名を集めましたが、彼女はさらに劉シンさんへの激しい非難を始めたのです。

─どういうことですか?

 劉シンさんへの非難には、主にふたつの要素があります。ひとつは「劉シンさんは江歌さんを救えたのではないか?」という点。事件発生時、すでに帰宅して自室内にいた劉シンさんは、玄関ドアがロックされた状態で警察に通報していたのです。

もうひとつの要素は「事件後の劉シンさんの対応が不誠実だ」というものです。中国で行なわれた江歌さんの葬儀にも姿を見せず、また事件直後に母親がメールを送っても返信がなかったというのです。

劉シンさんは事件後、重要参考人として警察で約20日間にわたって聴取を受けているので、母親からのメールに返信するのが難しい状況にあったことは想像できますが、自身は「メールには返信した」と裁判でも証言しています。

いずれにしても、不信感を募らせた母親はネット上で攻撃を展開し、彼女の実家付近で「劉シンは悪人だ!」と主張するビラを流布する行為にまで及んだのです。こういった行動が中国のネット・コミュニティで大きな注目を集め、今回の裁判の取材のために中国メディアが大挙して来日する事態へと繋がっていきました。

─社会現象の規模としては、例えば日本の大相撲の諸問題と同程度ですか?

 騒動の大きさでいえば、同規模と言えるかもしれません。しかし、日本社会と中国社会にはひとつ大きな違いがあって、やはり中国では一般人の情報ソースとしてネットが日本以上に重要な役割を果たしています。そのことは、私も今回の取材を通じて改めて認識しました。

─なるほど。中国ではTVや新聞以上に一般人がネットの情報を信頼している…わかる気がします。

 ただし、やはりネットの情報には虚実があって、今回の事件でも「犯人の父親は中国共産党の高級幹部だ」というフェイクの情報が流れました。私は東京拘置所で4回、犯人と面会して直接、話を聞きましたが、彼が共産党幹部の息子だというのは誤った情報です。

─「犯人には死刑判決を!」というのは、日本でも殺人事件の遺族らが口にすることがありますが、死刑制度の現状も日本と中国では大きな隔たりがありますね。

 ちょうど、今回の事件の判決が出た12月20日、日本で2名の死刑囚に刑が執行されましたが、日本では死刑制度に反対する人たちが弁護士グループを含めて少なからず存在しています。一方、中国は政府が公式の数字を発表していないため実態は不明ですが、アムネスティ・インターナショナルによれば年間1千人以上が死刑に処せられているとのことです。

実は、今回の事件はこういった死刑制度を取り巻く環境の違いを一般の中国人が知る機会となった側面もあります。被害者・江歌さんの母親は「犯人に死刑判決を」と訴えて約450万人の署名を集めましたが、日本の常識でいえば、今回の事件で犯人に死刑判決が下る可能性はゼロに等しかった。

また、そもそも約450万人の署名も、日本の法廷は判決に際して外部の声を排除する姿勢を持っているため影響力を持つこともなかった。こういったことを、今回の事件を通じて初めて知った中国人は少なくなかったと思います。

また、劉シンさんは犯人からストーカー被害を受けていたため、もし警察に通報していれば殺人事件が起こる以前に犯人が逮捕されていた可能性は否定できませんが、日本にストーカー規制法という法律があることも、初めて知った中国人が多くいたと思います。

─東京拘置所で犯人に面会されたということですが、今回の事件に“謎の部分”はないのですか? 

 判決が下り、刑が確定した今も、私は釈然としない気分のままです。それは、やはり事件の事実関係に謎が残っているからで、そういった謎を残したまま裁判が終わってしまったのは、中国国内での過熱する報道や大挙して来日した中国メディアに、東京地裁が神経過敏になった面もあるのではないでしょうか。

●事件の残された謎”とは? この続き、後編はコチラ

(取材・文/田中茂朗)

●李E(リ・ミャオ)




中国吉林省出身。1997年に来日し、慶應大学大学院に入学。故小島朋之教授のもとで国際関係論を学ぶ。2007年にフェニックステレビの東京支局を立ち上げ支局長に就任。日本の情報、特に外交・安全保障の問題を中心に精力的な報道を続ける

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