米大統領の力はどれだけ強い? ゲーム理論で計算してみたら

米大統領の力はどれだけ強い? ゲーム理論で計算してみたら

支持率は歴代大統領の中で最低水準のトランプ氏だが…(時事通信フォト)

 11月に中間選挙を控えるドナルド・トランプ米大統領。これまでワンマンな政治スタイルで内政、外交ともにさまざまな物議を醸してきたが、それだけ米国の大統領は絶大な権力を握っている証ともいえる。では、実際にどれだけパワーがあるのか。ニッセイ基礎研究所・上席研究員の篠原拓也氏に「ゲーム理論」を用いて数値化してもらった。

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 タイトルから、アメリカの大統領を含めた、国際政治情勢の話を期待された読者がいるかもしれない。残念ながらそういうテーマではなく、計算の話をしていく。あしからず、ご了解を。

 日本のような議院内閣制をとる国では、首相といえども議会(国会)では、1人の議員に過ぎない。議案に対する表決での投票力は、他の国会議員と同じということになる。

 しかし、アメリカのような大統領制をとる国では、大統領が国民の投票によって選ばれる。大統領は、議員ではないため、議会での議案審議には加わらない。しかし、議会に対して、拒否権という切り札を持っている。たとえ議会が過半数で可決した法案でも、大統領は拒否権を発動して署名をせずに、法案を差し戻すことができる。大統領は、制度上、絶大な権限を握っていることになる。

 このアメリカの大統領のパワーを、測ってみることはできないだろうか。そんなときに、よく用いられるのが、ゲーム理論で有名な「シャープレイ=シュービック指数」だ。この指数を使うと、さまざまな議会や株主総会などでの、議員や株主等の投票力を数値で示すことができる。

 指数の計算を始める前に、まず、アメリカの連邦議会での法案成立の仕組みを簡単にみておこう。

 連邦議会は、日本の国会と同じく二院制をとっており、100名の議員からなる上院と、435名の議員からなる下院で構成される。ある法案が成立するためには、2つのケースがある。

 ケース1は、両院でそれぞれ過半数の賛成で可決した上で、大統領が拒否権を発動しないこと。

 ケース2は、大統領が拒否権を発動しても、それを覆すために、両院でそれぞれ3分の2以上の賛成で可決すること。

 ポイントとなるのは、大統領の拒否権は絶対的なものではなく、3分の2以上の多数の議員で覆せるということだ。

 なお、ここで1つ、やや細かいことを述べる。ケース1で、過半数の賛成で可決というときに、上院は議員数が100名で偶数のため、賛否が50対50で拮抗してしまう場合がありうる。この場合は、上院議長を兼務している副大統領が、議長決裁票と呼ばれる1票を投じて、賛否の決着がつく仕組みとなっている。

 以上をまとめると、こういうことになる。アメリカで、連邦法の法案が成立するにあたっては、大統領1名、副大統領1名、上院議員100名、下院議員435名の、合計537名が関与している。

 そして、つぎの人々が賛成すれば、それ以外の人がすべて反対したとしても、法案は成立する。

(1) 大統領、上院議員51名(100名の過半数)、下院議員218名(435名の過半数)
(2) 大統領、副大統領、上院議員50名、下院議員218名
(3) 上院議員67名(100名の3分の2)、下院議員290名(435名の3分の2)

 つまり、法案を成立させるための提携の形として、この3つが考えられるわけだ。では、この537名がどれだけのパワーを持っているのか、指数を計算することを考えてみよう。

 ここで、シャープレイ=シュービック指数について、簡単に説明しておく。まず、ある仮想の投票の様子をイメージする。議決に関与する参加者が一列になって、順番に賛成票を投じていく。そして、誰が賛成票を投じたときに、議案が成立するか、を考えてみる。

 この議案の成立のための最後の1票を投じた人は、「ピボット」と呼ばれる。ピボットが賛成票を投じてしまえば、ピボットより後に並んでいる人が、全員、気が変わって反対票を投じたとしても議案の成立は覆らない。たとえば、過半数で議案が成立するケースで、3人の議員で投票していく場合は、2人目に賛成票を投じた人がピボットとなる。

 そして、投票の順番として考えられる全てのケースについて、このピボットが誰になるのかをみていく。最終的に、ある人がピボットになる投票の順番が、全体の順番の数のうちどれだけあるかを、割り算したものが、その人の指数、つまり投票力となる。

 3人の議員であれば、投票の順番は全部で6通り。各議員は、2通りずつの順番でピボットとなる。したがって、それぞれの議員の指数は6分の2、つまり3分の1ずつとなり、どの議員も同じパワーを持つこととなる。

 それでは、537名が関与するアメリカの連邦法の場合は、どうなるか。投票の順番は、全部で537の階乗(数学の表記では、537!)だけある。これは、537×536×535×……×2×1通りという膨大な数だ。そのそれぞれについて、大統領、副大統領、100名の上院議員、435名の下院議員の誰がピボットになるかをみていく……。

 もちろん、こんな作業を、手計算や電卓だけで行おうとすれば、ものすごく大変なことになる。パソコンで表計算ソフトを使うなど、何らかの現代文明の利器が必要となるだろう。

 また、537!という数を直接計算しようとしたら、桁数が1235桁もあって、それだけで計算がオーバーフローしてしまう。そこで、実際の計算では、組み合わせの数を多用する必要がある。さらに、法案成立のための提携の形が、(1)~(3)の3つあるため、場合分けをする必要もある。つまり、一言でいうと、計算はかなり面倒なのである。

 筆者は、当初渋っていたのだが、本稿の編集者にたきつけられて、ざっくりと計算をしてみることとなった。その結果、指数の値は、大体つぎのようになった。

 537名全体の投票力を100%とすると、それぞれの人が持っている投票力は、大統領 16.312%、副大統領 0.265%、上院議員(1名) 0.414%、下院議員(1名) 0.0966%ぐらいとなった。

 この結果によれば、アメリカでは、大統領は、副大統領の62倍、上院議員(1名)の39倍、下院議員(1名)の169倍ものパワーを持っていることになる。

 ここで、1つ注意点がある。今回の計算では、各議員が自分の意思だけで自由に投票することを前提としている。実際には、共和党、民主党などの政党による所属議員への投票の拘束が行われることが考えられる。そうなれば、議員側の投票力は、この計算結果よりも高いものとなるだろう。

 ただそれにしても、拒否権を握る大統領のパワーは、副大統領や議員とは比べものにならないほど、絶大といえる。

 今度、テレビや新聞、ネットなどで、アメリカの政治に関するニュースを目にしたときには、大統領のパワーの大きさを思い出してみては、いかがだろうか。

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