天皇陛下のおことばを習近平氏がさっそく政治利用

天皇陛下のお言葉を、習近平指導部が安倍政権をめぐり政治利用しようと画策か

記事まとめ

  • 天皇陛下が心のうちを語られたビデオメッセージは中国でも大きな関心を呼んだ
  • 詳しく報道されたが、その内容はおよそ客観的といえるものではなかったという
  • 「習近平指導部が安倍政権の改憲阻止のため政治利用しようとしている」との声もある

天皇陛下のおことばを習近平氏がさっそく政治利用

天皇陛下のおことばを習近平氏がさっそく政治利用

中国メディアの「曲解」は共産党の意向を反映か Reuters/AFLO

 天皇陛下が心のうちを率直に語られた「象徴としてのお務めについての天皇陛下のおことば」と題するビデオメッセージは中国でも大きな関心を呼び、詳しく報道された。だが、その内容はおよそ客観的といえるものではなかった。ジャーナリストの相馬勝氏が解説する。

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 天皇陛下のおことばでは、「生前退位」という具体的な言葉は用いられていない。しかし、おことば全体に、今後、年齢を重ね体力が続かなくなった場合、これまで通り天皇としての務めを果たすことが困難になることを心配され、「生前退位」の実現を望まれていることが示唆されている。

 これを前提として、中国での報道をみてみると、年齢などの要素を無視して、政治的な理由をこじつけた内容が実に多いのには驚きを通り越して、憤りを感じるほどである。

 中国の場合、社会、国際、政治などの大事件や一党独裁体制に関わる思想的な出来事などの報道については、すべて党宣伝部によって管理されている。事件や出来事を報道する場合、国内外への影響が大きければ大きいほど、新聞社やテレビ局などの個別の取材は許されず、中国国営通信社である新華社電を使うように指示される。

 党機関紙「人民日報」や国営の中国中央テレビ局といった特権的な報道機関でさえも、独自取材のような形をとっていたとしても、記事自体はほとんどが新華社電の焼き直しということが多い。それほど、新華社電は党の統一見解から逸脱した報道はほとんどない。「党ののど」と言われる所以である。

 陛下のおことばについての報道でも、中国各紙はほとんど新華社電一色だった。とりわけ、8月10日付の北京市党委機関紙「北京日報」は第10面の「今日の注目」欄の1面全部で、おことばについて詳細に報道しているが、4本の記事中、3本が新華社電で、残りの1本の同紙東京特派員電もほぼ新華社電の記事内容から出ていない。

 そのなかでも、新華社通信の馮武勇記者の署名入り記事「天皇講話蔵有玄機(天皇講話に隠されている深遠な意味)」の内容は陛下のお考えを無視した“憶測記事”の範疇を出ない。

 記事は「突然、『生前退位』の意向を提起したのはおそらくある現実的な『危機感』によるもので、この危機感は安倍政権の動向と深く関係していると考えられる」と前置きしている。

 そのうえで、「生前退位」は7月13日のNHKの特ダネによって世間に知られることになったが、この3日前の参議院議員選挙で「連立与党を含む『憲法改正派』の勢力が3分の2以上の議席を占め(中略)安倍政権は衆参両院で『憲法改正の提議』を行うための重要な難関を通り越したことを意味する。明仁天皇の『危機感』はまさに安倍自民党の憲法改正が紙面から現実に変わったことに起因する」と述べて、陛下の生前退位の真意は健康問題よりも、安倍政権による憲法改正への「危機感」の方が大きいと論評している。

 さらに、記事は、自民党が2012年4月に発表した「日本国憲法改正草案」の少なくとも2点が「明仁天皇の一貫した信念と価値観に相反している」と断じている。そのうちの1点は「国防軍」発足であり、「これは一貫して戦争への深い反省を主張してきた明仁天皇にとって大きな衝撃だった」と馮記者は書いているのだが、馮記者はどのようにして「大きな衝撃」を受けたという陛下の心情を知ったのであろうか。

 第2点目について、記事は「第二に、草案で天皇の地位を『元首』に昇格させることは明仁天皇が在位28年間に模索してきた国民と苦楽や禍福を共にする『象徴天皇』の位置づけと逆の方向に進むものだ」としているが、憲法が改正されていないにもかかわらず、改正憲法における「元首」の地位がどのような性質のものなのか、馮記者は熟知しているのだろうか。たんに戦前の大日本帝国憲法における元首と同じ、と想像しているだけなのではないか。

 記事は最後に、陛下の生前退位の意向により、皇室典範の改正が国会で審議され、長い時間がかかることが予想されるとしたうえで、「安倍政権の本来の構想である憲法改正を優先的に推進するという政治スケジュールは、これでより多くの変化が生じる恐れがある。明仁天皇の初志がどのようなものであっても、安倍首相の『憲法改正の野心』に難題が降りかかったことになる」と結論付けている。

 しかし、安倍首相は現段階で皇室典範を改正するのかどうか、さらに憲法の改正についても明確に言及していない。馮記者は首相が「憲法改正の野心」を秘めていると強調するのだが、それと皇室典範の改正がどう関係するのかは不明確であり、この論調もまた憶測の域を出ない。

 北京の日中関係筋は「習近平指導部はこれまでも、ことあるごとに安倍首相の右傾化を批判するコメントを発表しており、今回の陛下のビデオメッセージについても、安倍政権の憲法改正を阻止するために政治利用しようとしている。新華社電や識者を使って世論を誘導するのは中国共産党の宣伝工作の常套手段だ」と指摘している。

※SAPIO2016年11月号

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