腹をくくった?トランプ氏 撤退論浮上もテレビ討論会で攻撃的姿勢

腹をくくった?トランプ氏 撤退論浮上もテレビ討論会で攻撃的姿勢

[写真]米ミズーリ州で行われた大統領選の第2回テレビ討論会。発言するクリントン氏(左)とトランプ氏(ロイター/アフロ)

 米大統領選の民主党候補であるヒラリー・クリントン前国務長官と、共和党候補のドラルド・トランプ氏による第2回テレビ討論会は、第1回に引き続きクリントン氏が優勢だったと米メディアで報じられています。直前には、11年前に録音されたトランプ氏の性的な発言も問題になり、保守陣営からも大統領選からの撤退を促す声が出ていました。今回のテレビ討論から見えたものは何なのか。11月8日の本選挙に向けた展望と合わせて、アメリカ研究が専門の慶應義塾大学SFC教授、渡辺靖氏に寄稿してもらいました。

撤退論を明確に否定

 米大統領選まで1か月を切り、候補者討論会も10月19日(米時間、以下同)の第3回目を残すのみとなった。

 6月に記した(https://thepage.jp/detail/20160608-00000004-wordleaf)ように、選挙のファンダメンタルズ(基本環境)という点ではヒラリー・クリントン氏(民主党)が優位にある。7月の党大会(https://thepage.jp/detail/20160729-00000023-wordleaf)も民主党の方が完成度は数段高かった。9月に入ってもクリントン氏の方が支持率は高かった。1952年以降、「労働者の日(Labor Day、9月の最初の月曜日)」の時点でリードしていた候補が負けた例はない。その後、クリントン氏の健康問題などもあり差は縮まったものの、ドナルト・トランプ氏(共和党)も税金逃れ疑惑、トランプ財団の違法募金、そして女性蔑視発言など失点が相次いだ。2回の候補者討論会を終えても、トランプ氏は起死回生の決定打を放てないでいる。

 それどころか、ワシントン・ポスト紙が女性に対する猥褻な会話を記録したビデオを10月7日夜に公開するや、ジョン・マケイン上院議員など20人以上の共和党の有力議員から支持撤回が相次いだ。保守系の有識者や新聞からは選挙戦から下りるよう求める声も挙がっている。前代未聞の事態だ。

 もっともトランプ氏は選挙戦からの撤退を明確に否定している。仮に撤退するとしても、すでに多くの州で期日前投票が始まってしまっている。白人労働者層を中心とするトランプ氏の熱心な支持者は撤退への圧力に猛反発するだろう。劣勢ムードにある選挙戦、しかも一か月前に、分裂状態にある共和党のピンチヒッターを買って出る奇特な政治家はいないだろう。4年後の大統領選で有望視される政治家(ポール・ライアン下院議長、テッド・クルーズ上院議員、ジョン・ケーシック知事、副大統領候補のマイク・ペンス知事など)であれば尚更だ。

 こうした事態をトランプ氏がどう受け止めているかは分からない。

 ただ、10月9日の第2回目の討論会を見るにつれ、トランプ氏は腹をくくったような印象も受けた。つまり、まだ態度未決の浮動層、第3党(リバタリアン党や緑の党)に傾いている有権者、トランプ氏から離反しつつある共和党の主流派などの支持拡大に消極的で、自らの熱心な支持者をつなぎとめることに専心しつつあるのではということだ。

 当然ながら、それでは大統領選の勝ち目はない。ただ、全米に1400万人(全米の有権者の約6%)いるとされる熱心な支持者の支えがあれば、今後も政治的な影響力を保持できるし、新たな事業(例えば、保守系のコンテンツ配信など)を立ち上げることも十分可能だ。事実、トランプ陣営には保守系メディアの大物――セクハラ疑惑でFOXニュースを追われた前最高経営責任者(CEO)のロジャー・エイルズ氏やニュースサイト「ブライトバート・ニュース」のスティーブン・バノン会長を ―― 助言役や幹部に招いている。

プロ政治家なぎ倒す「変革者」

 第2回目の討論会でトランプ氏は、直前にビル・クリントン元大統領と不適切な関係にあったとされる女性たちと記者会見を開き、討論会ではヒラリー・クリントン氏をメール問題に関して「刑務所に入るべき」と述べた。「大統領らしさ」を演出した党大会の氏名受諾演説や第1回目の討論会と比べるとその差は歴然で、予備選期間中の攻撃で荒々しいトランプ氏に戻った場面も散見された。このまま支持率が好転しなければ、直接対決の最終戦である第3回目の討論会は、まさにボクシングのグローブを脱いで、ストリート・ファイトさながらの戦いを仕掛けてきそうな気配さえ漂う。

 そうすれば態度未決の有権者の心はますます離れるだろう。しかし、それこそまさに熱心な支持者が求めて止まない「ザ・トランプ」でもある。政治的な建前論(ポリティカル・コレクトネス)に囚われず、本音を語り、プロの政治家をなぎ倒してゆく「変革者」としての勇姿だ。

 共和党の主流派や指導層にとってそれは完全なる悪夢である。すでに今回の大統領選は諦め、連邦議会で多数派を死守することに専念すべきとの声が支配的になりつつある。状況としては1996年の大統領選でビル・クリントン氏に勝ち目がないと見限られたボブ・ドール上院議員と似ている(ただし、ドール氏は上院院内総務を務めるなど党内の重鎮で、党内からの人望の厚さはトランプ氏の比ではなかった)。

 共和党内からは今回、むしろトランプ氏の大敗を期待する声され聞かれる。「それ見たことか」と「トランプ的なるもの」を否定し、本来の共和党の姿を取り戻しやすくなるというのがその理由だ。

クリントン氏勝利の確率「80%超」

 クリントン氏としては、健康問題やメール問題の再燃、あるいは新たな失言・疑惑の発覚を回避しつつ、逃げ切りを図りたいところだ。「トランプ氏は『変革者』などではなく『破壊者』」であり、「大統領や最高司令官としての資質に欠ける」と訴え続けてゆくだろう。

 討論会後は支持者を実際に投票所へと向かわせる「地上戦」が鍵になる。ペンシルバニアやオハイオ、ノースカロライナ、フロリダといった激戦州では選挙事務所数、スタッフ数、資金力などにおいてクリントン氏が引き続き圧倒している。

 米政治専門サイト「リアル・クリア・ポリティクス」はクリントン氏が340人、トランプ氏が198人の選挙人を獲得すると分析し、高い精度の選挙予想データで知られる米ウェブサイト「ファイブ・サーティ・エイト」は勝利の確率をクリントン氏82.5%、トランプ氏17.5%と算出している(どちらも10月11日時点)。

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■渡辺靖(わたなべ・やすし) 1967年生まれ。1997年ハーバード大学より博士号(社会人類学)取得、2005年より現職。主著に『アフター・アメリカ』(慶應義塾大学出版会、サントリー学芸賞受賞)、『アメリカのジレンマ』(NHK出版)、『沈まぬアメリカ』(新潮社)など